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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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八話

 次の日、本来は休みのはずなのだが、臨時の会議をすることになった。

 風紀委員や生徒会委員が集まった生徒会室では、ジャックザリッパー複数説を清が説いた。そしてその一人が祠徒を拿捕、及び掠奪を企てていることも説明された。


 清としては秘密裏に処理したかったんだろうが、ここまで話しが大きくなってしまってはそうもいかなくなった。


 生徒会や風紀委員の活動において、波佐間清という人間は非常に重要な存在なんだと、改めて実感する。彼女の強さやカリスマ性もあり、誰もそれを否定しようとしない。それはそれで問題だとは思うが。


 時に、盲目的な信仰心は理性や理論を破滅へと追い込む。


 会議が終わってから警邏まではまだ時間がある。ここは有意義に使わせてもらおう。


 昨日はあんなことがあったので、今日こそは本を買いに行こう。

そう思って寮を出た時、女子寮から出てくる清を発見した。あちらも俺に気付いたらしく、優雅な足取りでこちらに向かってきた。


 心持ちフリルが付いたノースリーブに、七分丈のデニムパンツを穿いている。そこまではいいとしても、私服でも帯刀しているのはどうなのだろう。


「これから外出か?」

「ああ、本を買いにな」

「お前も男子だ。止めはせんが、人目を忍ようにするんだぞ?」


 そう言って、アゴに握り拳を当てた。その後で、なぜかいじわるそうに笑う。


「なんか勘違いしてるだろ。俺は小説を買いに行くんだ。お前が思うような本を買いに行くわけじゃない」

「冗談だよ。それならば私も付いていこう。本屋の場所も教えてやる」

「見返りはなんだ?」

「見返りは特に求めてないが……そうだな、私と一緒に食事でもどうだ?」

「ではその見返りは?」

「お前は面白いな。私がそんなにガメつい女に見えるのか?」

「ガメついかどうかはわかららんが、お前はいい女だと思う。信頼も厚いしな。ただ知り合ったばかりの俺と食事というのはなんだかな」

「深く考えることはないさ。私はお前と歩きたい、食事がしたいと言っている。それだけでいいじゃないか。見ての通り、私は自分に正直なんだ」

「いい女ではあるが、なんというか可愛げはないな」

「バカだな、私の可愛さを理解するには時間が不足してるよ。で、どうするんだ? 行くのか、行かないのか」

「本屋には連れてってくれるんだろ? なら行くさ」


 嬉しそうに笑顔を見せた清は、一歩前にでてから手を差し出した。


「どうしろと?」

「こういう場合は手を握れ。一応デートだからな」

「男漁りなら別でやればいいだろうが」

「そういうのはしない主義だ。ほら、女に恥をかかせるな」


 溜め息を一つ吐き、その手を取った。


「それじゃあ、まずは本屋に行くか」


 ぐいぐいと、俺の手を引いて歩き出す。本当に身勝手で自由な女だ。


 転入初日からいろいろあったので、学校の周りを把握していないのも事実だ。この好意もありがたく受け取っておこう。


 学校の周りには、必要な物を揃えるだけの店がたくさんあった。雑貨屋、服屋、文房具屋、それに本屋だ。


「まずはブティックに行こうか」

「俺は本屋だけでいい」


 そんな会話があったにも関わらず、清は自分の道を突き進んでいく。清の美貌あってか、街行く人たちの視線がむずかゆい。


 途中にある様々な店を無視し、本当に服屋に来てしまった。そしてなぜ俺は試着室の前にいるんだ。


「この服、どう思う?」


 試着室から出てきた清は、淡緑色のワンピースを着ていた。腰元で締まったシルエットは、スタイルの良さを助長している。その場でクルクルと回転し、スカートをなびかせる。


「いいんじゃないか?」

「なんだその反応は。男なら女を喜ばせろ。別に夜に悦ばせろとまでは言わん」

「どちらも、言われたって困る。俺の性格だってなんとなくわかってきてるだろうが」

「お前はそういうヤツだよな」


 そう言いながら、ふくれっ面のまま強引にカーテンを閉めた。と、思ったらすぐに出てくる。女の着替えは時間がかかるというが、当てはまらないやつもいるもんだ。


 凛々しくはあるが、表情豊かで身勝手で、数日では彼女がどういう人間であるかを把握できなかった。面白い女であるな、とは思う。


「仕方ない、本屋にでも行くか」

「最初からそれが目的だ」


 ようやく当初の目的を達成できると、俺は安堵した。


 案内された書店は小さいものの、新刊の種類も多くて助かる。


「縁はどんな本を読むんだ?」

「基本的にはミステリーだ。一応恋愛物も読む」

「お前が恋愛物とは、また面白い話だな」


 失笑するなんて失礼なやつだ。口に手を当てていても、笑いを堪えきれてない。


「もうお前とは出かけない」

「そう言うなよ。私は楽しいぞ、お前といると」

「俺は楽しくない」


 数冊の本をレジに持っていき、財布を開いた。値段が表示されると、横からお札が出てきた。


「今日のお礼だ」


 清は白い歯を見せて、爽やかに笑った。顔立ちは綺麗なのだが、多少豪快な方が彼女には似合っている。


「奢ってくれるというのなら、ありがたく受け取ろう」


 俺は素直に受け入れることにした。他人の好意を無下にするほど幼くはない。


 それから俺たちは、近くのレストランに入った。どうやらここでも、清の財布に頼ってもいいらしい。


 俺はオムライスを頼み、清は焼き魚定食を頼んだ。


「オムライスとはまた意外だな」

「自分でもそう思う。だが好きなものくらいいいだろう」

「別に悪いとは言ってないさ。ただ、可愛いなと思っただけさ」

「お前だって、もっと洒落たものを頼んだらどうなんだ?」

「私は基本が和食なのでな、気が付くと和食を頼んでしまうんだ」

「病気かなにかかよ」


 そんな会話を幾度か交わしていると、食事がテーブルに運ばれてきた。


 手を合わせて「いただきます」と、行儀よく食べ始めた清。それを見て俺も食べ始めた。


 食事中の彼女はとても静かだった。そのため、俺も静かに食事を進められる。会話など一切なく、なんだかエルアとの食事を思い出してしまった。


 二人の皿が空になり、運ばれてきたコーヒーを飲んでいる時だった。


「アランと結に聞いたんだが、初日から人を遠ざけるようなことを言ったそうだな?」


 と、清は口火を切った。


「あまり人とは関わりたくないからな。生徒会にいるのだって、リターンがあるからだ」

「昔は天才と呼ばれていたけど、今は普通の学生だって?」

「その通りだ」

「それでも尚、縁は強いと思うぞ」

「過去の話だと言っているだろう? 昔から魔導術を使っていたという『貯金』で戦っているだけだ」

「でもな、お前が戦う姿は美しかったよ。幼い頃同様にな」


 運ばれてきたコーヒーにミルクと砂糖を入れ、清はスプーンをクルクルと回す。頬杖をつくその姿は妙に艶かしく、歳相応とは思えなかった。


「今と昔を比べて、という意味か?」

「昔とは全く違う。けれど、美しく強いという部分は変わっていない」


 コーヒーを一口飲み、彼女は続けた。


「魔導力、魔導圧、魔導量。これらを一括りにして、導心力と世間では言う。私は導心力がそこそこ高くてね、昔からそれが自慢だったんだ。けれど祠徒には恵まれず四苦八苦もしたものだ。それでも導術師になろうと思ったは、天才少年魔導師・安瀬神縁の影響だ。お前がいたから今の私がいる。魔導術だけであそこまで戦える。いろんなことができる。そう思わせてくれた」


 清と同様に、子供の頃の俺は祠徒を上手く使えず、魔導術のみでなんとかやりくりしていた。そしてその辺の大人たちよりも強かったからこそ人目を集めたのだ。


「なんか、すまないことをしたな。憧憬の的がこんなので」

「私はな、今でも祠徒を一体しか持たない。いや、持てないんだ。エルアートとは逆でな、私には祠導術の才がない。だから、魔導術だけは負けられないんだ」

「学園を案内されたときに、学園長から言われていた。この学園には二人の天才がいる、と。世界最多の祠徒を持つエルアート=ファランド。それと、学生でありながら、五万もの術式を操る羽佐間清。今はこの二人がこの学園の誇りだと」


 歴史の中で、何千何万という魔導師が魔導術を作り上げてきた。その種類は膨大で、全てを扱える魔導師はいない。


 魔導術の数、知られているだけでもおよそ十万。隠れた魔導術や、特別な地域で派生したものなんかを含めるともっと多い。


 俺が中学までで習得した魔導術は一万と少し。一般人と比べればかなり多いだろうが、清とは比べ物にならないな。


「五万は言い過ぎだ。今の私では、せいぜい三万程度だよ」

「それでも充分すごいとは思うがな。軍隊に所属する専属の魔導師であっても、せいぜい一万が限界だと聞く」

「意地も当然あったが、興味も、意欲もあったんだ。本を読み漁り、失敗しても術式をたくさん使って、試行錯誤を繰り返した。ただ、それだけだ」


 ただそれだけで三万もの術式を扱えるわけがない。才能も当然あるだろうが、、常人では理解しえないほどの努力をしてきたのだ。努力をした人間は「自分は努力をしてきた」などと軽々しく口にしない。


「お前がなんと言おうと、私はお前を目指してきた。お前の背中を見て、この世界でやっていく覚悟を決めた。格好良かったお前が、今でも瞼に焼き付いている」


 残ったコーヒーを一気に飲み干し、清は立ち上がった。


 こんなにも剛毅だというのに、彼女の一挙一動からは気品や育ちの良さが感じられた。振る舞いは静かで大人しく、動きを見ているだけでもそれがわかる。


「さて、行くとするか」

「――ああ、そうだな」


 レストランから出ても、気持ちに上手く整理がつけられないでいた。


 安瀬神縁という人間が誰かに影響を与えた。与えてしまった。誰かを傷つけ、誰かと戦うために、その力を使わせてしまう。より強大な力を、より屈強な肉体を、より高度な術式を。人を戦場に向けるための手助けをしてしまった。


 考えることは多々あれど、昔を思い出すのは、これくらいにしよう。正直あまりいい思い出がない。


 落ち込んでしまいそうな心を鎮め、俺は清の横を歩いていた。

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