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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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十六話〈リターン:縁〉

 久しぶりの外の世界は、なんだか違和感だらけだった。日常からはかけ離れ、魔物が街を蹂躙している。


 辺りを見渡し、自分が今なにをすべきかを模索した。


 なにがあったのかはわからないが、エルアとクオリアが対峙してるのが目に入った。魔獣の姿は見えない。


 そして、今まさに攻撃されようとしているエルアートの元へ。


 パットのおかげか、魔導術も昔と変わらず使えている。身体にちゃんと馴染んで、素直に言うことを聞いてくれていた。


 白い女性が振り下ろす銀閃は、この場所にそぐわないような、そんな感想を抱く。美しく靭やかで、優雅ささえも感じ取れる。それ以上に暴力的で、とても不愉快でもあった。


 だから、やらせるわけにはいかないんだ。


 防御系、補助系術式展開。十手を前に突き出し、そのままエルアートの前に出た。


 剣戟を受け止め、衝撃をそのまま反射する。相手との距離が離れるのを確認し、地面にへたり込んでいるエルアートに手を差し出した。


「大丈夫か?」

「え、ええ。ありがとうパトリオット……じゃない……?」

「よくわかったね」

「瞳が、違うわ」


 その答えに、思わず失笑してしまうが、失礼かと思ってすぐに止めた。


「そう、今は縁だ。何年か前に助けてもらったお礼、まだしてなかったなと思って戻ってきたよ。こちらこそ、ありがとう」


 エルアートを立ち上がらせ、クオリアに視線を向けた。


「貴方、さっきとは違うわね? 第一世界の匂いが薄くなってる」

「ああそうだ。僕は安瀬神縁。この身体の持ち主だ」

「つまり、さっきの方よりも強いのかしら?」

「さあどうだろうね。やってみないと、わからないんじゃないかな?」


 僕はパトリオットとシンドラを取り込んで、普通の人間とは少し異なる存在になった。禁忌の召喚と精神への強制吸収により、僕自身も祠導術を身につけたのだ。


「【友好条例(コーリングカンパニー)】僕に力を貸してくれ」


 全身を青白い光が包み込む。そして、それが人型を形成しながら僕から離れていった。


「よしよし、ちゃんとやってるみたいだな」


 パットが僕の肩を叩く。


「やはりお前との共闘でないと、やる気がでないぞ」


 シンドラは僕の前に出た。


「貴方の祠徒って、こんなにいたの?」

「いや、これは僕の人格さ。こっちがパット……いや、パトリオットで、こっちがシンドラ。【友好条例】は自分が持つ別人格を祠徒として使役できる能力だ」


 ルキナスとクラリットも召喚する。リュノアはまだお留守番だ。


「シンドラ、パット」

「「おう」」


 シンドラの【深淵礼装(フォーミングトラスト)】は、呪いを反転させ、マイナス効果をプラスにしてくれる。当然、レガールの魔法干渉能力だって無効化できる。無効化どころか、より強い魔導力を与えてくれる。


「ルキナスも頼む」

「了解っと」


 ルキナスの【魔導の錫杖エクストラトランスレート】で魔法力を強化。


「最後にクラリット。待たせたね」

「本当に、だいぶ待たされました」


 薄いピンク色のドレス。ラインは細く上品だ。


 幼い頃の僕が、第五世界『マクランディ』から呼び出した祠徒クラリットだ。


 変わらない。この言葉遣いも、見た目も、あの頃と一緒。それが嬉しくて、少しだけ目の前がぼやけた。


「キミの祠導術はランクSだ。強力な力だけど、今まで使いこなせなくてごめん」

「今は使いこなせそうですか?」

「みんなのお陰で、なんとかなりそうだ」

「それならば、もうなにも言いませんよ」


 優しい微笑みのままそう言って、クラリットは僕にキスをした。パットの時は、起動のためにキスが必要だ。しかし、主人格である僕はそんなことをしなくてもいい。


 これは、クラリットなりの愛情表現だと受け取っておこう。


 目元を拭い、自分自身に喝を入れた。


「準備は済みまして?」

「ああ、準備完了だ。僕は君を倒すよ」

「面白いわね。やって御覧なさいな」


 クオリアは剣を構え、嬉しそうに笑う。同調するように僕も十手を構えた。


「いざ」と言った僕。

「勝負!」と、クオリアは返してきた。


 地面を蹴り、一瞬で最高速に到達。クオリアの剣撃に、こちらも十手を合わせた。


 魔導力の流れと大きさを確認する。【分析真眼(ハンティングアイズ)】さえあれば、相手がどういう行動に出るかだって一目瞭然。だが彼女の魔導力が強力すぎて、純粋な魔導力のぶつかり合いでは勝ち目はなさそうだ。今は祠導術で強化しているので、なんとかなっているかもしれない、というところか。


 一度剣を弾き横に飛ぶ。クオリアは笑いながら、目ざとく僕を追ってくる。遠距離戦になって魔導術の打ち合いにならなくてよかったと、心底思った。彼女と僕の実力差は明白だ。こちらの近距離戦に応じてくれて助かる。


 上段からの打ち込みを、十手の鈎で受け止めた。棒身から出ているこの鈎という部分は、本来こういう使い方をしない。というか、できないというのが正しい。まともに受ければ簡単に取れてしまうから。今は魔導術で強化しているからできる芸当だった。


 右に攻撃を反らし、柄で腹部を狙う。彼女はひらりと躱し、身体を回転させて横薙ぎで応戦してきた。


 限界まで十手を強化し、防御系術式を展開していても吹き飛ばされる。 

次から次へと、無数の銀閃が俺の身体を掠めていった。服を破き、皮を裂き、血液が宙を舞う。肉や骨に達していないだけまだましだと思う。


 あまりの乱打に耐えられなくなり、軽くバックステップした。


「逃げないでもらえるかしら?」


 わかっていたと、そう言わんばかりに前に出てきた。


「目ざとい!」


 剣撃を受け止めようとしたのだが、上から振り下ろされた剣は、急に方向を変えた。胸の中腹あたりで方向転換、加速し、L字のような軌道を描く。


 避けきれず、二の腕が裂かれた。肉を斬られたが、まだ骨には到達していない。しかしそのせいで今まで以上に出血してしまった。


 してしまったというのは、少し語弊がある。腕を失わない程度に傷つき血を流す。これ以上の正解など、僕には見つけられなかった。


 だから、これでいいんだ。


 赤い粒が宙を舞い、その数滴がクオリアの頬に付いた。


 真っ白な紙に、上から絵の具を落とすような感覚。川に石を投げ込んだ時の、水滴が飛び散るような錯覚。少しだけ、見とれてしまった。


「貴方の血、いただくわ」


 彼女はそれを舌で舐めとった。美人というのは、なにをしても美しく見えるものだ。しかしその美しさは冷たく鋭い。冷淡で冷血で、畏怖さえも覚えるほど。


「美味しい?」

「鉄の味がするわね。まあ当然だけれど。嫌いじゃないのよ、血の味は」


 それを聞いて、思わず笑みがこみ上げてきた。


「なにがおかしいのか」と、そう口に出す寸前の彼女に、僕はこう言ってやる。


「それはね、敗北の味ってやつだよ」


 クオリアの背後に、クラリットが出現した。そして愛おしそうに、柔らかくクオリアを抱きしめた。


「なに? なんなの……!?」

「クラリットの【赦された調律(シンパサイズアクロス)】は前提条件発動能力(インポーズスキル)だ。初動から最終発動まで効果がある段階伸暢発動能力(インスタンススキル)とは違い、ある特定条件を満たさないと発動できない」


 前提条件発動能力は発動までの過程をステップと言い、そのステップを全て完遂することでようやく能力が発動する。面倒ではあるが、その分強力なものが多いのも事実だった。


「それが血液だと?」

「僕の血液が相手に付着することが条件になる。一回付着すれば、三十分間持続するんだ。さあクラリット! 【赦された調律】だ!」


 クラリットはクオリアの身体に沈んで消えた。


 さあ、反撃の狼煙をあげようじゃないか。


「次は僕の番だ!」


 走りこんで、十手を振り下ろす。それは簡単に受け止められてしまうが、本来のクオリアならば避けてカウンターを狙えるはずの攻撃。


「くっ……!」


 辛苦の表情で十手を弾いたクオリアは、先ほどとは少し違う。彼女が自分から後退するのは、この戦いの中で初めてのことだった。


「なにをしたの!」

「身体が重いか? 今までのように動けないだろう? それに、魔導術の威力だって相当弱いはずだ」


 今までのクオリアに比べたら、だけど。


 彼女の身体が内包する魔法力は先ほどの十分の一以下だ。ヘタをすれば百分の一くらいかもしれない。だが、そんなことはどうだっていい。ちゃんと祠導術が効いていることが大事なのだ。


「呪いの類? バッドステータスを押し付ける能力かしら」

「バッドステータスって言い方は癪だけど、まあ半分は正解だよ」


 思い切り踏み込んで、クオリアに攻撃を仕掛けた。今までは簡単に躱していた彼女が、初めて魔導障壁で身を守ったではないか。しかし、それでは意味がない。


 十手を大きく振りかぶり、その障壁を叩き壊した。


「どういうことっ……!」

「こういうことさ!」


 身体を捻り、クオリアの腹部を蹴り飛ばした。


 三度ばかり地面を転がったクオリアは、四つん這いのまま頭をあげる。その顔には憎悪が張り付いていた。頬が引きつっており、笑っているのか怒っているのかわからない。白いドレスにも汚れが付き、高貴さも失われつつあった。


「なにをしたの!」


 初めての経験なんだろう。自分は強いと思っていたのに、こうも簡単に苦渋を舐めさせられているのだから。


「今、君は僕と一緒なんだよ」

「一緒?」


 空を仰げば、魔物の数は激減していた。それも、クラリットの能力のおかげだ。


「そう、完全に一緒なんだ。力の強さも、頭の良さも、内包する魔法力も、使える魔導力も、魔導量も魔導圧も。なにもかもが僕と一緒。それが【赦された調律】の能力だ」


 そう、相手がどんなに強かろうとも、僕のレベルに合わせてしまえば関係ない。


 完全なる同格。


 完璧なる同調。


 それ故に、勝てなくても負けない。


 条件が揃って発動した瞬間、全ての能力を書き換える。そのため、これから俺が強化を行っても相手には反映されない。当然、相手が自身にかけた強化も有効だ。本来ならば導術を使用せず、通常状態の身体能力を上書きできればいい。しかしそれでは【赦された調律】が発動するまで、クオリアの相手はできなかった。


「だから君は上手く身体を動かせないんだ。当然だよ。だって、それは僕の身体みたいなもんだからな」

「そんなもので私が縛れるとでも?」

「現に君は縛られている」


 大きく肩を震わせたクオリアは、一歩で僕の目の前に現れた。が、その一歩が今までとは比較にならないほどに遅い。


 下段から放たれる彼女の剣を横に逸らす。


「まだよ! まだ……!」


 火属性を剣に付与し、赤い軌道を持って俺に襲いかかってきた。


「何度やっても、君は勝てない!」

「同じなのならば、貴方だって私に勝てないわ!」


 それでも剣を振るい続けるクオリア。


「僕は今までこの力を使いこなせなかった。だけど、ここ数年で活路を見出した!」


 炎をまとった斬撃が、僕の腕を掠めた。そのかわり、僕は十手で彼女の腕を叩き落とす。肌を焦がす嫌な匂いが鼻についた。


 両者共にバランスを崩す。


「なにが活路よ! 陰に隠れていたくせに!」


 それでも尚、剣戟は終わらない。


「汚名なら、これから返上すればいい!」


 憤怒に見を(やつ)したクオリアの一撃を、大きく上へ。切っ先は天を向き、クオリアの眼は大きく開かれた。


「これで終わりよ!」


 彼女が持つ剣が光を帯び、光速の一撃が放たれた。彼女にとっても、これが最後の一撃ということか。


 それならば見せよう、僕もこれで終わらせる。


 十手に魔導力を注ぎ込むと、棒身と鈎の間からは魔導の刃が具現化された。


「【完成された瞬き(パーフェクトブリンク)】!」


 一瞬だけ、時間が止まった。そう、感じたんだ。


 クオリアの攻撃が速ければ速いほど、僕の次の一撃が速くなる。


 クオリアの攻撃が強ければ強いほど、僕の次の一撃が強くなる。

一瞬だけ相手の全てを上回るこの能力。だからそこ、カウンターで使うのが最も効率的だった。この身体は僕の物だから、リュノアとキスをしなくても能力は使える。


 踏み込みも、攻撃も、彼女の剣撃を上回った。加速に加速を重ね、そのまま横に振り抜いた。


 彼女にとっては一瞬でも、俺にとってはそこそこに長い時間だ。


「ありがとう。君がこの世界に来てくれて、僕はようやく僕になれたよ」


 クオリアに背を向けたまま、十手から魔導術を解いた。


「弟と一緒に、牢屋の中で罪を償うといい」


 頭がぼーっとする。


 気がついた時には膝を付いていた。あまりにも長く、あの中にいすぎたのかもしれない。現実の身体はまだ少し重く感じる。


 傾く重心とブレる視界から、これからの未来を察した。


「お疲れ様、僕たち……」


「ご苦労様」と、みんなの声が聞こえたような気がする。それに安堵したのか、僕の視界は黒に染まった。

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