一話
半透明になった僕の身体は、色とりどりな空間を進んでいく。宙に漂い、なにもしなくても前方へと飛行してくれる。何本もの光の線が、僕の前後を行ったり来たり繰り返していた。
しばらくすると、暗い洞窟から抜けるように、強烈な光が前方に見えてきた。
吸い込まれていく。
あまりにも眩しく、両腕で目を覆った。
その瞬間、身体の重さを体感する。腕に足にと重圧がかかり、胴体の重さも懐かしく感じていた。
浮遊感が解けて、僕はゆっくりと立ち上がる。
空は深い蒼に包まれて、無数の星が広がり、綺麗な三日月が世界を照らしていた。
周囲には木々が生い茂っているが、僕が立つ場所だけは妙に拓けた場所だった。
ふと違和感を感じて自分の身体を見下ろすと、見たことがない服を着込んでいる。ここに来る前はジャージだったはずなのに。
月明かりでもわかる。黒を基調としたインナーとパンツには赤いラインが施され、その上から白い上着を羽織っている。上着の袖や、肩口から裾にかけて赤いラインが入っていた。
腰には腕の長さほどの、少しばかり短い剣が携えられていた。
左手の人差し指にはなぜか銀色の指輪をしてる。普段付けないものだから少しこそばゆい。
『聞こえるか、縁』
耳の奥、脳内に直接声が響いてきた。
「父さん? 一応通信はできるんだね」
『音声通信は脳内で直接行える。PDは通信機として使えない。が、それに近い物を転送しておいた。右のポケットに入ってる』
ズボンのポケットに手を入れると、スーベリアットで使っていたPDと全く同じ物が入っていた。
『マクランディの地形データや基本的な知識なんかを入れておいた。あと、マクランディ側の世界防衛機関【エピスコポス】ではこちら側の使者であることを証明できる』
「他にはなにか役に立つものは入ってないの?」
『魔法解析機能くらいか。マクランディではこちらで言うところの魔導術を魔法と呼ぶ。その魔法がどんな特性を持っているのかを判別してくれる機能だ。あとはそのPDがないとこちらに帰って来られない。PDとエルアート君がセットで帰還のための道を開けるようになるからな』
「とりあえず今のところはその情報だけでいいよ。とにかくエピスコポスに行けばいいんだね」
『エルアート君を召喚してから、だな。そうだ、いい忘れたのだが、他の祠徒を召喚するのには左手にしてる指輪が必要だからな、絶対になくすなよ』
「了解。またなにかあったら連絡するよ」
『こちらも細かく連絡を入れる。PDの方にも文書データでも送っておく。十手はできるだけ早く送るから、今は腰に携えた剣で我慢しろ。エルアート君のヘカトンケイルも同様にな』
「わかった、それじゃあ」
耳元で「ブチッ」という音がして通信が切れた。あまりにも近いため、この「ブチッ」という音には慣れなさそうだ。
剣を抜き、地面に円陣を描いていく。円の中には召喚に必要な魔導術式を書き込み、最後に指を少し切って血液を垂らした。
上着を地面に置いて、僕は腕まくりをした。円の中心に立ち、右手を前にだして目を閉じる。
「時来たりて遍く現世に灯したる」
円陣が淡い光を放ち始める。
「光の中で招く手に、欲する力は一欠片」
髪の毛や洋服が重力に逆らい、光は徐々に強くなる。瞼を閉じていてもわかるくらいには強い光になっていた。
「我が名は縁。救い給え、誓い給え、厭わぬのなら掴み給え」
全身から魔法力が漏れていく。円陣に吸い込まれるように、身体が重くなっていった。風が強く吹き荒れて、僕の周囲だけ渦を巻いているころだろう。風の音が耳に触る。
「汝の魂与え給う。我に捧げて崛起せよ。来たれ、汝は我の一部とならん」
より一層光が強くなり、右手の手首に結ってあった髪の毛が、皮膚を焦がすほどに熱くなる。
それが数秒続き、魔法力の吸収が終わる。髪の毛や服は重力のままに落ち、光も弱くなってきた。
そっと目を開けると、目の前には見慣れ始めた銀髪の少女が立っていた。
薄紅色の、着物のような服装だった。下半身は少し大きめで紺色のホットパンツ。彼女の小さな身体には非常に似合っていた。腰元には左右一対の短刀が見えた。
いつもの長髪ではなく、髪の毛を一本の三つ編みにし、それを後頭部に渦巻状にしてあった。渦巻きを固定するのは一本のカンザシ。カンザシの先には牡丹の花が飾られ、細く短いチェーンもあしらわれていた。
「エルアート?」
僕がそう言えば、彼女がおそるおそる瞼を開く。
「上手くいったようね」
気丈に笑う彼女を見て、その時ようやく安堵した。
独りで来た異世界だから、日常の一部がここにあるというのは心強いことこの上ない。
彼女が祠徒として持つ能力を理解すると、また気持ちが軽くなる。
「これからマクランディにある防衛機関エピスコポスに行こうと思う」
「一緒に来てくれるかい、なんて言わないでしょうね? 私にとってはアナタが主人で、アナタがいなければここにいられないの」
「そうだね。うん、行こうか」
PDを起動させると、父さんがエピスコポス支部までの道のりをナビゲートしてくれている。地図にルートが表示されているため迷うことはないだろう。
「そうだ、ちょっと試したいことがあるんだけどいいかな?」
「私に害がなければどうぞ」
「それじゃあ遠慮なく……ルキナス! リュノア!」
僕がそう叫ぶと、二つの光球が出現する。徐々に人の形に変化して大地に降り立った。
「エーニシー!」
いきなりルキナスに抱きつかれた。彼女の後ろにいるリュノアは「やれやれ」と言いたげに笑っている。
「祠徒はちゃんと召喚できるみたいだ」
「エニシー! エニシー!」
僕の頬に自分の頬を押し付け無理矢理頬ずりしてくる。
「ちょ、ちょっと離れてくれ! 話もできないだろ!」
そんな彼女の身体を押し返すと、不機嫌そうに頬をふくらませた。ルキナスを引き剥がしたのは、エルアートがジト目で見てきたからというわけでは決してない。
「二人共、祠導術は使えそう?」
「アタシの方は問題ないよ。ただ空中に浮いたりはできないみたい。普通の人間みたいになっちゃった。リュノアは?」
「こっちもだ。レガールがないせいか環境が変わったせいか、それとも両方か。いずれにせよクールタイムがやけに短くなってるね」
確かに、僕の【友好条例】にもそんな感覚がある。
「エルアートは?」
「使えそうね。スーベリアットにいた時よりも弱体化してるみたいだけど」
「エルアート自体が祠徒だから、とかじゃないかな。まあ使えるのならそれに越したことはないかな。それじゃあエピスコポスに行こうか」
月明かりを背に、僕たちは歩き出した。
ルキナスが嬉しそうに僕の左腕を抱き込んでいるため非常に歩きづらい。それにエルアートからの視線も痛いのだが、いかんせん離れてくれないので諦めた。
目的地までは一直線に進めばいいらしく、その間にもう一度父さんに連絡をとった。
レガールの効果はなく、祠徒の能力を最大限活かせるらしい。
第五世界は元々穏やかな人たちが多いため、魔法がそこまで発展していないという。空気が含む魔法力は高い数値を示しているものの、それを使うことはあまりない世界だと父さんは言った。
スーベリアットとは違い、一度召喚した祠徒は戻すことができず、マクランディに定着してしまう。が、祠徒なので僕がスーベリアットに戻れば消えるようだ。
本体スーベリアット以外では祠徒を召喚できない。が、エルアートが新たなゲートとなり祠徒の召喚が可能になった。ただしエルアートは祠徒となって僕と繋がっているため、僕以外は祠徒を召喚できない。
現在マクランディのゲートは閉じているため、新しくゲートを生成しなければデータのやりとりさえもできない状態だった。そこに全く別のゲートをあけるのだから、荒唐無稽と言われても仕方がないだろう。
逆に彼女がどれだけすごい人物であるかを認識させられた。
森を抜けると、強く冷たい風に煽られる。どうやら山の上らしく、少し進めば断崖絶壁だ。
「おいおい、地図では直進しろって描かれてるじゃないか……」
地形を完全に把握していないとは言え、さすがにこれは勘弁して欲しい。
地図を拡大して道を確認すると、絶壁を左に歩いていけば下りられるようだ。
女性三人に注意を促し、着々と山を下りていく。
PDで時刻を確認しながら歩いたが、ものの三十分程度で下山。しかしまた森が広がり、少々気が滅入る。月明かりがあるとはいえ、夜も更けている時間だ。スーベリアットを出た時はまだ日も高かったはずだが、向こうとは時間がズレているんだろう。
しばらく進んでいくと木々の身長がどんどんと高くなっていく。
ついには月明かりさえも見えなくなり、魔導術で光球を作り出さなければいけないほどだ。




