十一話〈リターン:安瀬神縁〉
エルアートが攫われてすぐ、知らないアドレスから通信が入った。
震える指で通信を繋げ、PDを耳に当てた。
「はい、安瀬神縁です」
「俺だ、綾部善だ」
知らないアドレスだったので身構えていたが、知人だということに少なからず安心した。
「善先輩? なんで僕のアドレスを?」
「会長から聞いた。さっそく本題で悪いが、エルアートのことはこちらに任せろ。俺と汐里は試合を放棄して街を監視していたんだ。だからヤツの場所はわかる。お前にもやらねばならぬことがあるだろう」
また誰かを巻き込んでしまったと、僕はきつく目を閉じた。けれどそんなことをしている場合ではない。
「わかりました。善先輩を信頼してます」
「ああ。それと、俺と汐里のことは呼び捨てでいい。お前がパトリオットでないことはわかっているが、なにか調子が狂うような感覚があるんだ。それと敬語もいらない」
「――ありがとう。それじゃあ」
彼の言葉を咀嚼してから通話を終了させた。
第八支部の方向へと走りだそうとした時、一台の車が猛スピードで接近してきた。甲高いブレーキ音をさせて急停止し、助手席のドアが開いた。
「大我さんから言われて来ました! 乗ってください!」
帽子を被り、ツナギを着た作業員らしき人物が叫ぶ。父さんの部下だろうかと思う反面、もしかしたらエレメンタルセブンの関係者かもしれないという気持ちもある。
「わかりました、お願いします」
攻撃をする準備だけはしておこう。そうすればなにがあっても大丈夫なはずだ。
車に乗り込み、シートベルトを閉めた。シートベルトの施錠に魔導術が発動し、その直後に車が急発進した。
車には三つ種類がある。空中にある酸素と水素を使う蒸気式、充電による供給と推進時に発生する力で風力発電をしてそれを使う電気式、自身の魔導力を注ぎ込む魔導式だ。基本的にはどれか一つだと、メリットとデメリットの差が大きいため、二つないし三つを搭載する車が主流である。
見たところこの車は三種混合方式みたいだ。
景色は物凄い速度で流れていくがGを感じることはない。メーターを横目で見ると、すでに三百キロを優に超えていた。
ものの五分で、五十階建てのビルに到着した。運転手からビルに入るためのライセンスを受け取り、彼を置いて走りだす。
ライセンスを持っているだけで自動ドアは僕を受け入れた。エントランスを走り抜けてエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。
エレベーターのドアの上に表示される数字が素早く動き、あっという間に最上階へ。
最上階には一部屋しか存在しない。そう、父さんがいる部屋だけだ。
四回ノックをすれば「どうぞ」と返ってきた。ドアに手を触れると、その部屋は僕を受け入れた。
ドア側の壁以外は全面ガラス張りという部分だけしか特徴がない、豪華なのか質素なのかわからないそんな室内。正面数メートル先には父さんが待っている。大きな机に肘を付き、指を組んでこちらを眺めていた。
父さんの横にいる人物を見た時、一瞬だけ背筋が凍る。が、これも仕方がないのかと、僕は自分でもわかるくらいに達観していた。
広い肩幅、厳つい面持ち、無駄に形のいいオールバック。何年経っても、記憶の中にいる父さんと遜色なかった。
足を踏み入れて数歩進めば、背後でドアが閉まる音が聞こえた。
「来たか」
ある程度歩みを進めた時、父さんが立ち上がりながらそう言う。
「話をする前に、彼女をなぜ出したんだ」
父さんの横にいる女性を指さした。そう、全身を白で覆う白髪の女性に。
「ごきげんよう、縁様」
「そんな挨拶はいらない。父さん、どういうことだ」
先日僕が倒し、特別監獄へと収容されたクオリアだった。
「レガールを付けてあるから大丈夫だ。彼女の力は今の我々に必要なんだ」
「もしかしてエミリオも開放したのか」
「いや、エミリオは殺人犯だ。それはできない。だがクオリアは別だ。暴れまわったのは事実だが、誰一人として殺してはいない。今まで拘束していたのは、第一世界からの祠徒だからという理由が大きい」
「それでも第一世界の住人だぞ。いつ裏切るかわからない」
「その辺も考慮している。だから、彼女に付けたレガールは特殊な仕様にしてある」
是が非でもクオリアを使うつもりか。
本当に彼女が手伝ってくれるなら、それはとてもありがたいことだろう。この世界の誰よりも強い可能性すらある。
「心配しないで、縁様。私は第一世界の住人ですが、世界征服なんて興味はありませんから。そんなことよりも貴方のことが気になって気になって仕方がないのです。この作戦が終わったおり、私も星架学園に入学しますのでよろしくお願いしますね」
美しいその顔が、ほほ笑みによって可愛らしく変化した。
なにを考えているのか本当にわからない女性だ。信頼に足るかどうかさえ、今の僕には判断できない。
「クオリアのことはこちらに任せろ。今は次の作戦についての話をする」
父さんはクオリアに「一階に降りていろ」とだけ指示を出した。
彼女は僕の横を通り過ぎる際「それでは、ごきげんよう」と、また可愛らしく笑っていた。
僕はため息をつき、自分のことだけを考えるようにと腹を決めた。
「これからどうするつもり?」
机まで五メートルというところで立ち止まる。室内は静かで、この距離でも十分会話ができるからだ。
「エルアート君には彼女が到着してから話はする。が、今はお前のこれからについて話をしよう」
父さんはパソコンを操作し、部屋の中央に半透明のモニターを出現させた。そのモニター内には六つの球体がある。中央の球体が第三世界スーベリアット、そこを中心として左に第一世界ミュレストライア、右上から縦に第二世界ダルカンシェル、第四世界ファーランガル、第五世界マクランディ、五つの世界から離れるようにして下方にある第六世界マルキオーラだ。
「第六世界はいまだに観測だけにとどまっている。どの世界とも繋がっていないので説明は省く。今現在全ての世界と繋がっているのはこの第三世界のみで、第一世界は第三世界としか繋がっていない。第二世界、第四世界、第五世界は隣り合う世界としか繋がっていない。まあ、第二世界は第三世界と第四世界としか繋がっていないということだな」
「それは周知の事実だ。この世界に生まれたのなら小学校で習うくらいには常識だろ?」
「じゃあ、第二世界が第五世界に連絡を入れようとした場合はどうしたらいい?」
「それも小学生レベルでしょ。第三世界か第四世界を経由すればいい」
「なら話は早い。第一世界から第三世界以外に行くにはどうしたらいい?」
「それは――」
第三世界スーベリアットを経由する以外に道はない。そう言いかけて、僕は口を抑えた。
手段と目的が逆になることは珍しくない。しかしそれは過程を進めるうちに起こる偶発的な挿げ替えに過ぎない。ではそれを「他者に挿げ替えさせる」ことができたなら。
「彼らの、第一世界の目的はなんだ?」
全ての世界を征服するのであれば、まず第三世界を潰せばいい。ではなぜ潰さないのか。
「第三世界は全ての世界を繋ぐ場所。だからこそ安易に侵せないんだよ。ここがもし第二世界だったのなら、容赦なく蹂躙されてただろうな。そしてエレメンタルセブンも「この世界を侵略するための足がかり」ではなく「他の世界を侵略するための時間稼ぎ」でしかない」
「潜んでいても、他の世界が攻撃されたとあれば第三世界も動く。それを少しでも阻害できればいいってことか」
「我が息子ながら優秀だ。第三世界はまだまだなんとかなるだろう。問題は第一世界以外の異世界だな」
モニターの画像が切り替わり、人体の影が二つ現れた。左側の人型は、上下に伸びた円の中にいる。もう右の人型は、特に周りになにもないが右の人型と線で繋がっている。が、左右の人型はギザギザの線で区切られていた。
「左がエルアート君、右がお前だ。先ほども説明したが、手順としては以下の通りだ」
説明文らしきものが書かれたモニターが出現し、僕の目の前へと移動してきた。
1、エルアート=ファランドと擬似物質転送装置を接続する。
2、装置を起動して異世界への道を開く。
3、数少ない適合者の一人である安瀬神縁を転送する。
4、転送先でエルアート=ファランドを召喚、帰還するためのゲートを確保。
急いで作ったにしてもお粗末だとは思う。それ以上に、僕の名前がある理由の方が気になってしまった。
「僕である理由は? この世界にはもっと優秀な人物がたくさんいるはずだ」
「わかってないな。お前のように、無理矢理第一世界から祠徒を召喚し、しかも自分の人格として扱ったなんていう事例はないんだよ。お前は本来四体しか祠徒を持てない身体なんだ。余計に二体も召喚してもここにいる。ゲートに適合し、異世界への転送にも耐えられる唯一の人間と言える」
「ちゃんとした理論でもあるの?」
「机上の空論だが、その他の要素を加味しても大丈夫なように理論は作ってある」
「信用してもいいんだよね?」
「お前が他人だったらもっと簡単な話だったんだがな」
父さんは目を伏せた。
仕方がないのだと割り切るのは、きっと正しくないことなんだ。
大きく息を吸って、細く長く吐き出した。
「わかった。すぐに準備をしよう」
床から僕に視線を移した父さんは、ゆっくりと一つ頷いた。一度口開き、なにかを言いかけてやめた。
「――行くぞ」
僕の横を通り、父さんがドアへと向かっていく。
その後ろをついて歩き、僕らはエレベーターに乗った。
上ったのと同じ速度で降下し、目的地である地下二十階へと到着。エレベーターのドアを出ると、金属製のドアが行く手を阻む。白い壁面に銀色が眩しく、清潔感はあるのだが妙な物々しさを感じていた。この二十階にはそのドアしかないからというのも理由だろう。
父さんがドアに触れると、重々しい動作で両開きのドアが開く。
真っ白な広い空間の中心に、人ひとりが入るくらいの装置が二つあった。大きな試験管のようで、前面だけがガラス張りだった。装置の周りには数十名という、白衣を着た研究員らしき人たちがいる。
「後ろのが転送装置、前にあるのが接続装置だ」
簡単な説明をされながら、父さんの後ろをついて歩く。
試験管のような装置の周りには大仰なほど多くの機器が並ぶ。後ろには、床から天井に繋がる筒状の機械。近づくにつれてその大きさが顕著になっていく。
白い病衣を着たエルアートが装置の裏から姿を現す。研究員らしき人物にレクチャーでも受けているのか、モニターに指を差し、会話をしながら歩いてくる。
「遅いおつきで」
腰に手を当て、エルアートは不遜に笑う。
「ごめん、待たせたかな」
「嘘よ、そんなに待ってない。それよりも準備はいい?」
「僕もそれ着なきゃ駄目なのかな……」
「エルアート君は必要だから病衣を着てもらった。お前は必要ない」
父さんは僕の肩を叩いて促す。
「縁」とエルアートに呼ばれ、僕は「なに?」と返す。
「がんばれ」
彼女はそう言って、僕の胸に拳を当てた。
「キミも、ね」
僕は彼女の頭を撫でる。嫌がることもせず素直に受け入れてくれた。
「エルアート君は特になにもしなくていい。が、縁はやることがかなり多い。まずは第五世界に向かい、向こうでエルアート君を召喚する。彼女がいれば非常事態であってもこっちに返ってこられるだろう。普通の召喚とは違い、向こうで死ねばこちらのお前も死ぬことを忘れるな」
「エルアートは平気なんだな?」
「彼女はただの祠徒として扱われるからな。彼女を呼び出すために、彼女を認識するためのなにかが必要なんだが、エルアート君はなにか身につけているものを縁にあずけてくれないか?」
「持ち物……ですか。私だってのを特定できればいいんですよね?」
「まあ、そうなるな」
それを聞いたエルアは、研究員にハサミを求めた。研究員はすぐにハサミを持ってきたが、それを受け取ったエルアートは思わぬ行動に出た。
「おいエルアートそれは」
僕の制止も無視し、彼女は自分の髪の毛を切った。一部分と言えば問題なさそうに聞こえるが、あの綺麗な銀髪には妙な神聖さがある。それを切るという行為が、なぜか背徳的に感じてしまった。
彼女は髪の毛を束ね、僕の手首にを包んで結ぶ。
「これ以上のモノはないわね」
「確かに」
誇らしげに鼻を鳴らすエルアートがやけに可愛く見えてしまった。
「用意はよさそうだな。縁は右側のポッドに、エルアート君は左だ」
ポッドに入る時、頭と胸と足に吸盤のようなものを付けられた。さながら心電図のような感じだった。
ガラス面が閉じ、室内全体が暗くなった。
『聞こえるか縁』
「ああ、大丈夫だよ。まだなにかあるの?」
『召喚に関してはこちらで行うのと同じことをすればいい。エルアート君の髪の毛が反応してくれるだろう。あとはそうだな、人体以外ならばエルアート君を介して送れるし、音声や画像ならばやりとりもできる。なにか欲しい物はあるか?』
「考えるまでもない。あの十手を送ってくれ。できるだけ早く」
『わかった。それでは目を閉じろ。しばらくすれば眠気がやってくるだろう』
「了解。そうだ父さん、ある人に伝えて欲しいことがあるんだ」
『言ってみろ』
「心配しないで、って。母さんに」
『――伝えておこう』
目を閉じて、これからどうなるかを夢想する。
異世界のことは祠徒たちから聞いていた。教科書にも載っているし、無知というわけでもない。それでも、こことは違う場所であることに間違いはないんだ。
今でこそ北のペンシルベニア、南のトリアス、西のペルム、東のオルドビスという別れ方をしていたが元々は違う。
何千年、何万年も前にこの世界は一度滅びた。異世界との接触によって、様々な国が崩壊していった。アメリカの領土は北アメリカ大陸の半分も残らなかった。ユーラシア大陸だって十分の一程度まで収縮した。アフリカ大陸が一番被害が少なく、八割を残したまま残っている。人が住めるかどうかはまた別の話だが。
海が占める割合は変わらないが、地球は間違いなく小さくなった。
かくいうここ日本もまた、五分の一程度になってしまったという。教科書に載っている本来の日本とはかけ離れた、楕円形の地形に変化した。今はユーラシア大陸の一部と日本を合併しオルドビスという国をなしている。
地球だけではなく、銀河系の形も変わっていった。
宇宙に関しては詳しくないが、他の惑星との距離が近くなり、今まで見えなかった惑星まで観測することができるようになった。
無限に広がり続けていると言われる宇宙だが、その速度が弱くなったのではという昔の論文も見たことがある。
異世界との接触はそれほどまでに大きな出来事で、傷跡と言っても間違いではないのかもしれない。
僕は日本しか知らないけど、この地球にはいろんな国があり、いろんな言語が存在する。同じ世界でさえ、これだけの差があるんだ。異世界に行くというのは、きっととてつもないことなんじゃないかと考えていた。
僕にしかできないこと。
僕がしなきゃいけない。
僕の全てをかけるんだ。
例え失敗したとしても、誰も僕を責めないんだと思う。秘密裏に行われているというのもあるが、世界を未成年に委ねたのはこの世界なんだから。
それでもやってやろうという気持ちが強固になっていく。
【困っている人を守れるような、立派な魔導師になりたい】
そう口にした日のことを思い出し、僕の正しさを示すんだという気持ちが大きくなったから。
そして胸を張って言えるようになるんだ。
これが僕の存在証明だと。




