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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ファーランガル編 2】
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八話

「お前は今の立場が気に入ってるだけだ。他の奴だってそう、当然あの評議会だって自分がなにより大事なんだろ。勝ち馬に乗れば自分は安泰だ、思考停止のまま死ぬまでいい暮らしができるとかそんなこと考えてんだろ。不満に思ってても口に出さねーで、ヘコヘコ頭を垂れて、それでいいとおもってんじゃねーのかよ」

『俺は王に傅くつもりはさらさらないがな』

「それでも自分が大事で、大事で大事で仕方ないじゃねーのか。ライオネルだって、自分がやりたいように利潤を追求してるだけだ。お前らとライオネルはよく似てるよ。でもアイツは違う。アイツらは違うんだよ。身分や未来を捨ててでも革命を起こそうとしてる。革命者が偉いとか言うつもりはねーし、そういう思想を支持するつもりも全くない。だがな、そういう奴らの背中を見て、なにもしねーだなんて考えられねーんだよ!」


 素早く大きく息を吸い、歯を食いしばって腹に力を込める。自分が持てる魔法力の全てを放出すると、髪の毛が逆立ち額には血管が浮き出てきた。


「身を削る悲劇のヒーローがカッコイイわけじゃねー! それでも成そうとする信念がなによりかっけーんだろ!」


 あの巨体は魔法力の吸収を主軸に置いた、いわば戦闘において後方に位置すべきもの。そう、だからこそ最初から最後まで前線には上がってこなかった。


 戦闘はできるが得意でないというのが最終的な結論だった。


『そんな言葉を振り回しても意味は無い! いくら成そうとしたところで、それが成されなければ夢幻だ! いくら過程が素晴らしくとも、結果が伴わなければなにも救えない!』


 アンサイドの腕があがる。両手にはビームガトリングガン。


 直感でも「あれを食らったらヤバイ」と思うが、今の状態では満足に避けることさえもできないだろう。


 額に意識を集中した。


 必要のない機能はすべてカット。今必要なのはアンサイドへと向かう推進力だけでいい。


 デスベットの腕は力なく垂れ下がった。被ロック認識機能を完全に落とす。メインモニターは前方だけで、ビーム兵器からの攻撃を緩和する装甲保護膜も解いた。


 明るい家の中で、次々とブレイカーを落としていくように機能を切って魔法力を節約。だがイザという時の攻撃や防御に備えることは忘れない。


 ガトリングガンから無数のビームが放たれた。一つ一つは小さいが、その密度は前方がほぼ見えないほどだった。


 必要な情報は全てカットした。しかし、戦士である以上の感性や経験が死を許さない。


 一つ避け、二つ避け。三つ目は左肩に被弾。四つ目を避けて五つ目は右足に。


 その場で、見極めるようにかいくぐる。


 執拗に右腕を守りながら避け続けるが、これにもちゃんとした意味があった。必要な場所に必要な魔法力を集めること。そして、一撃で相手を屠る攻撃への道筋を探していた。


 左腕、右足、左足がなくなった。胴体にも被弾したが、そこはなんとか魔法障壁で貫通だけは免れた。あとは、攻撃あるのみ。


「いくら結果がよくったって、過程が凄惨ならば意味がない! そんなんじゃ誰も救えたことにはならない! 過程を考えずに進んでも自分が目標を達成したという事実だけしか残らない! 救えるのは、俺はやった、俺は偉い、俺はすごいんだっていう自己愛だけなんじゃねーのかよ!」


 持てる魔法力をブースターに注いだ。


 風を切り、空間を切り裂くような直線飛行。息を飲んだのは二人同時だった。


『ならば貴様は誰を救うと言うんだ! 自分以外の誰を救おうとしている!』

「俺か? 俺はな――」


 アンサイドがレーザーソードを振りかぶる。コクピットを正確に狙う一撃を、短くなった左腕で軌道をずらした。


 完全には止められず、レーザーソードが深々と腹部に突き刺さる。短い腕では攻撃そのものを払えなかった。それでもコクピットへの直撃は回避する。


「誰も救えねーよ」


 ビーム兵器を使うだけの魔法力などない。だからこそ、その拳を目一杯叩きつけた。


 意識的に狙いをつけるだけの精神的余裕もなかった。だからこそ、腹部と胸部の中間に、ただただ拳を打ち付けたのだ。


 アンサイドの魔法力吸収は止まった。同時に、二体のアーマードギアも動かなくなる。


 両者の機体の胸部がぶつかり、大きな音を立てて胸の装甲が落下していく。


『俺は、正しい道を歩んできたつもりだ』


 装甲がなくなったことで、パイロット二人の身体が風に晒される。が、ベリアルは血を吐き、苦しそうに何度も咳をしていた。


 イクサードの攻撃はコクピットの下部を捉えていたのだ。イクサードから見ても、ベリアルの生命は絶望的な状況にあった。


「お前が正しいと思ったのならそれでいいんじゃねーか? 俺は俺で自分の正義を貫くだけだ」

『貴様は、誰を、救うん、だ』

「俺は誰も救えない。力を振るうことしかできないからな。だけど、アイツらの手助けはできんだよ。救うのは俺じゃない。俺たちだ」

『無理、だ。ライオネル様は、すでに――』


 会話が途切れたことで元同胞の絶命を悟った。本来ならば確認しにいかなければならないが、イクサード自身も目が霞んで視界が明瞭でない。魔法力の枯渇もあるが、それ以上に左足が痛んだ。


「やってくれるじゃねーかよあのクソジジイ」


 アンサイドのビームソードがイクサードの足を掠め取った。コクピットには直接届かなかったが、かなり至近距離を通過したことで、その熱によって左足が溶けてしまった。


「五体満足では返してくんねーってかよ」


 痛みが徐々に強くなっていく。失ったはずの膝から下。そこから熱が駆け上がってくる。ドクンドクンという脈拍がその痛みを加速させるようだった。


 耳の奥で、心音がやけにうるさく響いていた。


 拳を抜いた。重力のままに落ちていくアンサイドが見えなくなるまで、サブモニターで凝視する。これが戦士として最低限の手向けだと思っていた。


『おい、大丈夫か』


 ザラザラとした雑音に混じりシンドラの声が聞こえてきた。


「ああ、なんとかな。左足の膝から下はもう使い物にならねーけど」


 服の袖を引きちぎり太ももをキツく縛った。回復系の魔術を使いたいところではあるが、先ほどの戦いでかなり消耗してしまったため、空気中の魔法力を吸収して自分の魔力に変換することさえ困難な状況だ。


『そうか、もう戻らないのか?』

「ミュレストライアの異世界間移動法は純粋な物理転送だ。スーべリアットのは異世界に向けて、本来ある物質と同質の物を照射して分身のような形にする技術。だがこちらのはゲートを利用した量子テレポーテーションの応用だ。つっても、スーべリアットの技術であっても、異世界で怪我をして本来の世界に戻ったら反映されると聞いた。リバウンドだったか」

『難しいことを知ってるんだな』

「三嶽神ってのは腕っ節が強いだけじゃなれない」


 アンタの方が知ってるはずなのに、とは口が裂けても言えなかった。


『戻ってこられるか?』

「悪いがもう動けない。迎えをよこしてもらえないか」

『わかった。しばらく辛抱しろ』

「了解。すぐに向かわせよう」


 自分から通信を切って、座席の背にもたれかかった。


「暑いな……」


 額に手を当てると急激に発熱しているのが自分でもわかる。が、その発熱も心地いいと思っていた。


 程よい高揚感と発熱、それに血が足りないせいで少しずつ目眩がする。その中でも、自分の正義を貫いたという気持ちがなによりも強かった。


 自分の左足を一瞥してから目を閉じる。これで今までのようには手伝えないなと残念な気持ちもあった。


 モービルギアのエンジン音が聞こえてきた。


 高揚感が落ち着き、耳の奥で鳴っていた心音が落ち着いてくる。実際には変わらないのだが、弱っていく意識がイクサードを眠りへと誘う。


 目覚めたらどうなっているのか。


 もしも何日も寝てしまって、知らぬ間に戦いが終わっていたら。


 普通に起きられたとして、今までのように機敏に動けず、三嶽神としての役目を果たせなかったら。


 そんなことを考えてはいるが、まどろみは彼を離してはくれない。


 暗い暗い闇の中で、底なし沼に沈むような感覚。もがく力も残されておらず、沼から手が伸びて身体を無理矢理引き込まれる。


 眠っても大丈夫か?


 いや、大丈夫だろう。


 自問自答を繰り返して結論を出した。


 イクサードの主とその友人たちは強い。なによりもこちらにはシンドラが、自分の師がいるのだからと。


 こうして、イクサードは眠りに抗うことをやめた。

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