八話
治療が終わったエルファに、モゾリスとの連絡を頼んだ。この世界にもスーべリアットにあったPDのような機能を持つ〈MU〉がある。しかし、勢いで飛び出してきてしまったので今は持っていないのだ。
モゾリスへはBー13地区にある建物の修復と貧民狩りへの対処法が主な伝達内容だった。結局のところ、エルファのMDを借りて俺が喋ったわけだが。
こちらを凝視する貧民たちを無視し、俺は来た道を戻った。今なにかを話すほど俺の地位は高くなく、そんな俺の言葉を信じる貧民がいるとは思えない。それならば希望を持たせるようなことも、言い訳も、謝罪もするつもりもない。
「お前、これからどうするつもりだ?」
並んで歩いていたイクサードが口を開く。
「どうするもこうするもない。まず貧民狩りをやめさせる。それから評議会に顔を出して、王位継承のための条件を提出する」
「おいおい、お前みたいなのが王になるってのか? そりゃ貴族や軍人は「冗談じゃないぜ」って諸手を上げて笑い出すだろうな」
「笑いたいヤツには笑わせておけばいい。見下してるヤツが顔面蒼白になる姿を見るのは嫌いじゃないからな」
イクサードが鼻で笑うものだから、ついつい俺も鼻で笑い返してしまった。
「面白いのが残ってるもんだな。王族なんて、貴族なんて、軍人なんてクソッタレしかいねーのかと思っていた時期もあったが、お前を見てるとどうでもよくなってくる」
貧民街を出て立ち止まると、イクサードはなぜか俺の目の前に立った。
「これからどうなるかはわからないが、お前に従うのも悪く無い。俺が反対している限りはライオネルも王にはなれないだろうしな」
「協力してくれるってことでいいのか」
「協力とは少し違う。俺は見てみたいんだよ、お前の行く末と、お前が作るかもしれない世界をな」
「じゃあ見てろ。お前を歴史の証人にしてやる」
「ははっ、大きく出たもんだ。でもな、俺がこっち側にいても覆る法律もある」
「ああ、教えてもらったよ。王位継承法だろ?」
王位継承法とは、王位を継承するために必要なことを明確にした法律だ。簡単に言えば、継承権を持つ者の条件、継承権を持つ者が複数いた場合の決定方法などだ。
そしてイクサードが今話題に出したのは後者だ。
継承者が一人しかいなかった場合は、強制的にソイツが次期国王となる。が、継承者が複数いた場合には少し変わってくる。王位決定に関して、基本的には十二領帝、三嶽神、評議会役員の全ての意見が合致することが最大の条件となる。過半数ではなく全員という部分がキモとなり、ライオネルは王になれないのだ。
しかし、それを覆すような法律もまた存在する。
『もしも全会一致が得られない場合、他の継承者よりも自分が優れていることを証明すれば、全会一致と同じ効果を生む』というものだ。
継承者全員が「こういう部分でコイツらに勝っている」という条件を提示し、それが評議会に認められると、条件を満たした者が王位を継承するというものだ。
俺は寝ていたために条件を提示できなかったが、当然ライオネルは条件を評議会に提出している。その内容がまた、なんとも酷い話ではあるが。
「ライオネルが評議会になんて言ったか、モゾリスから聞いてるか?」
「確か「まだ接触できていない第六世界を征服する」だったか? めちゃくちゃ過ぎるだろう。発見されてはいるが、どんな場所かもわからない場所を征服するなんて無謀もいいところだ」
「どんな場所かもわからないなんて本気で思ってるのか?」
「どういうことだ……?」
ヤツの顔から笑みが消えた。その真剣な瞳からは「本当に知らないのか」というのが言葉にしなくても伝わってくる。
「いくら調べても出てこなかったが、ライオネルはおそらく第六世界の正体を掴んでる。そしてそのために様々な契術を編み出してきた。正確には、自分でも研究しているが、研究施設を建てて大規模な研究を進めている」
「三嶽神でもどうにもならないのか?」
「無茶を言うな。王を決定する時には大きな権力になる。が、評議会への発言権や法律への行使に関しては権利がない。それは三嶽神という身分が、大きな権力ではなく、広く認知された称号であるということが原因だ。研究施設を攻撃すれば犯罪者だし、無理矢理入ることも許されない」
「この世界は本当に面倒だな。内乱もあるくせに妙に結束力があって、そのくせ称号だの権力だのとを分けたがる」
「三嶽神は身体に特殊な魔術を埋め込まれている。三嶽神が犯罪を犯した場合、その魔術を発動させて無力化するというのが評議会の役目でもある。緊急停止装置みたいなもんだから頻繁には使えないが、俺たちにだってリスクはあるんだ」
「そんな面倒な役職、なんでなろうと思ったんだ」
「なろうと思ってなったわけじゃない。三嶽神ってのは、三嶽神になるか死ぬかを迫られた上で選ばされた究極の選択肢なんだよ。幼少時から危険視される存在を隔離し、強くなる前に魔術を埋め込まれる。ある程度大きくなって、その二択を迫るんだ。俺の目の前で何人も死んだよ」
「ホント、クソみたいな世の中だな」
「なんて言いながら理解してんだろ? 現状で強力な力を持つ者を制御するには、こういう方法を選ぶしかない。全員を管理するのにも労力は必要だ」
「お前の言う通りだな、なにもかも。だからこそ、なんとかできればなんとかしたいとも思うわけだ」
「絶対なんとかすると言えるのなら、俺もお前に誓いを立てるんだがな」
「世の中に絶対なんて絶対ない。だからこそ希望と絶望が背中合わせなんだと俺は思う」
イクサードの肩に手を置き「頼りにさせてもらう」と言いながら、俺はビークルへと歩いた。
「大将」
背中に声を掛けられた。
「なんだ」
振り向けば、ヤツが歯を見せて笑っている。
「嫌いじゃないぜ、そういうの」
「そうかい、好きにしてくれ」
ビークルに乗り込めば、隣に座るエルファがクスクスと微笑んでいた。
「なんだ、お前まで」
「いえ、なんだか楽しそうだな、と思って」
「楽しそう? 俺が?」
窓ガラスを見れば、俺は確かに笑っていた。
なるほどと、腑に落ちた気がする。
「今はそれほど楽しくないな。楽しくなるのは、きっとこれからだろうよ」
「これから、ですか?」
「ああ、これからだ」
口に手を当て笑いを堪えた。
やってやろうじゃないか。この世界を変えられるとは思っていないが、なにもやらずに引き下がるのは癪だ。それに、ライオネルに負けるというのも腹が立つ。昔は兄だから、弟だからと諦めていた部分もあった。けれど今は違うのだ。
動き出したビークルに揺られながら外の景色を眺めた。
殺風景な荒野が広がるこの土地をなんとかできないだろうか。
こんな大地が広がる、ミュレストライアという世界をどうにかできないかと考えていた。




