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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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十三話〈クロスオーバー:清〉

 羽佐間清は、生まれながらにして右目が見えなかった。眼球に虹彩はなく、当然のことながら瞳孔もない。しかし真っ白な眼球ではなく、瞳には導印が刻まれていたのだ。左右対称でとても綺麗な導印だと、周りの人間はこぞってそう言った。しかし、片目が見えないというのはとても不自由な思いをしてきた。


 人というのは、両の目で物体を捉えるからこそ立体を認識できる。利き目を中心とし、もう片方の目が別の視点から物質を捉えている。二方向から物質を見るから立体を認識し、距離感を掴める。逆に言えば、片目が見えないというのはかなり不利だ。


 それはいかなる場合においても適応され、日常生活もそうだが、戦闘においてはこの上ない。


 だが、祠導術を発動した時のみ右目が見えるようになる。不思議だがありがたいと、清本人は思っていた。


 よく見える眼、力が溢れる身体、軽くなった刀、しかし誇りは重んじる。相手の剣に自分の刀を合わせ、激しい剣戟が続く。だが思考速度の加速により、相手の攻撃にだって反応できる。だというのに――。


「なぜ当たらない!」

「貴女が遅いから、ではないのよ?」


 そう言ったクオリアの攻撃は当たる。清が持つ豊富な術式を駆使し、なんとか凌いできた。それでも、攻撃が命中すること自体に疑問を覚えた。こちらは相手の動きが遅く見えているというのに、と。


「貴女の攻撃がいくら速くとも、当たらなくては意味が無い」


 また当たる。


 見えてはいるのだが、攻撃を始めてから到達するまでが早過ぎる。光の如き速度で放たれては、いくら動きがよく見えても意味が無い。【死地を恐れぬ戦乙女】で身体能力を上げていたとしても、クオリアには届かないのだ。もしもレガールがなければ、今よりも強くなれるだろうが、無い袖は振れない。


「それっ」


 気の抜けた声と共に放たれる、強烈な彼女の剣撃を刀で受け止めた。これもギリギリ反応した程度のもの。カウンターなど狙っている暇はなかった。


「なぜ笑っている!」


 刃と刃が重なり合い、ギチギチと耳障りな音が鳴る。


「楽しいからよ」


 心底楽しそうに笑っている。笑いながら剣を振るその姿は、清の目には狂気にしか映っていなかった。


「弱い者いじめは好きか?」

「ええ、とっても。戦うこと自体も好きだけれど、弱者をいたぶるのはとても楽しいわ。崇高な趣味だとは決して思わないわ。でもね、好きなものは好きなのよ、仕方ないじゃない?」


 力強い横薙ぎに、防御などたやすく無効化された。刀ごと吹き飛ばされて、清の身体は宙を舞う。追撃を受けないようにと体勢を立て直すも、このままでは堂々巡りだ。


 クオリアは強い。どうやって防御しても、清の身体には傷が増える。しかし相手の玉のような肌には一回も刃を突き立てられていない。魔導術を使っても効果を見込めず、肉弾戦でも勝ちの目が見えなかった。


「これでも魔獣たちに手は出さないようにさせてるのよ? もう少し頑張ってもらいたいわね」


 瞬く間に目の前へと出現するクオリア。清は平衡感覚を崩さないようにしていたが、蹴りを食らって吹き飛んでしまう。


 苦悶の表情を浮かべながら、蹴られたのと同時に刀を振った。何度か空を切り裂けば、それは衝撃波として飛んでいく。


「無駄ね」


 一瞬でそれをかき消し、逆に衝撃波を生み出しては放ってきた。


 身体を捻ってそれを躱し、再度近距離戦に持ち込んだ。


 振りかざした刀に、クオリアも剣を合わせてくる。


「貴女では私には勝てないわ。もうわかったでしょう?」

「わかりたくないな……!」


 思い切り力を込めているのに、涼しい顔で対応してくる。そんなクオリアに、清は怒りを隠し切れない。


 手は震え、交わっている刃もカタカタと鳴っていた。それでも尚、力が拮抗しているわけでないこともわかっていた。


 刀を前に突き出し、今度は自分から距離を取る。そして、淀みない動作で刀を鞘に収めた。


「諦めた?」

「馬鹿を言うな」


 刀を握り直して右半身を前へ。


「最後の一撃ととってもいいのかしら」

「ああ、構わんよ」


 強化に強化を重ねる。速度は最速、威力は最強。持てる全てをこの一撃に込める。


 上半身を前へ。足元には空気の壁を。そして、一気に踏み込む。


天意清抄(てんいせいしょう)


 最高速度で繰り出すは最高剣技。抜刀術と言われるそれの中でも、極致と誉れに相応しい。自分が持つ剣技の中でも一番強力なものだと、清も自負していた。


 直撃だと、刀を抜いた瞬間に確信した。


「素晴らしい。けれど、まだ足りないわ」


 薄肌一枚だけを裂き、振り抜いた先で受け止められた。クオリアは今、清の横にいる。


「さようなら」


 身を切り裂くは銀の武力。空を舞うは赤き粒。飛び散り輝くそれを見て「ああ、負けたんだな」と、清は理解してしまった。

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