六話
僕らが降り立った山を右手に森の中を進んでいく。が、今度は地面ではなく木々の上を渡った。走るよりも周囲が見渡せるというのが最大の利点だろう。飛行も考えたのだが、あれは魔法力を大量に消費する。エルアは魔導術が得意ではないため、強化をしつつ祠徒の力で空中に床を作って移動していた。
この森をずっと進むと大きな湖に出る。その湖を渡ってまた森を進み、森を抜けるとその先はずっと山道になっていた。
時折止まっては休憩をし、PDで周囲を確認する。このPDのすごいところは、地図の画面で魔法の反応を感知してくれるところだ。魔法力がゼロの人間はおらず、導術を使えなくても必ず元となる魔法力は有しているのだ。動物などが有する魔法力と人間が有する魔法力は別表示なので、PD上でも見分けるのは簡単だ。動物の魔法力に偽装できる能力なんかがあれば別だが、そうでもない限りは信用してもいい。
あとは世界ごとの時間が見られる。そのため、スーベリアットとマクランディでの時差が明確にわかる点もありがたい。おそらくはまだ使える機能はあるのだろうが、父さんに教わらないと使いこなせそうになかった。僕は説明書を隈なく読むタイプなので、感覚的な操作はあまり得意じゃない。
森を抜けて、山を登っては降りるというのを何度も繰り返した。僕らに会話はなく、ただ先を急ぐだけだった。
ミグラートに近づくにつれ、少しずつ敵の兵士がチラリチラリと見え始める。山岳地帯の木の上にはスナイパーらしき人物もいて、なかなかに統率が取れていると感じた。将が優秀なのか、兵が優秀なのか。
魔法力を消すという魔導術はない。魔法力を出来る限り小さくすることはできても、反応をゼロにできる魔導術の話は聞いたことがない。魔法力を感知することに特化した人間もいるだろうし、ここからは慎重に行動する必要があった。
比較的葉が多い木に上り地図を見れば、ミグラートまでは残り十キロもなかった。
「あの作戦、本当にやるつもり?」
「例えば光速で移動できたとしても、感知されずに移動するのは不可能だ。なら、感知されなさそうな場所まで行くしかないだろ? エルアたちはあとから来てくれればいいよ」
「来てくれればいいっていうか、そんなこと考えついて行動するのアナタしかいないわよ」
「確かに。それじゃあ、行ってくるよ」
「気をつけてね。スーベリアットと違って、ここでは祠徒が遠く離れると主人の身体に戻れないし、PDを使用した遠距離での会話もできないから」
「わかっているよ」
エルアの頭をひと撫でし、僕は全身を強化する。風属性と光属性を身にまとい、僕は上空へと飛び立っていく。
「絡め、風の衣よ、光の膜よ」
光速で地上数キロメートルへと移動。場所が場所だけに雲が近い。ここまでくれば、一般兵では感知できないだろう。感知できるようになる頃には、僕はもうヴォモスに落下中だ。
PDでゲートの位置を確認。ゲートに直撃しては元も子もないので、その付近に落ちる必要がある。
「さて、狼煙を上げるぞ。ミュレストライアの侵略者よ」
一度大きく深呼吸をし、光を纏い落ちていく。
体中に痛みを感じながら、ヴォモスの天井を突き抜けて建物内へと侵入した。いや、侵入とは言えないか。
天井に登るほどの土煙が目の前を覆う。が、目を閉じて集中すれば敵の位置はわかる。【分析真眼】のようなことは不可能だが、魔法力の位置を体感することくらいならばできるからだ。もしもこれが十二領帝であれば魔法力を小さく保っているかもしれないが、一般兵にその実力はないと推測した。昨日の戦いを見る限りではあるが。
十手だけを抜き、右に左にと土煙に乗じて攻撃を繰り返す。一撃で気絶させることを前提に、しかし命は奪わない。
ヴォモス中に、アラート音がけたたましく響く。
ここで見つかっては駄目だと、室内の敵を倒したことを確認してから部屋を出た。
ヴォモスの構造は基本的にどこも一緒らしい。違うのはどの階にどういう施設があるかということ。ムカデのように配置された廊下は変わらない。
しかしミグラートのヴォモスは他のヴォモスの十倍はある。余計な散策をしている余裕はなく、早急に目的を果たさねばならなかった。
上空でゲートの位置は確認してある。ただし室内が狭いため、光速で移動するという手段は取れない。身体能力を強化して走ることが最善だと思われた。
ゲートの位置は四階にあるはずだ。上手く調整できなくて一階まで来てしまったのはちょっと誤算だったな。
二階にあるメインの通路を走っている最中、行く手を阻むように一人の青年が現れた。まだ二十メートルほどの距離がある。
「お前、安瀬神縁だな」
赤いマントを羽織い、また赤い髪の毛を逆立てた青年だった。目付きが悪く、身長は僕と同じくらいで中肉中背。軍服は一般兵とは違って真っ黒だ。
「そういうキミはトラビス=エンカレイルか。一般兵とは比べ物にならないみたいだね」
「俺を一般兵と一緒にするな。十二領帝が一人、トラビス=エンカレイルを舐めるなよ」
剣を抜き、徐々に速度を上げながら駆けてくる。
ここが勝負どころになると、僕も躊躇うことなく剣を抜いた。
上段から打ち出される剣撃にこちらも剣を合わせる。横に逸らして十手で殴りつけようとするが、その前にまた剣で攻撃された。二刀流ではないのだが、攻撃速度が異常なほどに速い。
「俺の速度についてこれるか!」
こちらも強化の純度を上げて対応した。だが彼の攻撃を剣だけで受けきれず、両手でさばかなければいけないほどに攻撃の回転が速い。魔導術よりも物理的な白兵戦に特化した人物だというのは間違いないか。
一度押し返す力を強め、その隙に背後に回り込んだ。それでも彼は追ってきて攻撃の手を緩めることはなかった。
あらゆる方向から矢継ぎ早に襲い来る剣撃。僕は身を守ることしかできず、思わず舌打ちをしてしまった。侮っていたわけではないが、こういう手合いとは初めてなため対処に困る。猪突猛進、直情径行、無鉄砲、そんな言葉が頭をよぎった。
金属音が廊下に響く。その中にたくさんの足音が聞こえてきた。
前も後ろも一般兵に塞がれるが、こちらはトラビスの相手で手一杯だ。魔導術を発動させたくても発動をする時間が稼げない。
「囲まれちゃあ、天才でも無理だろうよ!」
今までで一番強い攻撃は両手でなければ防げなかった。身体が宙を浮き、少しばかりの時間が空く。
「まだまだ勝負はこれからさ」
「苦し紛れだな!」
「さあどうかな」
更に攻撃を続けようとするトラビスだったが、振り下ろされた剣は見えない壁に阻まれる。
「少し時間をもらえれば充分だ」
時間を作って攻撃するのではない。作った時間をさらに延長させ、それを繰り返すことでより長時間行動できるようにする。詠唱を必要とするものや紋章を描かなければいけない上級魔導術などはいらない。
僕とトラビスを隔てる壁をいくつもつくり時間を捻出していく。
敵に背を向け、適当なドアに入った。一般兵が向こうから走ってくるが、攻撃される前に風属性の魔法で蹴散らした。
その時、ズボンのポケットに入れていたPDが鳴った。僕が昔好きだったバンドの、少し激し目の曲だった。これにより僕はようやく作戦を進められる。
「逃げるつもりか!」
ドアからトラビスが現れ、僕の背中に向かってそう叫ぶ。
「キミの土俵で戦うなんて、僕はそこまでバカじゃないよ」
「てめぇは戦士の風上にも置けないクズ野郎だ……!」
「僕は戦士じゃないんだ、勘違いしないでくれ」
「うるせーんだよ臆病者があああああああああああ!」
攻撃される前に行動する。そうしなければ時間が稼げないし、逆にこっちがやられてしまう。
「広がれ、炎の翼よ」
壁に十手の先端を擦りつけて後ろへ炎を放つ。剣先で地面を擦り、剣先が前方に向くのと同時に炎が広がる。僕を中心に左右に炎が飛んでいった。
周囲は真っ赤に燃え上がり、通路の端から端まで炎で満たされた。燃えていないのは僕を中心にした前後二十メートル程度だ。
が、その炎を無理矢理突き抜けて剣先が迫る。
十手で弾くのと同時に後退。けれど追従するようにまた剣撃が襲ってきた。
速くて力強いがそれだけじゃなく、一撃ごとの狙いが正確だ。殺しにきているのに殺気は薄く非常にやりづらい。叫んだりしている割には妙に冷静な部分が目立つ。
「本当に、こんなのは初めてだ」
僕は自分でもわかるくらいに笑っている。
次にこういう相手と戦ったら、間違いなくこの戦いからの経験が活きるからだ。
戦うことではなく、成長しているという実感がなによりも嬉しかった。




