十四話
【分析真眼】で見た黒い靄の部分が人の姿になり地面に落ちた。かなりの高さから落ちたので体中の骨が折れていてもおかしくない。
面倒だと思いながらも様子を見に行った。
「コイツ、カーティスか?」
俺がスーべリアットに召喚されるよりも前から十二領帝だったはず。全裸だし顔の皮膚もただれているが、この顔はおそらくカーティスだろう。
「お疲れ様です、パトリオット様」
颯爽と現れたエルファがそう言った。
「ナスハはどうした?」
「近くにいた兵に任せてあります」
「そうか。しかし、目的のクオリアはどこに行ったんだ」
「リン様いわく、周辺にある砦に向かったようですよ。私たちもすぐに行きましょう」
ナスハを抱きかかえたエルファと共に、俺は近くの砦へと向かった。中に入れてくれるかどうかはわからないが、ナスハが証言してくれれば大丈夫だろう。優先スべきはクオリアなので、カーティスの方は兵士に任せた。
急いで砦へと向かうが、森の中でクオリアを見つけてしまった。エミリオに抱かれて仰向けに寝ている。病状でも急変したのだろうか、エミリオは子供みたいに泣きじゃくっていた。
「間に合ったようだな」
微弱ではあるがまだ魔法力が感じられる。
「お、お前誰だよ」
「俺の名前はパトリオットだ。ミュレストライアの王子だよ。それにお前ともスーべリアットで戦ったことがある。安瀬神縁の中にいた人格の一人だ。が、今はそんなことどうだっていいだろ」
クオリアの頬に手を当ててみるが、本当に人かと思うほどに体温が低い。呼吸はあまりにも小さく、すぐにでも息絶えてしまいそうだ。
心臓には黒い魔法力が絡まり、その黒い部分がなんであるかがまったくわからない。先ほど戦った炎の巨人
「エルファ、なんとかできるか?」
俺と同じように頬に触れ、上から下へと触診していくエルファ。
「かなり特殊な契術を使われているようですね。術式が複雑すぎて解析するのに時間が必要です。しかしその時間がない。少々強引ではありますが、こちらも契術をぶつけて相殺しましょう」
「術式もわからないのにか?」
「はい。術式を解析すれば完全に消去することができるでしょう。ただ解析せずとも契術の部分だけを相殺できれば、あとはただの魔術になるでしょう。先ほどカーティスに向けて放った攻撃も、原理的には同じなのです。そしてそこまですれば、分析真眼を持つパトリオット様ならなんとかできるかと」
「わかった。お前の言葉を信じよう」
エルファはクオリアの胸元に手を当て、徐々に魔力を込めていく。
「ねえちゃんになにする気だよ!」
「黙ってろ。エルファならなんとかしてくれる」
彼女がはめていた指輪が光り契術を作り出す。この指輪は俺がはめているものと同じだろう。〈巣食う魔を救う者〉であり、小型のゲートを契術用に生成する魔導器だ。
エルファの身体から、光の粒となって魔力が溢れる。そして、一瞬にして手元に収束。一層大きな閃光を生み出した。
「これでいいでしょう。あとはお願いいたします」
短時間であるに関わらず、彼女の額には玉のような汗が浮かんでいた。
「任せろ。お前を少し休め」
肩を支えて座らせ、今度は俺がクオリアに向き合う。
目を見開き【分析真眼】を発動させた。
黒い魔法力は消え、魔術の術式がむき出しになっている。体内から魔法力を爆発させ、傷の治りを遅くさせるという魔術らしい。治りを遅くさせるのと共に、他者からの魔術の干渉を遮断する効果もあるようだ。
魔術を遮断する効果はあっても術式を解けないのとは違う。こういう術式の場合、特定の強さ、特定の術式を使えばちゃんと解除できるようにできているのだ。
術式に沿うようにしてこちらも魔術を展開。パズルを解くような要領で、一つずつ術式を崩していく。
少しずつだが、術式を解いていくたびにクオリアの病状がよくなっているような気がする。
そして、最後の術式を解除した。
「ふう、こんなもんだろう」
「お見事です」
エルファはそう言いながら、回復系の魔術をクオリアにかけた。体力の増強、傷の治癒、自己修復力の強化。エルファは【分析真眼】を持たないが、魔術に関しての腕は目を見張るものがある。腕っ節も強いし、なんという従者を従えているのかと改めて思った。
顔色がよくなったクオリアは、その瞼をゆっくりと開けた。
「ここ、は?」
「ねえちゃん!」
思い切り抱きつくエミリオだが、今は姉弟の感動がどうのとかは置いといてもらいたい。
「ここはダルカンシェルだ。誰にやられたのか協力な魔術、もとい契術にやられたらしい」
俺の顔を見るが彼女の瞳はまだ虚ろで、最低でも数日は休養が必要だと思われる。
「ああ、そういえば。ライオネル王子にやられたのね。あの魔導器がなければ、今はもうここにいなかったわね。それより貴方の顔、どこかで見たことがあるわ」
「俺か? 俺はパトリオット=エルド=アルメイシュ。ミュレストライアの第二皇子だが、お前とはスーべリアットでも戦っている」
「その魔法力、その匂い。縁様の中にいた人格と似ているわ」
「だから、その人格だって言ってるんだ」
「あらあら、どおりで……。しかしそんな方がどうしてここに? 私を追って来たの?」
「そうだ。ただし断罪するために追いかけてきたわけじゃない。お前の力を貸して欲しいんだ」
「なにか理由がありそうね。まあ、それは少し待ってもらえるとありがたいわ」
ふと、力なく瞼が閉じられた。同時に、身体の筋肉も弛緩していくのが手に取るようにわかった。
「ねえちゃん!」
「お前はさっきから「ねえちゃん!」しか言ってないな。語彙力を身に付けろ。それにコイツは疲労で眠っただけだろう。どこか休める場所に連れて行ってやりたいが」
「それならばこの先にある砦に行きましょう」
背後を振り向けば、ナスハがふらふらとしながらも立っていた。
「そうするか。お前にもいろいろと訊かなきゃいけないこともある」
「ええ、私もです」
薄く笑うナスハはあの頃から変わっていない。目にこもる強さも、その奥にある優しさも、自分よりも他人を気遣おうとするところも。エルファもこういう部分が非常に似ている。
「エルファはクオリアを頼む。エミリオは自力でついてこい」
指示を出しながらナスハに近寄り、彼女の背中に左腕を回す。ぎょっとするナスハだが、そんなことは関係ないと膝裏に右腕を当てて持ち上げた。
「ちょ、なにを……!」
「黙ってろ」
お姫様抱っこ、というやつだ。俺はこの中でも余裕があるので、ナスハを運搬するくらいならば問題ない。
「本当に、大きくなられましたね」
「お前を抱き上げられるくらいにはな。行くぞ」
腕に力を込め、砦に向かって走りだした。彼女は俺の上着をキュッと掴み「はい」と、小さく返事をした。
俺とナスハはそこまで年が離れていない。確か彼女の方が二歳上くらいだったと思うが、あの頃はナスハの方が背が大きかった。組み手をしても勝てなかったし、心身共に大きく見えた。
しかし今はこんなにも小さい。彼女が小さくなったのではなく、俺が大きくなったのだ。
そう、俺は大きくなった。昔は守られてばかりだったが、現在は誰かを守ることができる。足りない部分も多いだろうが、昔に比べればだいぶましになった。
腕に感じるナスハの重みは、自分の成長を実感するには充分だった。
そんなことを考えながら、俺たちは一直線に砦を目指した。




