四話〈クロスオーバー:安瀬神大我〉
大我と霞はある場所に来ていた。
目の前には大きな門がそびえ立つ。全長二百メートル、横幅百メートルという大仰な代物。
この街は、街と言うよりも集落だった。地上数百メートルという高さの壁がぐるりと囲い、とても広い閉鎖空間のような街。民衆は皆、これが当然なのだと教えられてきた。誰も疑うことなく、塀に対しての不満も持たない。
第八支部があるこの街は〈G区画〉と呼ばれていた。日本にはAからアルファベット順にJ区画の十区画存在し、それぞれが高い塀で覆われている。
日本は今、各区画以外の場所は荒れ地になっている。
異世界が発見された世界確変期と呼ばれる次期から、日本のあり方はまったく別の方向へと向かった。動物は変質し、過去に存在していた生物などのほとんどは姿形を変えてしまった。
変質した生物からDNAを取り出し、元の形に戻すという手法もできた。それでもなお、自分たちが生きるための領域を確保するので精一杯だった。日本だけではない、すべての国がそういう状況にある。
大我と霞の前にある門はG区画の出入口であった。普段は誰も通ることがなく、外交でもこの大きな門は使われない。普段使われるのはこれよりもずっと小さく十分の一ほどであった。
しかし、大我がその門を開けることはない。何十年、何百年と放置されてきたせいで開くことができないのだ。
目的は門の片隅にある小さな祠だった。
大我は祠に手をかざし、目一杯の魔導力を込めた。
すると、祠のすぐ横の地面が音を立てて横にスライドし始めた。しばらくそれを見守ると、地下に通じる階段が姿を現す。地面が繰り抜かれたような作りであるため、茶色い地肌が丸見えであった。
二人はそれを下りていった。
「またここに来ることになるなんてね」
「皮肉なものだ。とても残念な気持ちでいっぱいだ」
「私がアンタに召喚されてから、こういう未来は決まっていたのかもしれない」
「まさかあの縁が第一世界からの召喚をするだなんて、あの頃の私たちは考えもしなかった」
「いや、俺はいつかするかもしれないくらいには考えていた」
「自分の息子だからか?」
霞は揶揄するように笑った。
そんな彼女を見て、大我は鼻を鳴らす。こういう女性だからこそ心ひかれたのだと、その時再確認したのだ。
階段が終わり、一枚の扉を前にする。アンティークのような作りで、この場には似つかわしくない。
躊躇なくドアノブをひねって中に入る。壁も床も土で固められた十畳ほどの部屋。中央には召喚用の円陣が書かれていた。
「んじゃ、いっちょやりますか」
「面倒をかけるな」
「今に始まったことじゃないだろ? そうしけた面見せるなよ。私を口説いた男だろうが」
大我の熱い胸板に、霞はドンっと拳を当てた。
「ああ、そうだな」
霞は自分の指を噛み、一滴の血を円陣に垂らした。
円陣の線は神々しく光を放ち、暗い室内は一気に明るくなる。
「さあ始めるぞ。これが私の研究成果だ」
目を閉じて呪文の詠唱を始める。
大我は本当にこれでよかったのかと頭を抱えた。
スーベリアットに来る前、霞はミュレストライアの研究者だった。強力な魔導術を生成するための研究を重ね、それを仕事にしてきた。また、大我も元々は研究者であった。
二人は違う世界にいた。しかし、同じような術式の魔導術を編み出した。
物質を転送する魔導術である。
両者が同じ魔法を発動させた時、彼女の方が引っ張られてスーベリアットへと転送された。どちらの魔導術が優れていたのか、という話ではない。霞が使った術式は、術式構成に見合わないほどの力を有していたのだ。故に不安定になり崩壊した。
ここで二人は新たな魔導術を作り上げる。
これは禁忌ではない。
もしも禁忌があったとしたら、それは霞がここにいることが禁忌なのだから。
優秀な研究者であり続けた霞が、今十数年という時間をかけて作り上げた魔導術を実行する。成功するかどうかはわからないが、大我はそれにかけるしかなかった。
そう、スーベリアットを救うためには、もうこれしか残されていないのだと信じて。




