二話
実技考査はブロックごとの集団戦から始まる。全生徒千人以上がAからHに振り分けられ、まずはその中で予選を行う。そして勝ち残った各十名がトーナメントに参加できる。つまり一つの学年で十六人程度しか、正式な実技考査には参加できないことになる。
予選と一回戦までが一日目、二回戦から五回戦までが二日目、そして準決勝と決勝が三日目となる。一回戦終了時にシャッフルされ、五回戦終了時にもシャッフルされるため、常に近くにいる人間が対戦相手とは限らないのが難しいところだろう。
教室に入って、最初にくじを引かされた。
「Hか」
ここでブロックがわかっても対策をすることなど困難だ。学校中を駆けずり回っても、考査が始まるまでには間に合わないだろう。
「よう、お前どうだった?」
と、アランが一枚の紙をひらひらさせながらこちらに歩いてきた。
「俺はHだった。そっちは?」
「Dだよ。なんか噂じゃ、結構面倒なグループらしいんだよな。つかさ、生徒会長はエキシビションになんで俺たちを選んだんだ? 他に強い先輩たちなんていっぱいいるだろうに」
「知らん、本人に聞いてくれ」
ふとくじ引きの箱に視線を向けると、ちょうどエルアが手を突っ込んでいるところだった。
彼女は紙を取り出し、そっと開く。
「Aか。お前はそのアルファベッドに因縁でもあるのか?」
「ちょ、ちょっと見ないでよ! それに誰がAカップよ!」
赤い顔で紙を隠すエルア。別にそういう意味で言ったわけじゃない、だなんて言い訳はたぶん通用しないな。
「エキシビションに出られなくて残念だったな。その分俺がなんとかしてやる」
「別に出たいわけじゃなかったしいいわよ」
そう、ジャンケンで負けたのはエルアだった。あの時、一人だけグーを出すという奇跡に近いなにかを見てしまった。
「生徒会や風紀委員も手伝ってくれるんだ。まあ頑張ってくれ」
「アンタもサボるんじゃないわよ」
「お前は俺をどういう目で見てるんだ。それより、くじを引いたら着替えてグラウンドだろ? 女子たちは更衣室に行ったぞ」
「わかってるわよ! じゃあね!」
なんだかんだと挨拶していくあたり、律儀なヤツなんだなと関心した。
着替えを終わらせると、アランと無駄話をしながらグラウンドに向かう。まあヤツのくだらない話に「ああ」や「そうだな」といった相づちを打っていただけだが。
右側から一年一組、一番左側には五年七組という順に並ぶ。さすがにこれだけの人数が集まると壮観だなというのが率直な感想だ。
即席の壇上には教師がズラリと横に並び、校長が一歩前に出て話し始めた。即席の割には横に広いななんて心の底で思った。
長そうな話が始まるも、興味がないので右から左へと聞き流す。
「なあ聞いたか? 会長がCで副会長がBらしいぞ」
背後からアランが声を掛けてきた。
「いや待て待て、お前名簿順でいけば俺よりずっと後ろだろ。なんで俺の真後ろにいるんだよ」
「押しのけてきたに決まってんだろ。ちなみに結はFらしいぞ」
なるほどFか、確かにエルアとは対局だな。体系的に。
「じゃあ大体はバラけたわけだ」
「ただ、善先輩はHだな。汐里先輩はDだ。かーっ、美人には手を上げづれーなーホント」
「無駄に勝ち気だな。それが裏目にでなきゃいいが」
「おいおい、俺をなめてもらっちゃ困るぜ? 実技考査で使える力はレガールによって九割以下まで抑えられる。つまり導術に頼ってちゃ勝てないんだなこれが」
「でもお前、素の戦闘力そこまで高くないだろ」
「バカにすんなよこれでもそこそこいけるんだぞ。見てろよ、そこそこ上までいってやるから」
「全部そこそこじゃねーか大丈夫かよ」
そんな会話を続けているうち準備体操が始まった。
体を動かしている最中、妙な感覚に苛まれる。誰かに見られているよりも、単純に殺気を向けられているような感覚だ。周囲を見渡しても誰とも目が合わず、殺気の元が誰であるかはわからなかった。
準備体操終了後、生徒たちがグラウンドの端へと散っていく。中央に残った生徒たちでAブロックの予選が始まった。
グラウンドの側面には、教師たちが作った結界がはられる。これでグループ内で派手な戦闘が行われても、こちらに被害は出ないというわけだ。
お手並み拝見、と言いたいがあまり面白そうな戦いにはならなそうだ。
力を抑えられているとは言え、大人数相手の戦いに向いているんだろう。縦横無尽に駆け回るエルアが、一人また一人と生徒たちをねじ伏せていく。このブロックが穴だというのもあるが、アイツ一人だけ次元が違って見えた。
しかしその中でも、エルアの次に目立っていた人物がいる。長い髪の毛に豊満な体つき、目は細いがタレ目の女生徒。風を操り、自分の周囲を薙ぎ払っているようだった。
「ありゃ四年の緑屋風音先輩だな。エレメンタルセブンの一人だ」
アランが近くにいると勝手に解説してくれるのでありがたい。というよりもそういう意味で置いておくのがいい人種なんじゃないだろうか。
「強いのか?」
「強い強い。毎回上位だよ。むしろエレメンタルセブンは全員上位に食い込む。バカにされることもあるけど、実力は本物だ」
「お前はあの人たちと戦うんだろ? ホントに大丈夫なのかよ」
「任せろ。なんとかなる」
「その根拠の無い自信をどうにかしろよ」
予選は二十分間行われるが、その間に立っている人間が十人以内になったら終了。時間以内に終わることもあるし、十人に満たないこともあるようだ。
結局、エルアや風音を含めた十人が残った。
それから顔を知っているヤツらは全員予選を突破し、残るのは俺だけとなった。
結界が解かれ、今まで戦っていた生徒たちがグラウンドの端へと避難していく。それを確認し、俺はグラウンドの中央へと歩いていった。
中央付近まで来ると、たくさんの視線が向けられた。俺を警戒しているのか、ただ負けないようにしたいのか。定かではないが、おそらく後者ではないかと考えた。
「それでは、始め!」
教師の号令がかかると、生徒たちは一斉に動き出す。が、俺は自分から誰かをぶちのめしてやろうとかは思っていない。省エネに努め、やられたらやり返すくらいでいいだろう。
「うおおおおおおおおおお!」
という叫び声と共に殴りかかってくる生徒がいた。半身逸らしてそれを避け、逆に腹部を攻撃。なんとも言えないうめき声を上げながら、そいつはずるりと地面に落ちた。
「すまんな、相手が悪かったと思ってくれ」
生徒たちの中には、祠徒を駆使して立ちまわる者も多い。当然魔導術だけで戦う者もいるが、どちらが正しいのかと言われると難しい。本戦に向けて温存するのも大事だが、予選を突破できなければ意味がないのだ。そんな俺も強化だけで戦っているのだから。
何人かの生徒を殴ったり蹴ったりしていると、徐々に視界が開けてくる。
そこで一人の生徒と目があった。目つきは鋭く、瞳にはすこしばかりの狂気が見える。
俺もソイツも別の生徒から攻撃されるため、それ以上視線が交わることがなかった。
俺を敵視し、攻撃する機会を待っていた人物がいるのを知っていた。
「勝負だ安瀬神いいいいいいいいいいいい!」
重圧感がある足音と、岩石が飛んできたのではと思うほどの風切音をさせた拳。そいつの拳を左手で払いつつ、バックステップで距離を離した。
大きな体躯に厳つい顔立ち。ファイティングポーズを取る善の姿があった。
「まだそういう時間じゃないだろ。一人を狙うような場所だとは思えないが」
「言っただろう、俺はお前の実力を試す」
「試さなくてもお前より強い」
「そういうわけにはいかない。お前は異端だ。この手で、この目で確かめなくては納得がいかない」
「それならジャックザリッパー事件の時に一緒にいればよかっただろ」
「ジャックザリッパーの被害者だったんだ! 仕方がないだろう!」
あー、つまり入院してたってことか。
「わかった。けど、本戦に進めなくても恨むなよ」
「こちらのセリフだ」
善の背中には二体の祠徒。どういう能力かまではわからないが、善の祠導力がそこそこに大きいことだけはわかった。
「阿吽! 金剛!」
能力を使うのと同時に突進してくる巨体は、周囲にいた他の生徒をなぎ倒していく。場外ギリギリまで吹っ飛ぶ者もいて、なんだが少しだけ申し訳ない気持ちにさせられた。
肉体の強化というのが濃厚だろう。先ほどよりも暑厚くなった筋肉と浮き上がった血管。肌の色も浅黒くなっているあたりが気になった。
俺はその時、所詮はただの突進だと侮っていた。
見えていた魔導力や祠導力が消えてはまた現れるのだ。アニメのコマが飛ぶように、軌跡が全く見えない。
気がつけば、善の拳が眼前に迫っていた。
鼻先にカスリそうなそれを、左の掌底で打ち上げる。予測していたのか、今度は肩をねじ込もうとする善。
「甘い!」
空いた右手で肩を左へと逸して勢いを殺す。
善の動きは早く、俺の行動に対しての反応が正確だ。すぐに体勢を立て直し、またコマが飛ぶように動き出す。
しかし「そこまで!」という教師の言葉が、ヤツの動作を止めた。
俺を一瞥してから舌打ちをした善は、眉間にシワを寄せながらグラウンドを去っていく。その後姿を見つめながら、ヤツの能力がどんなものであるかを考えていた。
きっと阿吽というのが膂力の強化。金剛というのが皮膚の硬化。そしてもう一つ、空間を移動する祠徒がいるのだ。名前を呼ばなかったということは、隠したいという意図があるのだろう。
また戦うこともありそうだ。今度誰かに訊いてみるかと、俺もその場を離れることにした。




