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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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最終話〈リターン:パトリオット〉

 エミリオとクオリアは姉弟揃って牢獄行きになった。あんな騒ぎを起こしたんだから当然だ。


 ランディは第一世界無断干渉罪で懲役五年だと、清が言っていた。逆に俺のことについては誰も口を割らずお咎めはない。ありがたく思う反面、申し訳なくも思っていた。


 それにしても、警察官は本当に使えない。あんな騒ぎがあったというのに、住民の避難だとか、魔獣の討伐で手一杯だったと抜かしやがった。傷ついた建物や道路なんかの補修はしてくれるので、まだいいと言うほかない。


 それ以上に腹が立ったのは、立ち直ったはずの縁がまた引きこもってしまったことだ。


「あれから縁はどうしてるの?」

「前よりはましだが、それでも出てこようとしない。なんなんだアイツは」

「でもまあ、そのうちまた出てくるんじゃない?」


 エルアは天を仰ぎ見て、ストローごしにジュースを飲んでいた。


「今までどれだけ苦労したのか、お前は知らんだろうが……」


 エルアと二人、屋上での昼食も慣れてしまった。


「んで、なんか言いたいことでもあったんじゃないのか?」


 今日はエルアの方から「用事があるから付き合いなさい」とのお達しがあった。なんだかちょっと頬が赤かったので「ついに告白か?」とも思った。しかしどうやらそうではないらしい。


「食べた後で言うあたり、貴方もそこそこに空気が読めるようね」

「笑うな、ムカつく」


 パンの包装をクシャっと丸め、ポケットに突っ込んだ。


「そう言わないでよ。今日はお礼を言いたくて呼び出したんだから」

「クラスメイトなんだから、そんなもんは教室でやれよ」

「照れくさかったのよ」

「でも礼を言いたかったのは縁の方であって、俺じゃないだろ?」

「どっちもよ。縁だって聞いているんでしょう?」

「それはそうだが、なぜ俺に? 礼を言われる覚えはないぞ」

「それでも私を助けようとしてくれたわ」

「ちげーよ、お前を助けようとしたわけじゃない」

「結果的に助けてくれたわ。ありがとう」


 ここまでナチュラルに言われたら、どうしていいかわからなくなるだろうが。


「貴方のそんな顔、初めて見たわ。こういうのも悪くないわね」


 エルアは唇に指を当て、妖艶な笑みを浮かべていた。見た目はロリのくせに、仕草だけは大人びてやがる。


「それとね、少し言い訳をさせて欲しい。アランを『弱者』って言ったのは、アランに昔の私を重ねたからなの」

「どこが似てるんだか、俺にはわからんね」

「強引で自由奔放なフリをしてるくせに、無駄に周囲の顔色を伺ってるところ。他人の強い意見には逆らえず、笑って誤魔化すことしかできない。そんな、昔の自分」

「お前にもそんな時期があったのか。想像し辛いな」

「捻り潰すわよ?」

「やってみたらいい。できるもんならな」


 エルアは挑戦的に笑う。どちらともなく立ち上がり、エルアが一歩踏み出した。


「そういやお前、初日から俺のこと気づいてただろ?」

「そんなの当然じゃない。あのテロ事件のときも安瀬神縁だって知ってたし、転校してきたときだって気づいてたわ」

「そうか、それならいい」

「それならいいってどういうことよ」

 忘れられていたら、縁があまにりも報われないからな。

「パットー!」


 そんな時に屋上のドアが勢い良く開き、清が現れた。


「その呼び方はやめろ。縁が多重人格で、それも第一世界の住人が二人もいるだなんて知られたらどうするんだ」

「ないない。そんな荒唐無稽な話、誰も信じないさ」


 清は近づいてくるやいなや、俺の手を握りしめた。


「そんなことはどうでもいい。今から遊びに行くぞ!」

「なに言ってんだ、まだ午後の授業があるだろ」

「少しくらいサボったって問題ない。さあ行くぞ!」


 生徒会長の言葉とは到底思えない。


 強引に引っ張られ、俺は少しだけつんのめってしまった。この女の図々しさはなんとかならないものか。


「ダメです。会長も縁くんも、ちゃんと授業に出ないとね」


 次は結とアランが顔をだす。


「俺も正直、エニシとサボりたいんだけどな。結が許してくれん」

「まあ当然だわな」


 結と清から言い寄られ、正直面倒な状況になってきた。


 少しずつ頭が痛くなり、額に手をあてようとした時だった。


「行くわよ」


 その手を、エルアが取ったのだ。


「お、おい! どこに行くんだ!」

「少しくらいサボったって大丈夫なんでしょう? そのための生徒会よ」

「いやさすがに違うと思うがな……」


 そこまで強くない力だが、俺は身を任せることにした。


「ありがとうな」

「え? なにか言ったかしら?」


 数年前に救ってくれたことに対し、まだ礼を言っていなかった。縁は礼を言っていたが、俺はまだ言ってなかった。そう思って口に出したのだが、この状況では別の意味で捉えられかなねないか。


 彼女がいなければ、俺もシンドラもこの世界に来ることなどなかったのだから。


 エルアの姿を見て、縁は塞ぎこんだ。でもそれはエルアのせいではなく、様々な事象が重なって起きた不運な事故だ。そしてそれを救ったのも、またエルアだと思う。彼女が縁を助けたから、縁はまた表に出る決意を固めたのだと、俺は思いたい。


「いや、なんでもない」


 礼を言う機会など、これからいつでもあるだろう。


「それで、どこに行くつもりなんだ?」

「模擬訓練施設」


 先ほどとは違う無邪気な笑顔。


「んだよ、やろうってのかよ」

「次は負けないわ」


 あそこは許可を取らないと使えないだろう、とは言わなかった。


 俺はエルアに引きずられて廊下を走った。これもまた普通の高校生活と言えるのかもしれない。


 いつか縁が自分の身体を、自分の意志で動かそうと思ったとき、こんな日常であることを祈ろう。そのために、俺たちは守っていく。自分のために、縁のために。そして、俺を守ってくれた人のために。


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