一話〈クロスオーバー:波佐間清〉
清はグラウンドに佇み、病院への搬送、もとい軍部に連行されていく火群を見送った。
残念な気持ちもあったが、今は自分を正当化することに努めた。
その日の全校実技考査が終了して、疲れた身体を引きずって寮に戻る。そこで、思わぬ人物から連絡を受けた。波佐間家現当主、波佐間竜道だった。
波佐間家の代表として、国際防衛機関外交官である安瀬神大我の手伝いをしろとの命だった。断ることなど許されず、ただただ「はい」と言うことしかできなかった。
世界各地でミュレストライア兵が現れた。そのため、実技考査も一旦中止されるということだった。生徒たちも、軍部が用意したシェルターに避難したとの話も聞いた。
疲れを吐き出し、一度シャワーを浴びた。
ドライヤーで髪を乾かすこともせず、下着さえ着ないまま、タンスから一枚の服を出す。制服でもトレーニングウェアでもない。
それは真っ黒なライダースーツだった。
足を通し、腕を通し、下腹部からジッパーを上げ胸元で止めた。身体に張り付くようなライダースーツは、清が持つ妖艶な部分を際立たせた。
次にクローゼットの一番下の段を開けた。引き出しいっぱいに収まっている桐の箱。中心に結われている紫色の紐を解き、ゆっくりと蓋を開けた。
「私を守って」
取り出したのは一振りの刀。銘を【十柄】と言い、特殊な術式によって強力な魔導術が封じ込められている日本刀であった。波佐間家に伝わる家宝の一つであるが、清がこの寮に住み始めてからずっとここに仕舞ってあった。
なぜ波佐間家にないのかと言えば、十柄を使えるのが清だけだからという理由だった。歴代の当主でさえ、使えた者は一人だけとさえ言われている。女性である清が次期当主に選ばれたのも、この十柄を扱えるからであった。
いつも使っている刀よりも長い十柄を腰に携え、清は自室をあとにした。
寮の入り口を出ると、一人の男子が清を待っていた。
「お前も連絡を受けたのか?」
その男子は弓矢を持ち、いつもとは違う髪型をしていた。後頭部で髪を結い、ティーシャツにベストにカーゴパンツという、いつものイメージとはかけ離れたラフな格好をしていた。
「これでも、綾部家長男なんでね」
綾部尽。彼は綾部家長男であり、跡継ぎでもあった。弓矢を器用に扱うが、接近戦もこなす器用な部分も持ち合わせる。
「つまり、お前もレガールの制約を受けていないのか」
「そういうこと。でもボクらの役目はこの街を守ることだから、そこまで無理をする必要はないはずだ。軍部の方も動いてるらしいしね」
「できることだけしていればいい。まあ、それは私も同意だ」
歩き出し、ミュレストライア兵を殲滅するという任務につく。
寮を離れて道路に出た時、軍服を来た兵士数人と遭遇した。
いくつもの魔導術を一瞬で発動させ、息をするように術式を展開する。そんな清によって、次の瞬間に兵士たちは全員地に伏せていた。
清と尽の視線が交わる。同時に魔導術を発動し、蒼に染まりつつある空へと飛翔した。
二人の役割はミュレストライア兵の殲滅。破壊行動を行う兵士を上空から見つけ出し、いち早く撃退する。
まだ避難が済んでいないせいで、街中は酷い有様だった。
逃げ惑う人に対し、後方から攻撃をするミュレストライア兵の群れ。世界防衛機関の軍人も食い止めようとはしているのだが、スーベリアットの軍人では歯が立たない様子が見えた。レガールの抑制機能は緩和されているようなのだが、ミュレストライア兵の方が一枚も二枚も上手なのだ。
常に百パーセントの力で訓練をしている者と、抑圧された環境で訓練をしている者の差がそこにはあった。
繁華街に降り立ち、周囲の敵への攻撃を開始した二人。移動だけは共にしていたが、戦闘となれば個別となる。互いを信頼しているからであり、敵の能力が自分たちよりも下であるという確信があったから。
尽はミュレストライア兵の魔導術を反射、相手がひるんでいる間に光の矢を打ち込んでいく。日が出ていないため【穢れ無き太陽】は効率がよくない。それに、レガールの抑制機能が緩和されているといってもクールタイムは存在する。もしもの時のためにととっておきたいという思惑もあった。
かたや清は、降り立った瞬間から敵の群れに突進。縦横無尽に駆け抜けて、刀一本で道を切り開く。風のようにたおやかに、光のように鋭く、炎のように豪胆に。身体強化だけでなく【十柄】が持つ能力が拍車をかけていた。
波佐間家家宝、秘刀十柄。世界でも有数の聖遺物として扱われることもあるほど、その刀が持つ能力は強力である。
その能力を【幻楼回帰】と言う。
刀身は空間を切り裂き、切り裂いた空間が〈記憶点〉として残る。その〈記憶点〉は、刀を持っていればそこへと瞬時に移動できるというもの。攻撃をする度に記憶点が生成され続け、時間内であれば記憶点へと瞬間移動できる。記憶点が残る時間は約一日であり、逆にそれだけの時間残り続けるだけの魔法力を内包した刀とも言える。
しかし、その魔法力は刀を持つ主人から搾取している。そのため、主人の魔法力が高くなければ使いこなすことは困難であった。特に十柄は記憶点生成という能力だけでなく、魔法力増幅器としての機能を持っていた。
主人が高い魔法力を持ち、かつそれを節約することができる。最低限それらが揃わなければ扱えない刀だった。もしも素養のない者が使った場合、数えるほどの記憶点を作った瞬間に魔法力の生成がおいつかなくなるだろう。魔法力の枯渇は、魔導術と祠導術の両方を使えなくする。
波佐間家で一番魔法力が高く、かつ導術に対しての適正が一番高いのが清だった。父も祖父も、記憶点の生成は五つ程度で限界だった。
元より波佐間家は魔導術の名家ではなく、古来から伝わる剣術の家系であるため、魔法力の高さはあまり関係ない。けれど、家宝が使える者が優遇されるのは仕方のないことでもあった。
一人斬っては離脱、別の集団へと飛び込んでいく。
そしてまた一人斬っては遠くへ。集団の一人を切り記憶点を生成、斬っては移動し、斬っては戻るを繰り返していた。そうしているうちに、複数の集団であっても関係なく殲滅できる。
遠くの方で、兵士に襲われる一般人が見えた。
「尽!」
「わかってる!」
膝をつき、短時間で狙いを定める尽。放った矢がミュレストライア兵を捉えると、二人は笑顔を向け合った。
周囲のミュレストライア兵を倒し終わると、防衛機関が一般人の避難を優先させる。が、中には無残にも殺されてしまった人もいる。逃げる途中で殺されたのだろう、恐れを顔に張り付かせたまま、見開かれた目は虚空を見つめていた。




