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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【エレメンタルセブン編】
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三話

「ほいお疲れさん」

「ああ、まあそんなに大したことはしてないけどな」


 トーナメント表が貼りだされるまでは休憩らしく、周囲の連中はどんどんと散っていく。


「俺らも行くぞ。ちょっと早いけどこれがお昼休みだと思えばいい」

「なるほどな。購買でも寄って屋上でいいか」


 アランも基本的に購買でパンを買う。そのため、必然的に行動が同じになるのだ。


 サンドイッチと紅茶を買い、俺たちは屋上へと向かった。屋上のドアを開けると、フェンス際にはエルアと結が座っていた。


「おーい! こっちこっちー!」


 大きく手を振る結に促され、俺たちは二人と一緒に昼食をとることになった。


「みんな、予選通過おめでとう」


 と、結がパチパチと手を叩いた。


「問題はここからだな。予選を通ってきたってことは、それなりの実力があるってことだろ? しかも乱戦じゃなく一対一だ」

「そうね。私も去年は運みたいなところがあったし」


 弁当を突付きながら、エルアが小さくそう言った。


「去年は学園六位だとか言ってたな。誰に負けたんだ?」

「今五年生の赤崎火群先輩よ。エレメンタルセブンのリーダーでありながら、学園二位の強さを持ってるわ」

「ちなみに清や尽はどうなんだ?」

「会長は一位、副会長は十位よ。会長は言わずともがな強いけれど、副会長は個人戦には向かない人だから」

「なるほどな。今聞いた感じだと、エレメンタルセブンってのは予想よりも強いみたいだな」

「この学園で、おそらく七人全員が会長の次くらいに強いんじゃないかしら。私だってトーナメントであたったら勝つ自信ないわ」

「俺もないぜ!」

「私も!」


 なんでアランと結は嬉しそうに混ざろうとするのか。


「そういえばお前、黒澤先輩と目があったみたいだな」


 パンの包装を丸めながらアランがそう言った。


「黒澤? って、誰だ?」

「エレメンタルセブンが一人、五年生の黒澤影慈先輩だよ。去年は四位だったけど、あの人も相当強かったはずだぜ? 間違いなくお前はロックオンされたな」

「別に構わないさ。適度にやらせてもらう」

「適度にって、勝つ気はねーのかよ……」

「できれば勝ちたい、くらいでちょうどいいだろ。レガールの抑止力が強くなってるんだ、祠徒の力だって弱くなってる。勝てるかどうかは時の運だな」

「お前が弱気なんて珍しいな」

「そうでもない。俺は元々自虐的なんだ」


 紅茶を全て飲み干した時、教師の声が学園に響き渡る。トーナメント表ができたという合図だった。


 グラウンドに向かう道すがら、PDで校内情報を開き一番新しいインフォメーションをクリックした。自分や知り合いたちの位置や対戦相手を確認し、思わずため息が漏れる。


「くじ運最高じゃない」


 鼻を鳴らしながら、エルアが俺の小脇を小突いてくる。


「俺たちはまあ真ん中っくらいだからちょうどいいな。でも縁は割りと最高の位置だと思うぜ」

「縁は持ってるんだね、いろいろと」


 アランも結も笑いを隠せないといった感じだ。


 そんな俺は、第一試合だった。


 対戦相手は知らないヤツだったが、名前の横に去年の順位が書かれている。十一位ということは尽の下ということで、それなりに注目度が高い生徒なんだろうと予想できた。


 グラウンドには予選を通過した生徒だけが集められ、試合形式やルールなどが簡単に説明された。


 俺と対戦相手の名前が呼ばれる。


 グラウンドの中央には三十メートル四方の結界が作られ、他の生徒はそこよりも外にいればいいということだ。観戦する生徒たちが妙に近く、若干の煩わしさがある。


「それでは握手をしなさい」


 教師に促されるまま、差し出される手を取った。


「よろしく」


 と、爽やかに言われた。ジャージの色は黒なので五年生だ。黒髪短髪でなかなかにいい体つきをしている。身長は俺と同じくらいだが、日々鍛えているのだろう。


「こちらこそ」


 軽く手を握り、俺はそう返した。


 手を離して五メートルほどの距離を取った。


「それでは、始め!」


 うるさいなと思いながら、相手の身体を注視していた。


 相手は皮膚を覆うように肉体強化の魔導術を使った。下半身を重点的に強化してあり、一歩の速度が異常なほどに速い。一発で決めたいのだとはわかるが、さすがにそれは早計だ。


 いくら目がよかろうと、相手の速度に合わせられるかはまた別の話。完璧にさばくためには相手の攻撃を予測しなければいけない。一応俺も身体を強化しているが、長時間避け続けるわけにもいかなかった。相手もこの学校で自身を研鑽してきた生徒の一人。侮りすぎると自分に返ってくる。


 それならば、取るべき行動は一つだけ。


 腰を落とし、受ける体勢に入った。


 嬉々として打ち出される右ストレートを左手で軽く打ち上げ、右肘を相手の脇腹めがけて突き立てた。


 と言っても俺はただその場で踏ん張ればいい。相手が持つ勢いだけを利用して攻撃を返す。最善の選択だと思い、俺が出した最初で最後の答えだった。


「あ、ああ……」


 対戦相手の男は俺から身体を離し、よろよろと後ずさっていく。苦しそうに脇腹を抑え、上手く呼吸もできていない様子だった。


 骨は折れてはいないだろうが、間違いなくヒビくらいは入っている。


「悪いな、もう勝負はついた」


 手の平を前に出し、ソイツの頭を軽く押す。踏ん張ろうとはしているんだろうが、身体が言うことをきく状態ではない。


 顔を引き攣らせながら、ゆっくりと背中から落ちていった。


「勝者! 安瀬神縁!」


 しんと静まり返るこの状況に、妙な居心地の悪さを感じてしまった。


 歓声が欲しいわけじゃないが、どいつもこいつも口を開けてなにをしているんだか。


 結界が解かれ、今度は観客側に回ることにした。


 しかし、ここでまたあの殺気が肌を刺す。すぐに周囲を見渡して見るが、相手が誰なのかはわからない。


「やるじゃない。あの先輩、結構強いって有名なのに。って、キョロキョロしてどうしたの?」


 エルアに話しかけられるも、俺は殺気の出処を探っていた。


「嫌な予感がする。悪いが少し席を外すぞ」

「ちょ、ちょっと縁!」


 彼女の制止を振りきって、俺は駆け足でグラウンドを後にした。


 まずは校舎の周りを見ていく。グラウンドの方から勝者の名前が小さく聞こえてくるが今はどうでもよかった。


 体育館へと足を伸ばし、用具倉庫などにも顔を出した。


 校舎の中に入り、一階から六階までくまなく歩いた。


 気がつけば本戦の一回戦が終わったのか、生徒たちが校舎の中に入ってきた。早くも制服に着替えて学校を後にする者もいた。


 仕方がないと、俺も制服に着替えることにした。アランたちはまだ帰ってこないが、またあの殺気を感じた。


 今度は逃がさないと裏庭へ向かって校舎を駆け抜ける。


 廊下にいる生徒たちにぶつかりそうになりながら、校舎と校舎の間、夕日も届かない裏庭に到着した。裏庭というよりは路地裏のようなイメージだ。


 夕日が校舎に遮られた仄暗いそんな場所。スカートの端やブレザーの裾を赤く染めた女生徒が背中を向けて立っていた。髪は肩まであり、僅かだが風になびいていた。


「ようやく見つけてくれたのね」


 ゆったりとした動作でこちらを振り返る。目は細く釣り上がり、口元には笑みを浮かべていた。美人ではあるのだが、妖艶さの中に危なげな感じがある。


 それと同時に、違和感が胸元で渦巻いた。


「私の名前はフォーレット=サンデランドです。以後、お見知り置きを」

「変な殺気で挑発してきたのはお前か」

「ええ、何度も何度も気付いて欲しくて見つめてたのに、まったく相手にしてくれないから困っちゃいましたわ。安瀬神縁さま」


 俺の名前を知っている、というのか。制服は着ているが妙な違和感がある。生徒だから名前を知っているというわけではなさそうだ。


「俺だって探したんだよ。それより、お前この学校の生徒じゃないな?」


 右手を前に出して身構える。この違和感の正体がどういったモノであるか、それは俺の身体がよく知っていた。


「生徒ではないどころか、この世界の人間ですらありませんよ。わかっているんでしょう? 私は第一世界ミュレストライアの人間です」

「どうやってスーベリアットまで来た。お前も召喚された口か?」

「召喚? その必要はありませんよ。私は自力でこの世界に来たんです。ある目的のために」

「その目的ってのは話してもらえるのか?」

「ええ、目的達成のためにアナタに殺気を送っていたのですから」


 優雅に、一歩また一歩と歩いてくる。


 残り一メートルといったところで彼女は足を止めた。そして、俺に手を差し出した。


「私たちと一緒に世界を征服する気はありませんか?」


 それは耳を疑うような一言だった。


「意味がよくわからない」

「ミュレストライアの住人である私たちが、他の世界すべてを我が物にする。最高ではないですか」

「俺になんの関係があるんだ」

「知ってるんですよ? アナタがミュレストライアから来た人間だと言うこと。スーベリアットの人間の身体に入っていること。私、いえ私たちは全部知っています」


 唇に指を当て、彼女は艶やかに微笑んだ。


「俺はスーベリアットの住人だ。もうミュレストライアに未練なんてない」


 あそこは力こそが全てで、食べるものも住むところも力がなくては手に入らない。子供の頃からそんな環境で生きてきたからこそ、もうあそこには戻りたくないのだ。


「アナタのような優秀な人材を欲していたのですけど、ね」


 その時、俺のPDが鳴った。


「出たらどうですか?」と彼女に言われ、ポケットからPDを取り出す。モニターには「波佐間清」と表示されていた。


「どうした」


 通話を開始して、俺はそう言った。


『まだ学校にいるのか?』

「ああ、ちょっといろいろあってな」


 フォーレットに目をやると、ヤツはくすくすと笑った。


『学校にいるのなら、校舎の中を見まわってから帰ってもらいたい』

「なにか、あったんだな」


 凛とした声色はいつものことだが、平常時にはない堅さが感じ取れる。


『殺人だよ。しかも、かなり厄介な感じだ』

「ジャックザリッパーの時よりもか」

『次元が違うな。おそらくだが今回は正真正銘の愉快犯だ』


 ため息吐いたのか、彼女の吐息が受話器越しに聞こえてきた。


『キューブ状になった人の死体だ。一辺が四十センチほどの正六面体に、人がまるごとつめ込まれているような感じだ』

「人ひとりがそんなに小さくなるものなのか」

『無理矢理だよ。だからこっちも困ってる。こんな凶暴な奴が街を徘徊してるとなれば問題だろう』

「わかった。こっちは任せろ」

「悪いな。それじゃあ」


 プツッと通話が切れ、俺は再度フォーレットと向きあう。


「なかなか趣があるでしょう? ちなみに私の能力ではないわ」

「元々その制服を着てたヤツはどうした」

「そうですね、仲間の能力で四角形にしちゃいました」


 可愛らしく笑うその顔が、今は憎たらしくて仕方がなかった。


「誰の能力とかどうでもいい。お前らが下衆だってのはわかったよ。来い、パンドラ」


 まずコイツを倒して警察に突き出す。それから考えるのが最善策だと思った。


 しかし、待てどもパンドラは現れない。代わりにルキナスとリュノアが姿を見せた。


「大変だよ縁! パンドラがどこにもいないの!」


 と、焦った様子でルキナスが言う。


「さっきまではいたんだけど、気付いたらいなくなっていたんだ」


 アゴに手を当て、なにかを考えながらリュノアがつぶやいた。


 フォーレットは俺たちの会話を聞きながら、まだニヤニヤと笑っている。パンドラが消えたこととなにか関係があるというのか。


「お前、なんか知ってるのか」

「あら、わかります? さっき言ったではないですか、この世界を征服すると。おそらく同志たちがマクランディを攻撃しているのでしょう。スーベリアットと繋がっていた門がどうにかなってしまったのかもしれませんね」

「現在進行形で他の世界を攻撃してるってのか」

「ええ、だからスーベリアットも貰い受けます。その第一段階としてアナタが欲しいのですよ。第一世界から召喚した祠徒を自分の精神体として扱うなど、これまでに前例がないこと。ですのでご一緒していただければなと思ってるんですが」

「断る。お前らと同じに見られるなんてごめんだな」

「そうですか。それなら――」


 僅かな風切音がした。


 気付けば、フォーレットが目の前に接近していた。


 魔導力の流れは見えていたのに、指を動かすので精一杯だ。


「その精神を奪います」


 迫り来る手に頭を掴まれる。その瞬間、俺の意識は闇に溶けた。

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