九話〈リターン:クオリア=ランゼルフ〉
女王クルーナを探して城内を歩いたが、彼女はどこにもいなかった。四階まで上り、反応を探りながら一階まで降りてはみたが兵の気配さえもない。
途中でナスハから連絡があった。ライオットがこの世界に来ているという旨だったが、クオリアは内心どうでもいいとさえ思っていた。
第一世界ミュレストライア。
アルメイシュ一族によって統括された絶対王政の世界。全ての国がアルメイシュ一族に従い、一つの国でありながら、ほぼ一つの世界と言っていい異様な世界。特に現国王になってからというもの、独裁政治には拍車がかかる。現国王の息子もまたその血を継ぎ、民衆や兵が苦しむ姿もよしとしていた。
一つ舌打ちをし、顔をしかめた。元々ミュレストライアの政治体制や軍部、王族のありかたなどが気に入らなかったからだ。
一階のある部屋の前まで来た時、微弱な魔法力の反応を感知した。
「一つ一つの反応は微弱だけど、数はざっと百程度。中に一つだけ大きな反応があると」
その部屋に入ると、そこは用具倉庫のような場所だった。広く、鎧や武器が散乱している。壊れた掃除用具や、古い魔導器なども置いてあった。大きな大砲型、手鏡型、ネックレスやピアス型と形は様々であった。
突き当りにある姿見の前に立つ。壁に埋め込まれている鏡はやけに真新しく、この場所には似つかわしくない。曇りや汚れなどはなく、ひと目でもあとから付けられたとわかる。
鏡に手をふれて魔法力を注いだ。すると鏡は消え、地下への階段が現れた。
光属性の球体を出現させて階段を下りていく。徐々に強くなっていく魔法力。けれど歴戦の戦士にしては弱く、一般兵にしては強い。
突き当りにあった木製のドアを開けると、音もなくすんなりと開いた。これもまたそこそこに新しいものだった。
明かりが灯った広い室内。中央にはたくさんの子供達と、その前に立つ女王クルーナがいた。子どもたちは皆質素な服装をしていたが、その女性だけはきらびやかであった。輝く王冠、ひらひらとした衣装、たくさんの装飾。ひと目で女王、ないし王族だとわかる服装である。
靴音を響かせて近づいていく。クルーナの顔は、その度に固くなっていった。
「貴女が女王クルーナね。その子どもたちは?」
近づいてみて、子どもたちの接点が見えてくる。
足がないもの、腕がないもの。顔が変形しているもの、体中に突起があるもの。
「それ以上こっちに来ないで」
懐から出した短剣、その切っ先をクオリアに向けてそう言った。
「そんなことをしても意味はありませんよ。それよりも少し話をしましょう。こちらに攻撃の意思はありませんので」
力を最低限に抑え、クオリアはそう言った。
クルーナも魔法力の収縮を感じたのか、ゆっくりと短剣をおろした。
「そう、それでいいんです。まず、貴女はミュレストライアからの侵攻を手引しましたか?」
近くの子供を抱きながら、クルーナはおずおずと口を開いた。
「私ではありません。大臣の一人が、勝手に交信を行ったようです。その大臣はすでに罰しましたが、時すでに遅しといった感じでした。ゲートからミュレストライア兵が出てきて城を占拠し、この世界をもらいうけると言ったのです」
「城内に人の気配がないけど、それはどういうこと?」
「全員、私が逃しました。この戦の際に徴兵されたものが大半ですが」
「なるほど、では貴女はなにをしているんですの? その子どもたちは?」
「この子たちは、アンジェイルの被害者たちです。キュクリオやマスカードといつ戦争になってもいいようにと、軍部が勝手に人体実験を行っていたんです。私が知った時には、もうここまで犠牲者が増えていました」
「女王ともあろう者が、国の情勢に介入しないというのが問題だと思うけれど」
「私はただこういう立ち位置を与えられただけなのです。発言権はなく、なにかを言えばもみ消される。淘汰されることがサダメのような人形なんですよ」
クルーナは目を伏せ、弱い語調でそう言った。
「貴女は貴女で大変ですのね。けれど、結局は貴女が動き出さなかったことが原因でしょう? どうせ淘汰されるのならば、やれることをやってからでもいいとは思うわ。つまりは結局貴女の罪で、貴女が罰せられるべきなのよ」
「わかっています。だからこそこうやって子どもたちを守ろうと思った。これ以上犠牲者を出さないためにも人体実験を無理矢理やめさせた。その直後にミュレストライアからの進軍。もう、どうすることもできませんでした」
「反省はしているのね。いいでしょう、ならば聞かせてください。その子たちをずっと養っていくことができますか?」
クルーナが顔を上げると、二人の視線が交錯する。
息を呑み、クオリアの言葉に頷いた。
「その覚悟がお有りならよし。貴女を救って差し上げましょう。その代わりと申しましょうか、上にあった魔導器を頂きます」
「そんなことでいいんですか?」
「ええ、問題ありませんよ」
背を向けて、ゆったりとした動作で歩き出した。
部屋を出て階段を登り、いくつかの魔導器を拝借した。
城のエントランスに出た時、強烈な魔法力が肌を刺す。上からは憎悪、背後からは狂気。
「久しぶりですわね、ライオネル王子」
入り口へと振り返り、クオリアはそう言った。
軽やかな足取りで歩いてくる黒ずくめの男性は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
「やあやあクオリア、いつ見ても麗しいな。どうだ、俺の妻にならないか?」
「お断りですね。私はね、純粋な男の子の方が好きなんです。私だけを愛してくれるような殿方でなければなりません」
「俺だって純粋だ。お前が妻になってくれるなら、当然お前だけを愛し続けるぞ?」
「さあどうでしょうね。貴方は兵器で嘘をつく。貴方、というか王族全般ですが」
「嘘をつくことがまた仕事なんだよ」
「そうですか。まあ、その仕事も今日で終わらせてあげますよ」
剣を抜き、自身が持つ魔法力を爆発的に増加させる。踏み込んだ地面はクモの巣状にひび割れて、次の瞬間にクオリアの姿はなかった。
会心の一撃だった。
そのはずなのに、クオリアの攻撃がライオネルに届くことはなかった。彼女が突撃するのと同時に天井が落ち、誰かが攻撃を止めたのだ。
「遅いぞ、カーティス」
「おそく、なりました」
受け止められたと判断した直後に後退したクオリア。先ほどまでのカーティスとは似て非なる存在であることを理解していた。
魔法力的には自分より低い。硬化し、灰色に変色した肌くらいしか見た目にも違いはないだろう。しかしこの気配はどの強者とも違う異様さがあった。同じ空気を吸っているだけで、肌に張り付くような粘り気のある魔法力を感じていた。
「俺は用事があるんだ、早々にミュレストライアに帰らせてもらう」
ライオネルはカーティスの肩を叩き「倒せたら褒美をやる」と、クオリアにも聞こえる声で言った。
彼女を一瞥して去ろうとするライオネル。クオリアはそれを追おうとするも、カーティスの突進によって阻まれた。
「むし、するなよ」
剣で攻撃を受け止めるが、人の肌と思えないような金属音がキチキチと鳴っていた。
距離を取り、もう一度剣を構える。
「それは第一世界にはない技術。その人体改造技術が欲しくてアンジェイルを襲ったのね」
「さっしが、いいな。きょうりょくなまほうりょく、きょうじんなからだ、さんがくしんにはひつようだった」
「言葉も拙い。自分が騙されたという自覚はあるの?」
「かんけい、ない。つよくなれれば、それでいい」
身をかがめ、異常な速度で突撃してきた。




