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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【エレメンタルセブン編】
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十話〈ビューポイント:エルアート=ファランド〉

 視界が黒に染まったまま、連れてこられたのは廃工場だった。


 影慈からの拘束が解かれると、すぐさま距離を取って彼へと振り返る。


 鼻につく油の臭い、身長の何十倍あるかもわからない高い天井、曇りガラスに透過する淡い太陽の光。今までのエルアートにとっては縁のない場所であった。


「なにが目的なの」


 素早くヘカトンケイルを出し、両手で強く握りしめた。


「この世界から異世界に移動するためには、お前の存在は必要不可欠だ。悪いがお前の意思とは関係なく協力してもらう」

「それは協力とは言わないわ」


 フォーレットのことは縁から聞いていたため祠徒の召喚はしない。


 しかし、影慈とエルアートの力量差は大きく開いている。身体能力、魔導力、それに加えて祠徒を召喚できないというこの状況は、彼女にとって不利以外のなにものでもなかった。


「勝てると思うか、この俺に」

「勝てるか勝てないかなんて、やってみないとわからないわ。まずはやるかやらないかが先に立つのが普通でしょう」


 とは言うものの、一歩も踏み出せずにヘカトンケイルを握りしめるだけだった。


 眼力で威圧され、魔導力で押し付けられる。どんな奇策を使おうとも、祠徒なしではそれもかなわない。


 影慈が静かに動き出す。それは捕縛のための一歩であるとエルアートも理解している。近付かれては逃げる術もなくなってしまう。


 反射的に、右へと大きくステップした。


「あら、こんにちはお嬢さん」


 なにかにぶつかり顔を上げた。穏やかに笑うフォーレットに見下され、エルアート思考は停止する。腕を掴まれても振りほどくこともできず、ただただフォーレットの顔を見つめるだけだった。


「予想よりも大人しいのね」

「……くそっ!」


 慌ててヘカトンケイルを振りかぶるが、鈍い風切音をさせて空を切る。逆にフォーレットの拳を腹に受けてしまった。


 あまりにも重い打突に、足はガクガクと震え始めた。口からはよだれが垂れ、思わずその場にうずくまる。


「影慈くん、連れてってちょうだい」

「わかった」


 意識が飛びそうになる中で、エルアートは妙な浮遊感を味わっていた。


 腹部を押される感覚、手足は力なく垂れ下がる。かろうじて意識はあるものの指を動かすだけでも精一杯だった。


 しかし、ふわりと浮いて地面に身体を打ち付けることになった。


 なにが起こったのかと、うつ伏せのまま首を動かす。


 肩を抑えてよろける影慈の姿と、それを支えようとするフォーレットの姿が目に飛び込んできた。


 無力な自分に失望しながらも、誰かが守ってくれるという状況に安堵していた。


 この安心感に身を任せようと思った。誰かが守ってくれるから。


 手のひらを地面につけ、指に腕にと力を込めた。このままでいられるかというように、自身の心身を叱咤する。


 立ち上がり、左手で右腕を抑える。そして影慈とフォーレットに対峙するが、その間に状況は一変していた。


 なにもない空間から現れる小さな光の粒が影慈とフォーレットの身体を蹂躙する。粒の数は多くないが、避けても避けても四肢を貫いていた。


「くそっ! なんなんだ!」

「攻撃から考えられる祠徒の構成を見れば生徒の特定はできます。しかし今は逃げましょう」

「ここに来てなにを言ってるんだ。エルアートを連れて帰る」


 影慈がエルアートに手を伸ばすが、その手を光の粒が阻害する。


 手を抑えて後ずさる彼。それを執拗に追従する光の粒。


 仕方がないと舌を鳴らし、二人は影の中に消えていった。


 工場内に一人残されたエルアートは、二人が消えていった地面を見つめることしかできなかった。


 そして静かなその空間はすぐに破られる。数十メートル先にある大きなドアが、ガタガタという音を立ててスライドした。


「大丈夫か! エルアート!」


 背後から差す光で顔は見えづらいが、その身体の大きさと聞き覚えのある声で人物を特定するのには十分だった。


 彼が一歩を踏み出すと、地面に積もった埃が舞う。その歩幅は大きく、エルアートの元前に立つまでに時間はかからなかった。


「ぜ、善先輩!? どうしたんですかこんなところに!?」

「俺と汐里は試合を放棄し、ずっと街を観察していたのだ。そしたらお前が攫われるのが見えた。黒澤影慈は影の中を移動する能力だが、自分の影を消すことはできない。不自然に動く影があればこちらも追うだろう。まあ、ヤツには影に関する能力がもう一つ残ってはいるが、今はいいだろう」

「じゃあ私を助けてくれたあの能力は汐里先輩の?」

「そうだ。最大で百キロ先まで見える目、超遠距離を空間転移する小さな穴、手のひらに乗るモノならばなんでも光速で打ち出す。汐里はスナイパーだからな、この三つの能力を上手く使える」

「なるほど」


 と、エルアートは視線を落とす。納得しながらも自分の情報収集不足を痛感させられていた。


 学校中の生徒の能力を把握しているという人間はおらず、それはエルアートも例外ではない。ほぼ全ての生徒が、要注意だと思われる人物の祠徒しか調査をしない。


 ハッとしたように顔を上げ、もう一度善の顔を見た。


「そうだ善先輩。今から第八支部に連れてってはもらえませんか?」

「話は聞いている。外に車も用意してあるぞ」

「ありがとう御座います!」


 髪の毛をふわりと舞い上がらせて、エルアートは小さな身体で大きくお辞儀をした。


 しかしその直後、彼女の身体は自分の身長よりも高く浮いた。


「せ、先輩!? ちょっとなにしてるんですか!」


 必死でスカートを抑えるエルアートとは真逆に、善はいつもと変わらず落ち着いていた。


 小さな身体を担ぎ上げ、自分の肩に彼女の腹を乗せていた。善の顔あたりに腰が来るため、彼女としては気が気でない。


「心配するな、幼女に興味はない」

「幼女じゃないです……」

「それはすまなかった」


 風紀委員である善のことを、生徒会に入っているエルアートは知っていた。彼がどういう性格かも知っているため、スカートを抑えることしかできないことも理解した。


 ドスドスという足音を聞きながら、車にたどり着くまでの辛抱だと自分を納得させるのだった。

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