最終話
カーティスの体当たりを避け、会話には意味が無いと悟った。
通常の状態で刃物は通らず、魔法力を注いでも貫通できなかった。無駄なのならと剣を鞘に収め、素手での戦いへと移行する。
三嶽神がもつ魔法力でさえも皮膚を切り裂けない。かといってカーティスの攻撃はそこまで強くないため、安易に倒されるようなこともない。持久戦必須となるが、結局はこちらの攻撃が通らなければ逃げるか死ぬかの二択しかないのだ。
クオリアはその魔法力の高さ故に三嶽神と言われたわけではない。先ほど攻撃された際、カーティスに触れて皮膚の構造を分析していた。
既存の魔導術ではない、なにか未知の存在であると認識した。しかしこのような魔導術を、彼女は二度ほど経験していた。
ターナーが使った、魔法力を吸収した黒い球体であった。
つまり、クオリアがゲートに放り込まれるよりも前にその技術、もとい魔導術式は完成していたということになる。
通常の生成方法では作れないと思われる魔導術。完璧には分析できなかったが、基本構造だけならば理解できた。
複雑な魔導術式ではあるがクオリアには関係なかった。強大な魔法力だけでなく、繊細な作業だろうとその力を発揮する。三嶽神になるということは、戦闘力などにおいて世界上位三人に入るということ。彼女は強さと共に繊細さを持ち合わせ、かつそれらを巧妙に使うことができる。
「魔導系統は補助と防御。属性分類は無属性。命令規式は自然式と生物式と物質式。指向成型は増減型と付加型と盛衰型。ブラックボックスは開けないけど、かなり複雑な術式を作ったようね」
攻撃を避けつつそんなことを言った。
すでに倒壊しつつあるアンジェイル城は、更にカーティスの攻撃によって壊れていく。壁を打ち抜き、階段を崩し、地面を割っていく。
付け入る隙がどこにあるかを考えながら、それでも攻撃はもらわないようにと立ちまわっていた。
解析不可能な部分がわからずとも術式を解くことはできる。しかし単純な術式ではないため、瞬時に弾き出すことができないのが現状だった。
「ならば一つ一つ試すしかない、と」
カーティスの右ストレートを躱し、振りぬいたのを確認してから彼の腕に触れた。魔導系統を補助系に固定し、肌の硬化を解除することに専念した。
はっきり言ってしまえば、魔導術を解除するには、解除したい魔導術の特性を真似ればいい。元々の術式が複雑なため、特性をどう配置するかで解除用の魔導術が与える効果が変わってしまう。
魔導術とは、どの特性から発動させ、次にどの特性をどれだけの分量で噛ませ、どの特性で終わらせるか。配置の前後や分量だけでも別の魔導術になってしまうため、新しい魔導術を作るというのは非常に難しい。
クオリアは四角形の枠を脳内で作り出す。まるでブロックをはめていくかのように特性を組み替えていた。直線のブロック、十字型のブロック、L字型、逆L字型、凸型、凹型など形はさまざまである。
一瞬で四角形の枠にブロックをはめて、そこで作り上げた魔導術を使った。
「これは違う」
距離を取り、再度ブロックを組み直す。
「にげるなああああああああああああ!」
追従するカーティスをいなしながら、触れる隙があれば魔導術を行使した。
振り上げられた足を叩き魔導術を使う。
逃げると見せかけて相手に突進、その際に胸を触って新しい魔導術を試す。
この時、クオリアが持つ魔導力はかなりの速度で削られている。削岩機で岩を削り、大きな欠片が地面に落ちるように。いくら大きな魔法力を有していたとしても、その魔法力を魔導力に変換する作業ももちろんある。新しい魔導術を生み出すのも、それを行使するのにも魔導力を使うのだ。
本来、新しく作られた魔導術はそのまま使われない。創造した直後からコストパフォーマンスを向上させるという作業があり、それによって効率的に使えるようにするのだ。
しかし、今のクオリアは新しい魔導術を作っては使い、作っては使いを繰り返していた。通常の導術師ならば五つで限界と思われるこの作業も、クオリアならば何十個でも問題はない。
新しい魔導術が三十を超えた頃、クオリアの身体に異変が出始めた。
少しずつ、少しずつではあるが動きが鈍り始めていた。今まで空を切っていたカーティスの拳が掠り、彼女は思わず舌打ちをした。
感じたことのない焦りがクオリアの中で湧き始めていた。
これは違う、これはやった、などと考えながらブロックを組み合わせる。
カーティスのハイキックを下からかち上げ、その場から離れようとした。その刹那、彼は逆の足でクオリアのアゴを蹴り上げる。
視界がぐらりと揺らぎ、危機感だけでなんとか後退した。けれど、カーティスがそれを逃すはずもなかった。
「つかまえたぞ! しろきやくさい!」
首を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられてしまう。強化してはいるが、背中からの衝撃は全身に響いた。
「がはっ」
目を白黒とさせるクオリア。彼女の腹を思い切り踏みつけたカーティスは、勝ったとばかりに高らかに笑った。
咳をしながら呼吸を整え、勝ち誇ったカーティスを見上げた。が、彼女もまた勝ち誇ったように笑っていたのだ。
カチカチと、パズルがはまっていくように構築されていく。ブロックで埋まった枠は一つではない。何十、何百、何千、何万と別々の組み合わせで横に並べられていた。無数の枠が脳内で光る。
「ようやく見つけたわ」
考えた術式構造の一つに手を伸ばした。彼女が指を触れた時、ブロックは枠ごと収縮し小さな点へと進化を遂げる。新化であり深化であり、そしてそれこそが真価であった。
「【縮合と宿業】」
彼女は指一本も触れていない。それでも彼の硬化した皮膚が一瞬にして空気に溶けた。
「なっ……!」
「別にそれだけを解除する必要はなかったわ」
踏みつけられていた足を殴り、無理矢理へし折った。すぐに立ち上がり、今度は腹部を強打する。横にではなく、下に。
くぐもった声を出しながら、カーティスは地面にめり込んだ。
「なぜだ、なぜこんなことができるんだ」
歯をカチカチと鳴らしながら、彼の顔は恐怖に歪んでいた。
「ようやく式が解けたのよ。基礎構造を崩す方と、未知な部分両方ね」
「お前は、化け物か……!」
「あの異質な魔法力はゲートの一種。それを人体に移植したり魔導術に組み込んだりしている。ゲートはそれ用の術式を当てはめないと、その存在さえも解析できないところまではわかったわ。同時に、複雑な術式も解除できるようになった。特性を合わせるのではなく、魔導術を合わせればいいだけの話。解除するための異なる魔導術を幾重にも組み合わせた。ただそれだけよ」
「あの、たんじかんで……」
「さすがの私でも骨が折れるような作業だったわ。おかげでちょっとだけ頭が痛いわ」
コメカミに右手の人差し指を当てながら、左手の平をカーティスに向けた。
「なにをするつもりだ……」
「そうね、実験かしら。もう一つ新しい魔導術を思いついたの」
クオリアが魔導力を行使すると、ぐぐぐっと彼の胸元が持ち上がった。
「が、ががが」
「苦しい? それもすぐ終わると思うわ」
四肢を痙攣させながら白目をむくカーティス。しかし、大きな変化もなく泡を吹いて地面に落ちた。カーティスは虫の息で、クオリアはその姿を見て微笑んだ。とどめを刺さなくても終わるだろう、そう思った。
「うーん、もう少し改良が必要みたいね。術式そのものの構造はあっていると思うのだけれど、どうしても分量の調整が難しいわ」
状況終了と、彼女は城の入り口に向かって歩き出した。
「悪くなかったわ。まあ、私を倒す実力には到底及ばないわ」
少し煤けた真っ白い髪の毛を右手で払い、日の差す方へと歩みを進めた。
入り口を出れば、這々の体で手を挙げるエミリオと、傷ひとつないナスハが待っていた。
「貴女、ちょっと楽しすぎじゃありません?」
「そういう立ち位置なんです。納得してください」
ふわりと魔法力が抜けていく感覚。クオリアはレガールの効果によって、その力を十分の一まで抑えこまれてしまう。
「大我様に連絡まで入れる周到さ、私の側近にしたいくらいですわ」
そんな皮肉を言いながら笑った。
右手で左手を持ち「んー」と思い切り身体を伸ばす。
その時、予想外の出来事が起きた。
「え?」
自分の身体からザクッという音が聞こえた。視界を下方へと向けると、白いドレスの腹部は真っ赤に染まったいた。クオリア血液でできた真紅の剣が体内から突き出した。
「クオリア!」
そんなナスハの叫びにも意味は無い。
その音に何度か蹂躙され、彼女はみるみるうちに血まみれになった。白かったはずのドレスは真紅に濡れ、足元には太陽の光を反射するほどの血だまりができていた。
「やって、くれるじゃない……」
膝から崩れ落ちるクオリアは、どこから攻撃され、その攻撃がどんな性質を持っているかを考えていた。
物質転移と体内生成の複合型。ゲートを使用した新しい魔導術であると結論づけた。
おそらくカーティス干渉したことによって弾が装填された。そして彼が死ぬことによってトリガーが引かれた。すべてが緻密に計算された、ライオネルの計画だったのではと、暗くなっていく視界の中で考えていた。
ナスハに支えられながら、なんとかその場に倒れることだけは免れた。だがそれ以上動くこともできない。
「ききなさい、ナスハ」
「喋らないでください。すぐに治療すれば治ります」
「むり、だわ。この術は、たしゃの、術を緩和してしまう」
「ならばすぐに帰りましょう。私たちは擬似物質として転送されているはずです」
「それはちがう。帰れば、間違いなくリバウンドがある。かならず、こちらでの怪我は、持ち越される、はずよ」
「ではどうすれば!」
「これも、自業自得と、言うのかしらね」
するりと、ナスハの身体をすり抜けて地面に落ちた。
「おとうとを、おねがい、ね」
すでに見えないであろう目。僅かに動かすだけでも辛いはずの唇。それでも彼女はエミリオに微笑み、彼のことを案じていた。
「姉ちゃん……姉ちゃん……!」
エミリオが駆け寄り、クオリアの手を掴んだ。
「できの悪い姉でわるいわね。どうか、元気で……」
背中を這いずる寒気と、体内で燻る妙な熱さで、なんとも言えない気持ちになる。エミリオの叫びが遠くなっていくのを感じながら、彼女はもう一度微笑んだ。




