七話
ここに来て初めての休日をどう使おうか迷った。が、まずは風呂に入ることにした。
休日と言っても特にやることもなく、生徒会の用事もない。尽も朝から出払っていて部屋には俺一人だ。
「たまには読書でも――」
そういえば、荷物はほとんど持ってきてなかった。入学してから無駄に忙しかったからな。持ってきた物と言えば、最低限の生活用品くらいだ。なにか欲しい物があれば実家の両親に頼めばいい。学生とは親のスネを囓るものだと考えている。
とりあえず、金を下ろしてから考えるか。
親が振り込んでくれるので、ありがたく使わせてもらおう。無駄遣いはしないように心がけるが、本くらいは許されるはずだ。
財布とPDをポケットに入れた。それと十手を腰に引っかけてから部屋を出る。
「おーい! エーニシー!」
部屋を出た直後、あまり関わりたくない人物の声が聞こえた。
「エニシってばー!」
背を向け、俺は出口へと足を進める。
「来ちゃったっ」
「無理矢理顔を覗き込むなよ」
アランの顔を押しのけ、歩みを進めた。このテンションには付いていかれない。
「今日はみんなで食事でもしようって話になってな、どうせなら友達がいないエニシも誘おうかなと思ってよ!」
「友達がいないんじゃない。いらないから作らない、それだけだ」
「まあまあ、食事くらいは一緒に、ね?」
今度は結が前に出てくる。彼女の陰には、見慣れ始めた銀髪の姿もあった。
「エルアは群れるようなタイプじゃないと思ったが」
「来たくてきたわけじゃないわよ! 結に無理矢理連れて来られたの!」
「私とエルアはルームメイトなの。どうせなら誘っちゃおうかなって」
アランと結、この二人はいいパートナー関係なんだろうな。妙なところで性格が似ている。強引なところが特に。
アランとエルアも、合同練習時にあんなことがあったというのに普通に話している。そういうことをあまり気にしないんだな。
「ほらほら、行きましょう?」
俺の左腕を結を抱き込んだのだが、二の腕には柔らかい物が当たった。元々豊満な胸を持っている結だ、それも当然と言える。
「わかった。だが食事だけだぞ」
俺がそう言うと、アランが「ヤッター!」と叫んだ。ため息を吐きながら、うるさい男だなと思った。
アランを先頭に、俺たちは繁華街に向かった。どこで食事するのかは決まっているようで、この分なら全部任せてもいい。
駅に着くと、いいタイミングで電車が来る。時間もちゃんと決めていたようで、見た目や印象以上に、アランはしっかりとした奴らしい。
ホームにも溢れんばかりの人がいたけれど、地下鉄の中も満員だった。人の群れに押しつぶされそうだが、本気で押しつぶされそうなのは俺じゃない。
「大丈夫か?」
「これ、くらい、なんでも、ない、わ」
口ではそう言っているが、満員電車はエルアの体つきだとかなりキツイだろう。前後左右から乗客に押され、小さい身体が更に小さく見えた。
「仕方ないな。変な勘ぐりはするなよ」
「は? なに言ってんの?」
エルアの手を取り、自分の近くに引き寄せた。エルアを抱き込み、自分の胸元に押し付けた。ふわりと、柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。爽やかではあるが、若干の甘みもある。そんな香りだ。
「アナタこんなところで!」
「顔を真っ赤にしてなにを考えてるんだ。あのままがよかったのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
エルアは俯いてしまうが、俺は気にするつもりはない。礼を言われたいわけでも、嫌われたいわけでもないからな。
突如、車体が揺れた。エルアの身体を片手で抱え、残った片方の腕で壁に手をついた。周りの乗客もなんとか耐えたみたいだ。
『諸事情により、本車両はしばらく停止しいたします。ご迷惑をお許しください』
すぐに車内は喧噪で埋め尽くされた。人身事故だとか、車両の整備不良だとか、様々な憶測があちこちから聞こえた。
そして五分ほど経ったところで、少しずつ異変が出始める。
「参ったな」
電気系の故障なのか、少しずつ車内の気温が上がっている。エルアの顔も、締まりがなくなってきていた。
今は車も電車も電気系と魔導系で駆動方式が別れている。もちろん両方所有している車体もかなり多く、この電車も類に漏れないだろう。しかし魔導術を人工的に作り出すのは難しく、多少なりとも人間の手が必要だ。そのため、不測の自体にしか人口魔導術は使われない。使われていたとしても、補助電源のような扱いが主な用途だろう。
電気から魔導術への切り替えに時間がかかっているのか、電車が動く気配はなかった。
「口を閉じろ、エルア」
だらしなく開けられた口を、彼女は意識的に閉じた。
「あ、暑いわ……」
「お前の身長じゃ、特にそう思うかもな」
「黙りなさい。それで、アランと結は?」
「近くにいるが」
そう言った時、PDが震動した。清からのメールを受信したのだが、エルアを見る限り、一斉に送信されているようだ。最近のPDは地下鉄でも電波が入るからすごい。
【緊急事態。繁華街にてジャックザリッパー出現。応援求む】
そう書かれたメールには、清の現在地も表示されていた。
「ねえ、これって」
「これが原因で電車が止まってるんだな」
地下鉄の電気系統まで影響が及ぶとは、よほど派手に暴れている。だが、なんというか少々引っかかるな。
「エニシもエルアートも、メールは見たか?」
今は引っかかりを黄にしている場合ではない。
「応援って言われても、ねぇ」
すぐに合流した結も困惑気味の表情でそう言う。
アランは先ほどのエルア同様、口を開けていた。
「結、ここから清がいる場所までは歩いてどれくらいだ?」
「ちょうど次の駅が最寄りだと思うから、歩いて三十分くらいかな。GPSを見た限りだから正確にはわからないかな」
「三十分か……」
補助系の魔導術で身体強化すれば、五分くらいで到着できそうだ。
電車の天井を見れば、非常口が近くに見えた。
「アナタもしかしてあそこから出る気じゃないでしょうね?」
「もしかしなくてもそのつもりだ。少し我慢してろよ」
エルアを抱えながら人を押しのけて、非常口の真下に移動。その間、胸元から「うご」「ぐほ」なんて声が聞こえたが許してほしい。周囲からも多少文句を言われたが、こればっかりは仕方ない。
「おいエニシ! マジで言ってんのかよ!」
なんだかんだと、残りの二人もちゃんと付いてくる。
魔導術を少し使い、軽く跳躍して非常口を開けた。電車の外に出てから、エルアに手を伸ばす。
「さっさとしろ。置いてくぞ」
「わ、わかってるわよ」
素直でよろしい。
まずエルアを引き上げ、次に結。エルアがスカートで結がデニムなので、との配慮だ。アランは知らない。一人で勝手にしてくれていい。「おい! 俺! 俺!」なんて言っていたが無視を決め込んだ。
長い長いトンネルの中は、生暖かい風が吹いていた。
四人同時に魔導術を展開した。肌の周りに膜を張り、体温を調整する。その後で身体強化。今はこれだけで充分だ。
「悪いが、付いてこられなくても責任は取らないからな」
一度地面に下りてから、俺は足を踏み出した。
幼い頃から魔導術を行使し続けてきたのだ。いくら落ちぶれても、身体に染みこんだものは残ってしまう。
加速と同時に、一気にトップギアに入れてトンネルを駆ける。一瞬のうちにギアを一速から六速へ。それは、瞬く間にトップスピードに乗るからだ。
走り出したのと同時に、風の干渉を最低限に抑えた。こうしないと魔導力の効率が悪い。
後ろは見ていないが、三人との距離はかなり離れてしまった。三人から感じていた魔導力が弱くなっていくので、それは間違いない。
ジャックザリッパーか。これでようやくお目にかかれるのかと考えると、少々楽しみでもある。面倒だな、と思わなくもないが。
戦うことに関しては嫌いじゃないが、いざこざに巻き込まれるのは好きじゃない。
「思ったより早く着いたな」
駅の中は人でごった返していた。悲鳴が飛び交うこの場所は、本当に駅なのかと思ってしまう。入り口の方からは土煙が流れてきており、事態の深刻さが伺えた。
ここまでくれば、生徒会用のアプリで清の居場所はわかる。
駅の外に出た時、その異変はより明確な形として現れていた。抉れた地面と、一部が陥没したビル、ひっくり返った車、倒れた人々。
「来てくれたのか、縁」
後方を見れば、清が抜き身の刀を持っていた。
「電車の中に閉じこめられてたんだがな。これでも一応急いだんだ、もっと感謝して欲しいもんだ」
「逆に、これでもかなり感謝している」
「あれが、ジャックザリッパーか」
道路の真ん中で警察をなぎ倒すそいつに目を向けた。真っ黒なパーカーとパンツに身を包み、フードを深く被っていた。
「ああそうだ。だが、普通の警察では相手にならない」
「うちの一般生徒でも、だろ?」
周りにいる警察官を全て倒し終わったそいつは、こっちを向いてニヤリと笑った。正確には笑ったように見えた、だ。距離が離れていて表情まではわからない。
「来るぞ」
そう言った瞬間、遠くにいたはずのソイツが目の前に現れた。
「コイツ……!」
目の前に迫った拳を、ぎりぎりで受け止めた。衝撃が腕を伝わると、相手の技量もなんとなく理解する。
アランに結、それにエルアには任せておけないな、これは。
「ご挨拶だな殺人犯」
受け止めた拳を横に払い、今度は俺の番だという意味を込めて拳を振るう。が、ヤツには当たらず空振ってしまった。
「別に殺人犯になりたいわけじゃないんだよね。別の目的があって、それを達成した際の副次的なもんだよ」
「結果的に人が死んだら、それはもう殺人だ」
「正直他人が死ぬことに関してはどうでもいいんだ」
勝手なやつだ。
他人のことを言えたような人生は送ってこなかった。しかし、コイツの思考だけは許せそうにない。
「それと、来るのが遅かったんだよね。もう目的達成しちゃったし」
「逃げるのか」
「用事は済んだからな」
ジャックザリッパーは魔導術を展開して姿を消した。こちらが壁を作って包囲する余裕もないくらいの早さ。パンドラを呼び出して障壁を展開することなど、できるはずもなかった。
魔導術と祠導術の最大の差は、予備動作による発動の早さだ。どうやっても、祠徒を召喚してから使う祠導術は、魔導術に速度で負けてしまう。パンドラを使えば完全包囲できたかもしれないが後の祭りだ。
魔導術も祠導術も格上には利きづらい。その点は一緒で、結局自分の力量を伸ばすしか方法がないのだ。。
「ちょっと縁、速すぎるわ」
追いついてきた三人は息を切らし、額には玉の汗が浮かんでいる。それにエルアが少し不機嫌そうだった。
「どこが天才じゃないだよ! 充分すぎるくらい魔導術使えてるだろうが!」
「落ち着けアラン。俺は昔から使っているから慣れているだけだ。あれくらいはお前たちでもできるようになる」
もう一度、ジャックザリッパーがいた場所へと視線を戻した。
「あいつがなにをしに来たのか、清にはわかるか?」
「わかったら苦労などしない。今まで夜にしか姿を見せず、極力人目に付かないよう行動していたはず。それが急に、しかもこんな場所に現れるなんてな」
「そうか、じゃあその話はあとにしよう。被害状況は?」
「見ての通りだよ。人は死んでいない」
「それもおかしな話だ。ここまでして死人が出ないとは」
ではなぜ「用事は済んだ」と言ったのか。それが気がかりだ。
ここは一つ、原点に返ってみるとしよう。
「アイツが殺したやつは全員学生なんだよな?」
「ああ、そうだ」
「じゃあなんで殺したんだ? 人が死ぬのは目的達成時の副次的なものだと、アイツは自分で言ってた」
「目的は殺人ではないか……それは新しい情報だな」
「あと、死亡者は導印を失っていたそうだな」
「その点は私も気になっていた所だ。しかし、なぜそうなったのかがわからない。もしも導印を消すような導術を持っていたとしても、そうする理由がまたわからない」
「導印は祠徒との契約を強制解除しても消えたはずだ。一度消えたら元には戻らない。学生という身分であるのなら、これからの成績にも関係するだろう。自ら祠徒を手放すとは思えない」
話を進めるうちに、清もピンときたようだ。
「祠徒の強奪か」
「その可能性が濃厚だ。相手の目的が本当に強奪だとすれば合点がいく」
「だから学生ばかりが狙われる、か」
「レガールの緩和も少ないしな。軍人を相手にするよりも簡単だ」
他の三人は会話についてきていないようだが、きっと明日の生徒会で話があるはず。詳細はその時でもいい。
「これは本格的にまずいことになった」
清は頭に手を当てて、苦い顔をした。
街を破壊され、祠徒を奪われ、人も死んでいる。そしてその矛先は、魔導を扱い祠徒を使役する導術師に向けられていた。それは皆も身をもって感じているはずだ。
明日は、我が身だと。




