雨の日は紅い花が咲く
死ネタ&BLです。理解のある方だけどうぞ。
――思い返すと散々な人生だった。
しっとりと肌を濡らす雨を見ながら思った。自分は今死の淵に立っている、ここから一歩踏み出せば自分は紅い花を咲かせて死ぬだろう。
昔、幼馴染は言った。死ぬ直前にどういう風景を思い出すのだろうと。自分はまだわからないが、彼女はどんな風景を思い出したのだろうか?悲しかったこと?嬉しかったこと?それともいつか誰かが言ったように、自分の人生が走馬灯のように浮かんだのだろうか?
次第に体は冷えはじめ、雨脚が強まってきた。ふと耳を澄ませると、階段を上る足音が聞こえる。これが死の足音ならよかったのに。
「達也!」
元親友の声が聞こえる、後ろを振り向くと彼が立っていた。
「いきなり呼び出してどうし――なんでそんなところにいるんだ!?」
「わからないのか?」
思わず嘲笑した。彼は本当にわからないのか?自分があのことを知らないと思っているのか?
「なにを?」
「自分の胸に手を当ててよく考えてみろよ」
彼は考えた。やがて彼が答えをだした時には、自分の体の熱は一切なくなっていた。
「まさか」
彼の表情が強張る、それはすでに答えを知っているものの顔だった。
――そうだよ、そのまさかだよ。
心の中で答える。
――そうさ、お前が彼女を殺したことはもう分かっている。執念を燃やして、周到に計画をして殺したんだろ?昔からお前は計画するのが得意だった。リーダーシップがあって家が金持ちで、中学の時はいつもまとめ役だったよな。クラスで浮いてた俺に話しかけて仲良くなって、それで俺が彼女を紹介して仲良くなって一緒に遊んだ。でも彼女は突然死んでしまった、交通事故という名のこいつの計画で。まさか通夜の日に一緒になって大泣きしたお前が――
「黒幕なんてな」
雨はさらに強まっていた、まるで人生のクライマックスを彩るかのように。雨のしけった匂いが鼻をくすぐり、彼女が死んだ日を思い出させる。彼女も雨の日に紅い花を咲かせ、そのむせ返るほどの芳香と共に死んだのだ。
「違う、違うんだ」
「何が違うんだ? どうせ最後なんだから正直に答えろよ」
彼女がいなくなってからは、世界が真っ黒だった。光は見えず、足元はおぼつかない。右を見ても左を見ても違う世界みたいで夢の中にいるみたいで、一時期自分も死のうかと考えていた。でも、そんな自分を救い出してくれたのは彼だった。彼女がいなくても遊びに誘い、励ましてくれたのは彼だったのだ。
そんな時、彼が彼女を殺したと知ったのはまったくの偶然だった。彼の家に遊びに行ったときに、計画が書かれたノートを見つけたのだ。その時自分は笑った、笑うしかなかったのだ。いつも計画を立てるのは上手いくせに、詰めが甘い彼の性格に感謝した。そして警察にそのノートの写真を証拠として提示し、容疑者として逮捕するように訴えたのだが、警察から色良い返事はもらえなかった。一市民の言葉は権力者の前では虫の羽音程度のことなのだ。
――そうさ、それで俺はこんなところに立っている。
足裏のコンクリートの堅い感触を感じながら、息を吸い込んだ。雨の味が一気に口に広がり、脳を一瞬で支配した。
「好きだったんだ!」
彼はいきなり叫んだ。雨を切り裂くような声を上げる。
「知っている、それで思い募らせて殺したんだろう?」
「違う、彼女のことがじゃない!」
「じゃあ誰が?」
「――のことが」
「え?」
いきなり声が小さくなって聞こえない。雨は益々強くなり、朝のニュースでやっていた20年に1度の大雨という言葉を思いだした。
「聞こえない」
「お前のことが」
「は?」
「お前のことが好きだったんだよ!」
頭の後ろを鈍器で殴られたような衝撃だった。彼女ではなくて、自分が好きだったのか?
「な、なんで」
「ずっとずっと好きだったんだ! お前は知らないだろうけど小学校一緒だったんだぜ? 一目見た時から、そこらの女の子より可愛いなと思って気持ちを抑えられなくてでもお前の幼馴染が邪魔でだってお前とあいつどう見てと両片思いだったしだから――」
「わかったよ! もういい!」
思わず叫ぶ、衝撃が逆に頭を冷えさせてくれた。これはいい機会だ。彼女を好きなのじゃなくて、自分が好きなのなら――
「いい復讐のチャンスじゃないか」
「え?」
「いや、まさかお前が俺のことを好きなんてな。こんなことを言うのは癪だが、お前に裏切られたと知って俺ここから飛び降りようと思ってたんだよ。でも、お前が俺のことを好きなのなら――」
―お前も俺が彼女を失った時と同じ気持ちを味わうだろう?
雨はこの状況を祝福するかのようにさらに勢いを強めていた。すでに手の感覚は一切なく、ただぶら下がるものとなっている。涙と雨の味も、匂いも、世界への暇乞いも、もう十分だ。それにあの世に行くのにいい思い出もできた。
「決意が出来たよ」
そう言って満面の笑みを返した。今度は彼が鈍器で殴られたような顔をしている。
「達也っ! 待て――」
「じゃあな」
そうして達也は人生で最も重い一歩を踏み出した。
―結局、人生の最後に思い出すものはよくわからなかった。もしかしたら彼女の笑顔だったのかもしれないし、自分の人生だったのかもしれない。ただ、彼女に名前を呼ばれた気がするのはただの気のせいなのだろうか?
「達也ぁぁぁぁ!」
元親友の叫びを聞きながら、地面に到着した。こうして雨の匂いが香る中、自分は彼女と同じように艶やかな紅い花を咲かせ死んだのだった。
(2020/3/25 改稿)