表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【エレメンタルセブン編】
25/162

八話〈ビューポイント:此之峯結〉

 結界の中央に立ち、結は大きく息を吸う。肺がいっぱいになったのを確認してゆっくりと吐き出し、対戦相手をじっと見つめた。


 目の前には一年生の紫堂雷蔵。身長は結と同じくらいで、お世辞にも長身とは言えなかった。短髪で、いかにもヤンチャそうに笑っている。特に筋肉質というわけでもないが、格闘技というよりはケンカを楽しんでいるようなタイプではないかと結は感じていた。


 雷属性を得意とし、身軽なフットワークが特徴だと尽に教えられた。


「それでは、始め!」


 教師が開始を告げてすぐ、彼はファイティングポーズをとった。ボクシングスタイルなのか、軽くステップを踏んでいる。


 結はそれを見て、呼応するように構えをとる。両方の手のひらを相手に向け、右手は胸の前、左手を頭の上にもっていく。右足を少し後ろに下げ、左足を前に出して半身になった。そして二体の祠徒を召喚した。緑色の着物を纏った祠徒サツキと、青い着物を羽織ったミナヅキである。


「俺知ってるんだぜ。先輩は普段そんなことないけど、実は殴りあうの得意なんだろ?」


 雷蔵は眉を吊り上げ、楽しそうに笑っていた。


「殴り合いは得意じゃないの。少しだけ接近戦が得意なだけよ」


 祠徒の能力が身体の強化や治癒に寄っているため、なんでもありの試合はあまり得意ではない。しかしその実、この歳にして此之峯流古武術の師範代であった。


 幼少から祖父や両親の元で修行をし、心身ともに鍛えてきた。この学校に入る際に師範代の地位を返上してはいるものの、それでもその強さは健在であった。


「少しってレベルじゃねーんだろ? まあ、先輩が強くても俺には関係ないけどな!」


 雷蔵の身体から黒い靄が出現し、彼を抱きしめるように人の形になる。長身で長髪の美しい女性であった。


 それと同時に別の祠徒を召喚。目に見えるほどの電気をほとばしらせた狼は、雷蔵が本体持っていた祠徒だった。


「レンブリュートの【駆け抜ける雷獣(スパークボルト)】は俺の身体に電気をまとわせる。当然遠距離攻撃もできるぜ」

「ミュレストライアから引き入れた祠徒は紹介してくれないの?」

「レイラのことか? コイツの祠導術は、その身でくらって確認してくれよ」


 そう言ってから、雷蔵はその場で拳を前に突き出した。


 遠距離攻撃かと身構えた結は、少しの違和感を覚える。なにもないはずの右の空間から僅かな風を感じたのだ。


 焦ることはないと身を屈める。今まで結の頭があった場所には、そこにあるはずのない雷蔵の拳が浮いていた。


 それでも結は冷静だった。


 次々と空間から出現する拳撃や蹴撃を躱し、いなし、撃ち落としていった。


 この学校で生活をしていると、誰がどのような祠徒を持っているかなどの情報は入ってくる。実技考査などもあり、基本的には校内に自分の能力が知れ渡る。しかし今はまったく情報がない状態での戦いだった。


 なぜ冷静でいられたのか。それはアランの情報によるところが大きかった。


 常に冷静であろうと努めてきた。結には兄と姉、下には弟がいた。両親も含めて皆明るく天真爛漫であった。そのため幼い頃から妙に達観したところがあったのだ。


 自分ももう少し無邪気にいられたらと思うこともあった。同級生の輪に溶け込めず、顔を伏せていた時期もある。が、この時ばかりは今までの自分が誇らしくなった。


 口元に笑みを浮かべた。


 結の祠徒がどんなものかを知っている。結が持つ三体の祠徒が強化型や治癒型であること、祠徒からは攻撃をされないこと。それらを踏まえた上で攻撃を続けていた。


 逆に、結はそれを知っていたのだ。


 避け続けている間、ずっとステップを踏み続けていた。ダンスというよりは舞である。


 ミナヅキの【激励の演舞】は、舞えば舞うほど身体能力を向上させる。一定範囲以内にいる人間限定だが、その範囲を指定できるという祠導術だった。


激励の演舞(インスピレートレット)】により、彼女の身体能力は飛躍的に向上していた。


 そしてサツキの【葬送の歌舞(プレイヤープレイ)】は、詩を読むうことで効果を発揮する。


「あーもう!」


 攻撃が当たらないことに痺れをきらした雷蔵が突撃してきた。


 彼が打った左ジャブを結が右手で払う。放たれた右ストレートを避けようとすると、今度はその拳が背後へと移動していた。しかしこれもまた、身体を捻って華麗に回避する。


 結は避けることに重点を置いた戦い方のため、元より打ち合いには向かなかった。一度打ち込まれると、戦闘プランは音を立てて崩れていくだろう。


 攻撃を躱しながら、虎視眈々をその機会をうかがう。

「水面に漂う淡朽葉(うすくちば)


 ハイキックを避け、クルクルと周りながら距離を取る。結の周囲の空間が歪み始める。けれどそれはまだ雷蔵が視認できるほどではなかった。


「空に(かが)う日輪も、宵の静謐(せいひつ)に沈みゆく」


 雷蔵は雄叫びを上げながら、電撃の束を結に放射した。


 結は詩を読みながら、その電撃を上空へと打ち上げる。その姿を見て、彼は驚きに目を見開いていた。


 ゆっくりと、空間の歪みは大きくなっていく。


「一縷の望みも東雲に、恬淡(てんたん)なれど吝嗇(りんしょく)に」


 一度彼を見た。体中に電気を流し、今まで以上の猛攻を仕掛けようとしていた。


 結が腕を薙ぐと空間の歪みが顕著に現れる。身体を動かす度に、まるで風の流れが見えるような歪みが生じていた。


奢侈(しゃし)と思えば瀟洒(しょうしゃ)なり」


 ここで初めて、雷蔵の動きが止まった。


「己の誤謬(ごびゅう)も認めたまえ」


 トンっとつま先を鳴らし、そこでようやく動きを止めた。


 結の周囲だけが、異常なほどに歪んでいた。まるで近くに蜃気楼でもできるのではないかと、そう思われても仕方がないほどに。


「なんなんだよ、それ……」


 目を大きく見開く雷蔵とは逆に、結は口元に笑みを浮かべていた。


「私の最後の祠徒はサツキ。サツキが持つ【葬送の歌舞】は、詩を読むことで発動する前提条件発動能力(インポーズスキル)なの。音を自在に操る代わりに詩を読まねば発動できない」


 普段ならば今読んだ詩の数倍は読まねばいけない。しかし【深淵礼装】の効果によってレガールの抑制機能を解除されているため、その時間は劇的に短縮された。


「その歪みが音だってのかよ」

「私の心臓の音、服が擦れる音なんかが小さな衝撃波になってるの。音というのは空気を振動させるもの。その振動が大きくなって空間を歪ませる」

「ははっ、でもその程度なんだろ? 結局アンタは逃げまわって疲れるだけだ」

「本当にそう思ってる?」


 右手を上げ、ボールを投げる要領で空気を放つ。


 手が風を切る音は、大きな衝撃波となって雷蔵を襲った。地面から足が離れ、あっという間に結界に激突した。


 背中を結界に押し付けたまま着地する。なんとか立ってはいるものの、今の一撃はかなりのダメージを生んだ。


「周囲に味方がいるととても使いづらいんだけど、こういう一対一なら気にせず使える。を起点にするため、私自身にデメリットはないの」

「ふざけやがってええええええええええええ!」


 よろめきながらも結界から離れた彼は、電撃をまき散らしながら結へと突貫した。


 右拳を振り、空間を超越して結の腹部へと攻撃を仕掛ける。が、その拳は空を切り、結によって叩き落とされた。


 顔を引き攣らせ、雷蔵の足が止まった。


 戻ってきた右腕は肘より先がくの字に曲がり、明らかに折れているというのがわかる。必死に奥歯を噛み締めて耐えているも、攻撃をためらっている様子が結にも伝わった。


「私の周囲は常に振動しているのよ。普段は感じられない衝撃も、音という形になって渦巻いている。それに祠徒によって身体能力も強化されているから、もうアナタが勝つ見込みはない」

「うる、せーよ。まだだ!」


 雷蔵の前方に電気が集まり始める。それは球体状になり徐々に大きくなっていく。


「とっておきの一撃! みまってやるぜ絵ええええええええええ!」


 すぐに彼の身体を覆うほどまで成長し、結に向かって放たれた。


 攻撃は一瞬の出来事だった。空間を飛び越し、気づくまもなく結は巻き込まれた。


 地面を抉るほどの衝撃で、結が立っていた場所は土煙に覆われた。しかし、彼女は一歩ずつ雷蔵へと歩みよっていた。


「んでだよ……」

「レガールの抑制を受けていないこと。【葬送の歌舞】を発動させてしまったこと。この二つが最大の要因ね」


 此之峯結、前回の実技考査順位は三十二位だった。


 最終的には赤崎火群に倒されてしまったものの、三年生の中では上から数えるほどに強い。


「これで終わりよ」


 音速に身を任せて疾駆する。


 一瞬で雷蔵の眼前へと現れて、右の平手を胸へと打ち付けた。そしてそのまま、衝撃を増大させて結界へと押しこむ。激突する頃には、もう彼の意識はなかった。


「そこまで!」


 教師の言葉に祠導術を解く。


「ふぅ」と息を吐いて雷蔵を見下ろした。


「ごめんね、新入生なのに」


 紫堂雷蔵は今年入ってきたばかりの新入生だ。つまり、エレメンタルセブンとしての活動はかなり短い期間となる。


 逆に、この学校に入る前から火群と知り合いだったのでは、と結は考えていた。


 その思考がどれだけ的を射ているのか、まだ結は理解していなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ