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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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十二話〈リターン:縁〉

 強化。それは魔導術の中では最もシンプルで簡単だと言われている。魔法力を外に出す必要がなく、すべて自分の体内で使うため低燃費だ。特に、全身ではなく一箇所に集中すればもっと効率がいい。


 今はそうだな、脚力の強化と風の抵抗を下げるだけでいい。風の抵抗を下げる魔導術は強化とは違うものの、大きな魔法力を必要としなかった。


 通り過ぎる際「さようなら」という言葉を聞いた気がした。どうでもいいか。


 ある程度距離を離してから停止。荷物を地面におろした。


「気分はどうだ」

「良さそうに見えるか? もう限界だよバカヤロー」


 アランは地面にしゃがみ込んで、辛そうに呼吸を繰り返していた。吐息の荒さと不格好な姿から、相当面倒な戦いだったのだと想像できる。


「あれが第一世界の?」


 視線を送ると、何故か女性は笑っている。


「名前はクオリア=ランゼルフって言ったかな。超強いぞ、あの美人」


 ランゼルフ、か。先ほど倒したヤツの姓もランゼルフだった。覚えておけというのはこういうことだったのか。この周辺で第一世界からの召喚を二回とは、同一人物なら馬鹿だろうし、別々の人間が召喚していたとすれば運が悪いと言わざるをえない。見た目も似ているところから、姉弟なのかもしれない。


「見ただけでわかる。それよりも結、アランの治療を頼むぞ」

「ええすぐに」


 結は手のひらから淡い光を出し、その光をアランの身体に当てた。


 最低でも、アランが回復するまでは被害を抑える必要があった。周囲に人はいないし、建物への被害もかなり少ない。道路はえぐれている所がちらほら見えるが、所詮その程度だ。結かアラン、どちらかの祠徒の能力が障壁型なんだろう。


「行くぞルキナス」


 口づけをして膨大な魔法力を得た。この柔らかな唇の感触も、身体に染み付いてしまったな。


 仲間から離れ、白髪の女性クオリアの前に立つ。


「次は俺の番だ。よろしくな」

「私はクオリア。貴方は?」

「安瀬神縁だ。覚えてくれなくても結構だけどな」

「男前は大歓迎よ。よろしくお願いするわ」


 スカートの両端を持ち、目を閉じてから優雅に一礼して見せた。そして顔だけを上げ、目を開けた瞬間、彼女の背後からいくつもの光の玉が出現。そのすべてが俺に向かって飛んできた。


 俺が避けるということは、背後遠くにいる二人に当たってしまうということ。わかってやっているのならば、綺麗な顔に似合わず下衆な思考だな。


 光の玉が当たる前に、同じような光球を作り出してぶつけた。【魔導の錫杖エクストラトランスレート】のお陰で、相手の魔導術が大規模でなければ防ぐことは可能だ。


「驚いた。貴方何者?」

「ただの学生だ。見ればわかるだろう?」

「ただの学生にしては、第一世界の匂いがするわね」

「エミリオって奴も同じこと言ってたな」

「弟と会ったの?」


 やはり姉弟だったか。


 それにしても美人というのは、険しい顔になると怖いものだな。


「会ったというか、倒してやった。殺人犯だし仕方ないだろう」

「エミリオは今どこに?」

「さあな。警察に連行されてったから、檻の中にはまだいないと思うが」


 俺の言葉を聞き、クオリアは顔を伏せた。


「そう、それじゃあ――」


 空間が歪んだ。そう錯覚するほどに、殺意が増大したのだ。今までとは比較にならないほど膨張した魔法の力は、痛いほどに俺の肌を刺激していた。


「弟を苦しめた罪、償ってもらうわ」


 怒っているかと思ったが、そうではなかった。なぜならば、満面の笑みを浮かべていたからだ。


 迫り来る衝撃波を打ち消してから前方へと走った。全身の毛が逆立つような感覚が身を震わせた。


 嫌な予感がすると、本能がそう言っている。


 持てるだけの速度で拳を振りぬくも、クオリアはそこにいなかった。


「こっちよ」


 上空からの声。


「知ってるよ」


 あれだけ滅茶苦茶な魔導力を振りまいているんだ、俺の目にはそれが見える。上空に飛んだことくらいわかっていた。


 空から降ってくる強力な稲妻。ルキナスを召喚していてもなおギリギリ打ち消せるくらいには強い。


 ルキナスの魔導の錫杖は、第二世界の魔法力をルキナスが吸収し、それを俺用に変換してくれる。第二世界にある魔法力をほぼ無尽蔵に使えるものの、それは単にインプットが強化されたに過ぎない。結局のところ、アウトプットが強化されなければ、術式の威力や範囲は大きくできないのだ。マラソンで息が切れなくなったからと言って、短距離走が速くなるわけではない。


「これが限界、って感じね。だらしのないことだわ」


 そう言いながら、彼女は剣を抜く。こちらが限界と知りつつも、追い込む気満々なのが妙に腹立たしい。


「馬鹿言うな。俺たちはレガールで魔導力を制限されてるんだ。学生でこれだけできれば上出来なんだよ」


 気付けばクオリアは俺の横にいた。(そば)という方が正しく、耳にかかる吐息がうざったい。


 腕を力いっぱい振りかぶるが、当然のように彼女はもういない。


「ちょろちょろと、腰でも据えて殴りあってもらえないか?」


 十メートルほど離れた場所で、先ほども見た笑顔を浮かべていた。


「殴り合いなら勝てるとでも? それは思い上がりだわ」

「殴り合い以外でも勝てるならそうしたらいいだろう? なぜそれをしないんだ。今すぐにでも俺を倒して、弟を助けに行けばいいだろう?」

「最初は少し頭に血が登ってしまったけれど、よく考えれば簡単なことなのよ」

「簡単? なにがだ?」

「速くても遅くても、全員皆殺しにすればいいでしょう?」


 クオリアの口元が孤に歪んだ。攻撃されたわけでもないのに、なぜか後ずさってしまう。魔法力の増加がすさまじく、エミリオとは落差がありすぎる。


「皆殺しなんて物騒なマネ、させてやるつもりはないぜ」

「今度こそ、さよならね」


 空中に浮かぶ光の玉。これを見るのは二回目だと思うのだが、さっきよりも数が多い。何倍、何十倍だ。一体何十、何百あるのだろうか。これが全て飛んでくるのかと考えて「早く逃げろ」と、脳みそが緊急避難警報を出してるみたいだ。


 インプットは強化できても、アウトプットは強化できない。数と質量が俺の力量を上回った場合、どうすることもできないのだ。


 クオリアが腕を振り下ろした瞬間、拳よりも大きな光の玉が降り注いだ。バスケットボール大じゃないだけありがたいと、そう思うくらいしか希望はない。


 そのとき、ある人物の魔法力を感知した。魔導力はあまり高くないが、祠導力が異常に高いあの人物だ。


「あーあ、来るのがおせーんだよ」


 球体の雨を、また別の球体が迎撃した。撃ち漏らしたものだけを処理しているが、それでもかなり強烈だった。


「貴方でも歯がたたないって、あの人って何者?」


 俺の隣に降り立ったのは銀髪の少女。ここに向かってくる際について来られなくなっていたが、ようやく到着したらしい。


「お前の祠徒も捨てたもんじゃねーな」

「イモータルの【太陽の胎動(サウザンドサンズ)】は千個の魔導球体を作り出せるの。数は決まっているし、クールタイムもそこそこ長いのだけどね。本来は攻撃に使うのに、貴方を守るために使うなんて……」

「じゃあお前が攻撃されたら守ってやるよ。それでチャラだ」


 いやしかし、こんな所でおしゃべりをしている暇はなかったな。


 超高速で放たれる風の刃を避け、俺とエルアは揃って後退した。アランと結がいる場所に戻ると、清と尽も合流していた。


「【療養の跳舞(ヒーリングヒール)】」


 結がかかとを鳴らし、軽くステップを踏む。その場でくるくると回り始めれば、徐々に身体が軽くなってきた。結の祠徒は回復型なのか、回復型の後衛がいるというだけで安心感は段違いだ。


「貴方の仲間はこれで全部?」


 クオリアはまた優雅にそう言った。


「お前もおしゃべりが好きなのか? なんでそんなことを聞きたがる?」

「というか、やっぱり気になるのよ。第一世界の空気をまとう貴方のことが」


 唇に指を当て、イタズラが好きな子供みたいな顔で笑う。その半面、女性が持つ独特な色気も残っている。美しくも無邪気で残忍。真性のSかもしれないな。


 詰め寄られたわけではないが、今は少し時間が欲しい。あまり他人には話したくはないんだが。


「――そりゃ俺の人格だな」


 こんな話、信じる奴の方がどうかしてる。それにこいつらに聞かれたからどうなるってもんでもない。隠していたこと自体は事実だが、これで体力が回復するまでの時間を稼げれば御の字だ。


「人格とはどういう意味かしら?」

「安瀬神縁ってのは、この身体の持ち主だ。気持ちが沈んで浮いてこない。世間の荒波で溺れてからずっとさまよってんだよ。元天才だが脆弱で臆病、そんな自分が嫌になったクソ野郎だ」

「では貴方は?」

「パトリオット=アルメイシュ。第一世界から召喚された祠徒だ。縁が自分自身に失望した際、縁に変わる人格としてこの身体を媒介に召喚された。ちなみにもう一人、シンドラって奴も俺の中にいる。安瀬神縁の身体には三人の人格が住んでるんだよ」


 顔を傾けて、横目で後ろを見やる。当然のことながら、俺の仲間たちの口は半開きだ。面食らっても仕方がない。


「俺が魔導術を上手く使えないのは俺が縁じゃないからだ。それと同時に、残り一人の祠徒も俺じゃ使えない。ルキナス、リュノア、パンドラは全人格で共有しているが、クラリットの能力だけは、縁にしか使えない」


 俺にはこれが限界だし、実力を隠していましたなんてことはない。エルアとの戦闘も、あれしかできないからああしただけだ。あれ以上を望まれても、今の俺じゃ不可能だということ。それをわかってもらわないと困る。


「俺は祠徒だから祠導術が使える。【分析真眼(ハンティングアイズ)】は魔導術の流れ、大きさ、範囲なんかが一目でわかる。だから相手の魔導術と同じものをぶつけて相殺させることも可能だ。才能があるわけでも、特別なわけでもない。一応、他人が何体の祠徒を有しているかも、頑張れば見える」

「面白いのね、貴方。話もひと通り聞いたことだし、そろそろ傷も癒えたかしら?」

「ああ、おかげさまでな」


 だいぶ身体も軽くなった。これでもう一度戦える。


「それなら、少し趣向を変えましょうか」


 クオリアは宙に浮いて、地面から離れていく。見上げるほど高い位置で停止したかと思えば、今度は大きく両手を広げた。


 彼女の身体から黒い靄が生み出され、それはどんどん肥大する。背後に広がっていく黒い靄の中で、色が濃くなっている部分が数箇所。濃くなった場所は姿を変え、本で見るような悪魔や魔獣の姿になっていった。空中に浮いているやつもいれば、召喚されてから地面に降り立つのもいる。


 靄は空を覆うほどに広がり、魔物の数も増えていく。ものの数秒で、街を包み込まんばかりの軍勢が現れた。


「私の【先導者の威厳マジェスティックヴァンガード】は魔物を召喚する。しかもこれは私の魔導力で形成したものもあれば、他の世界から無理矢理引っ張ってきた魔物もいる。そういう滅茶苦茶なのがこの能力の特徴」

「ああそうかい。どうせ雑魚だろ? なら関係ないね」


 俺が前に出ようとした時、誰かに肩を掴まれた。


「ここからは私がやる」

「なんだ清、勝算でもあるのか?」


 肩を引っ張るのと同時に、清は俺たちの前に立った。


「勝算があるのとは少し違う。勝てるとしたら、私しかいない。お前たちには雑魚処理を頼みたい。ああそれと、詳しい話はこれが終わったらちゃんと聞かせろよ?」


 いつもと変わらぬ気丈な笑顔を見せた。


 そして、ツカツカと靴音を鳴らしてクオリアへと歩いて行く。


「会長が使役できる祠徒の数、知ってるかい?」


 尽が俺の横に並び、小さくそう言った。


「確か一体しかいないとか言ってたな」

「その祠徒を見た者は、この学校では五年生だけだ。彼女が一年生のときに一回発動しただけで、それ以降は一回も出していない」

「クールタイムが長いのか?」

「クールタイムもかなり長いけど、そうじゃない。魔導術だけでかなり強く、使わなくても戦えるからだ。しかしそんな彼女が、今まさに自分の祠徒を使おうとしている。それだけ相手が強いということだよ」


 清は歩きながら祠徒を召喚した。後ろ姿からでもその神々しさが伺える。銀色の鎧、銀色の盾、銀色の剣。頭の上に乗っている銀色のティアラ。長い髪の毛がしなやかになびき、神話に登場する女戦士という印象である。


「ヴァルクレス、力を貸しなさい。【死地を恐れぬ戦乙女(クルセイドエイジ)】!」


 清は眼帯を外し、その場で投げ捨てた。身体からは赤い光を放出し、周囲には光の粒が漂っている。長い髪の毛は重力に逆らっているような、不自然な浮き方をしていた。それはスカートやブラウスも一緒のようだ。


「あれが清の祠徒か」

「本人が持ってる能力を数十倍に増幅させる。魔導力や膂力だけじゃない。視力や思考速度、自己修復能力に至るまでだ。成長速度や胃腸の消化速度やなんかは速くならず、戦闘に必要な能力であったり、メリットとなる能力しか上昇しない。クールタイムは一ヶ月だが、それでもSランクだよ」

「ま、そうだろうな」

「悪いけど、見ている暇はなさそうよ」


 エルアは肘で俺を小突いた。


 清とクオリアの戦闘が始まり、俺たちは雑魚処理をしなければいけない。


 その間もクオリアの身体からは靄が出続けて、魔物は増殖し続けていた。


「警察や軍部には連絡を入れておいた。街の方は彼らに任せるしかない。こちらはこちらの役目を果たすよ」


 尽が俺の前に出た。


「俺もいけるぜ」


 アランも大丈夫そうだ。


「結と私は援護に回らせてもらうわ」


 一応前衛と後衛が決まったか。


 視線が絡むと、皆思い思いに頷いた。


 俺たちはただ魔物を屠ればいいわけじゃない。街を、人を守りながら戦う。あっちは清に任せるしかない。


 魔物共が魔導術を使わなければ、こちらの魔導力をすべて強化だけに使える。俺は魔導術の扱いが下手なので空中に浮くようなこともできない。そういうのは尽あたりに押し付けておこう。

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