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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ジャック・ザ・リッパー編】
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一話

 今日から俺は導術を学ぶため、導術科専門校の星架学園に編入する。星架学園は、専門校の中でも戦闘に秀でた学校だと、全国でもそこそこ有名である。この学園に通うメリットは大いにあると考えていた。


安瀬神縁(あぜがみえにし)です。中学校二年生までは天才魔導師とか言われてましたが、今は普通の魔導師と変わりません。それと、あんまり他人と関わりたくありません。詮索もされたくないし、近寄って欲しくもないです。そういうことで、よろしくお願いします」


「ま、まあそういうことだから、みんな仲良くしてやれよ」


 と、担任教師は歯切れ悪くそう言った。


 教室中はざわついたが、俺は気にしなかった。教師にも事前にそう言ってあったので問題はない。教師は当然渋い顔をしたけれど。


 一応教室の中を見渡す。後ろの方に座っている、銀髪の少女が目に止まった。特徴的な銀髪というのもあるが、身体が小さく顔立ちが整っているため、人形のような汚れない美しさを持っていた。

 目があった瞬間、彼女は一瞬目を見開いた後で、すぐに澄まし顔に戻った。


 どうでもいいか。他人には興味を持たないのが一番いい。


「今日は週に一度の学級合同実技訓練だ。同学級のクラスが一同に集まり、模擬的な組手を行う。安瀬神は転入早々に悪いが、まあこれも必要なことだ、しっかりやれよ。お前の席はあそこだからな」


 言われた通りの席に向かう。生徒たちの視線は懐疑的であり、不信感すら持っているようにも見えた。


 席に座り、窓の外を見た。窓際の席というのはありがたい。


 俺――安瀬神縁は、六歳から十三歳まではテレビに雑誌の取材にと引っ張りだこだった。子供とは思えないほどに強大な魔導力を持ち、魔導術の才に長ける少年として注目されていた。


 しかしある時から、安瀬神縁はスランプによって苦しんだ。成長するのは身体だけ。魔導術の強弱を示す魔導圧も、魔導力を貯蓄する魔導量も成長せず、魔導術も上手く扱えなくなった。元々祠導力(しどうりょく)が弱く、祠導術を上手く使えなかった。魔導術だけでもてはやされていただけあって、幼心にはショックが大きかった。


 少し前までは普通の高校に通っていたのだが、魔導術を使えた方が就職にも有利だ。そういう理由もあって、俺はもう一度導術師として戻ってきた。というか、せっかくある程度の力は持っているのだ、両親のためにも使わない手はないと思った。両親にはいろいろと苦労をかけたので、少しでも恩を返しておきたい。


 普通の高校とは違い、導術専門校は五年制。導術を修練をした上、大卒の資格までもらえる。導術を使えるのならば通った方がいいに決まっている。


 出欠確認が終わり、教師が教室を出て行った。だがクラスメイトは誰も話しかけて来ない。女子が教室を出て行き、男子は俺をチラチラと見ながら、トレーニングスーツ、もといジャージを着始めていた。

牽制したおかげか、俺に対してどう接したらいいかわからないみたいだ。「話かけるな」という雰囲気を出しているというのもあるだろう。


「よう転校生! どうだよウチの学校は!」


 それでも話しかけてくるような輩はいる。


「校舎も綺麗だし設備も整ってる。いい学校だ」

「ちなみにオレの名前はアラン=マーキットだ! よろしくな!」


 根本から毛先まで綺麗な金髪。それをワックスで逆立てている男子生徒が、勝手に自己紹介を始めてしまった。左耳にだけピアスをしていて、なんだかヤンチャそうである。こういうヤツは大抵誰かを巻き込む。あまり近寄りたくないタイプだ。


「腰につけてるそのケース、中身はなんだ? 教えられないって? いやいや教えてくれよ!」


 ウェストポーチのようにして、俺はそれをいつも腰からぶら下げている。


 ステンレス製で、手のつめ先から肘あたりまでの長さ。中身は十手なのだが、別に言わなくてもいいだろう。武器を常用したいわけではなく、ただのお守りのようなものだ。


「アラン、早速で悪いんだが、俺にはあまり近付かないでもらえるか?」

「なんで? 転校生なんて珍しいモノ、放っておくわけないだろ?」

「俺は他人と関わるのが苦手だ。上手く相手ができない」

「別にいいって、気にしなくても」


 俺が気にするんだが。と言っても聞くようなタイプじゃないだろう。


 さて、どうしたものか。


「アラン、安瀬神くんを困らせちゃダメよ? まだこっちの環境にだって慣れてないんだから」


 突如ショートボブの女子が現れて助け船を出してくれた。もみあげのあたりが異常に長く、そこだけは胸の辺りまである。目は少々小さめ、太めの眉、それにメガネをかけており、素朴で優しそうな雰囲気を出していた。二重はぱっちりとしているため、暗そうには見えない。


「あんたは?」

「私はクラス委員の此之峯結(このみねゆい)よ。よろしくね」


 差し出された手を握ると、結も握りかえしてくれた。なるほど、友好の証か。


「よろしく。それで、結からも言ってもらえないか?」

「いきなり呼び捨てかー。なんとなくアナタがどういう人かわかった気がする。気兼ねなくできるからいいけどね。それとアランには私から言っておくわ。でもね安瀬神くん、ちゃんとクラスにとけ込んでくれないと私も困るのよ」


 結は眉根を下げつつも笑いかけてきた。俺も他人を困らせたいわけではないため、こう言われてしまうと非常に弱い。


「善処しよう。だから、できるだけ余計なことはしないで欲しい」

「了解。できるだけ、ね」


そこで、気になっていることを口にした。


「結、もう男子は着替え始めているんだが、お前はここに残っていていいのか?」


 その瞬間、結は目を丸くし、りんごのように赤くなった。


「や、ヤダ私ったら……!」


 結は両手で顔を覆ったかかと思えば、そそくさと教室から出ていった。本気で気付いてなかったのか、几帳面そうだが、抜けているところがあるらしい。もしくは話しかけるタイミングを見計らうあまり、周りが見えていなかったか。

まあ干渉さえしてこなきゃいい、簡単なことだろう。


 あの二人とは距離を置いた方がいいかと思いながら、俺は真新しいジャージに腕を通した。


 前の高校か。そういえば前の高校でも、友達なんてほとんどいなかった。こうやって他人を遠ざけて、壁を作って、できるだけ面倒を避けてきた。結局は、学校生活において最大級の面倒を起こしたが。


 着替えが終わってから教室を出る頃、俺はもうひとりきりだった。


 これで、いいんだ。

 学級合同実技訓練については編入時に軽く耳に入れていた。学年は五つあるので、割り振ったらちょうど一週間に一度ということになる。


「じゃ、一緒に行こうぜ」


 グラウンドに集合でよかったか。


「おい! 無視するなよ!」

「うるさいなアラン。少し黙ってろ」

「ヤバイ! 早速名前呼んでもらった!」

「やっぱ次から無視な」

「ここまできてそれはねーだろ! もっと俺とおしゃべりしようよ!」


 うるさいなこいつは。なんでこうも朝からテンション高いんだ。それに、なんでわざわざ教室の外で待ってるんだ。


 この手のタイプは、どれだけ遠ざけても、どれだけ痛めつけても、自分が納得するまでは絶対に離れない。つまり、俺はこいつに付き合ってやらなきゃいけないんだ。だからこそ、無視するのが安定なんだと思う。


アランにまとわりつかれながらもグラウンドに到着。充実した施設を持つ学校だが、無駄に広いのは玉に瑕だな。


 三年一組から七組までの人間が集まり、立ったまま教師の話を聞く。ランニングからスタートし、柔軟、桿体トレーニング、それからお昼まではパートナーと組み手。体術だけで戦闘を行い、そののあとで導術を使ったなんでもありの組み手をさせられるようだ。


 魔導術をメインに扱う者を魔導師(まどうし)。祠導術をメインに扱う者を祠導師(しどうし)。二つを合わせて導術と呼ばれ、魔導師も祠道師も一括りにして導術師と言う。


 人は皆、導力と呼ばれる力を持つ。魔導術を扱うための力を魔導力、祠導術を扱うための力を祠導力、二つを合わせて導力だ。そのため、生まれてすぐにレガールという腕輪を付ける。レガールには魔法抑制機能(リボーク)が備わり、微弱な導力でも外に漏らさない。導術科の学校に通うことでレガールの力を緩和できる。その代わり犯罪を犯した場合の罪は一般人の比ではなく、即死刑とも言われていた。


 魔導術は、すでに人が住めなくなったと言われる第一世界『ミュレストライア』に接続し、魔法力を供給する。その魔法力を自身の身体に取り込み、魔導力に変換して使う。ちなみに俺たちがいるこの世界は第三世界『スーベリアット』だ。


 魔導術と双極をなす祠導術は、その他の世界に接続する。別の世界の住民から魂を少しだけ借りて、祠徒(バーレット)として召喚。個々に特殊な力を有している。


 導術科がある学校では、二割程度の魔法力が使えるようになる。しかし導術を使った仕事に就いても、レガールの魔法抑制機能がすべて解放されるわけではない。良くて八割、悪くて学生と同程度。しかし二割程度の魔導力を操作しているのでは、就職した際に全力を出せない。なので、この学校の地下では疑似訓練施設が設けられていた。そこならば、本来の七割程度の魔法が使えたりもする。


 導術師としての仕事は軍事関係が多い。北のペンシルベニア、南のトリアス、西のペルム。そして俺たちが住むこのオルドビスはずっと昔から牽制しあっている状況だ。つまり導術師とは、他国と戦うための血肉であり消耗品ということ。


 あとは警備や医療施設の特殊医療に携わったり、導術の研究員になったり。そのどれもが、一般雇用者よりも給金が高い。


 なににおいても有用性が高く、部屋の電気なんかも、魔導師ならば自分で作り出せる。


 この世界において、導術とはこの世を構成するになくてはならないものだった。


 誰が誰とパートナーになるかを言い上げる教師。男女ペアが決まりらしく、俺の相手は聞いたことがある名前の女子だ。


 ランニングが終わり、柔軟からはパートナーと一緒だ。


「確か俺のパートナーは……」


 エルアート=ファランド。彼女の名前には聞き覚えがある。教室でも目があった。あの感じからすると、あまりいい印象を持たれてなさそうだが気にすることはない。


 エルアートの名前はテレビや新聞で見かけていた。数年前から俺に成り代わり、天才としてメディアに露出し始めた。一応因縁と言っていいのだろうか。


「私の相手はアナタね」


 俺の前に現れた一人の少女。それがエルアートだった。


 身長は小さく、彼女の頭は俺の胸元くらいしかない。しなやかな銀髪は腰まで伸び、目つきは鋭い。目は大きめだが、鼻や口といった他のパーツは小さい。しかし、小顔なのでちょうどよく納まっている。身長も顔も、手も足も小さく、大きめの人形のようにも見えた。


「ああ、安瀬神縁だ」

「エルアート=ファランドよ。よろしくお願いするわ」

「そういうのはいいさ。テキトーにやるぞ」


 画面の向こう側にいた彼女と相違ない。他者を見下すような目は冷たく、他人をよく思っていない。あまり深く関わらない方がよさそうだ。


 エルアは手首にかけていた髪留めのゴムを二つ持ち、その一つで髪の毛を一つに束ねた。そしてそれを脳天まで持ち上げ、二つ目のゴムで結った。


 背中を合わせて彼女の身体を持ち上げたが、心配になるほど軽かった。個人的な意見だが、細く小さく軽いというのは、戦闘においてあまりいいことではないと思う。


 だが俺はそれを口に出さない。エルアートは俺の身体を持ち上げる際、ものすごく苦労しているように感じた。それ故に、エルアートのコンプレックスだと少々面倒なことになるからだ。


 準備体操が終わり、教師が言うままに桿体トレーニング、もとい筋トレに入った。内容はヒドイもので、完全に「全国大会を目指す部活」レベルの厳しさ。まあ全国大会を目指す部活の練習内容なんて知らないが。


 ひたすらダッシュとランニングを繰り返したり、休みなしで反復横跳び、またまた休みなしで腹筋百回などやらされれば、どうなってるんだこの学校はと言いたくもなる。


 桿体トレーニングまで済ませると、それなりに汗が出てきた。俺もまだまだ、と言いたいところだが、生徒の半分以上は地面に這い蹲っている。残りの生徒も、疲労の色が見えた。俺は汗が出ているものの、息は上がっていない。そう考えると、体力面では上の方ということだ。


「さて、組み手の時間みたいだな。できるか?」

「私も貴方も息が上がってないし、余裕なんじゃないかしら?」

「わかった。ああそうだ、エルアートじゃ長いからエルアでもいいか?」

「馴れ馴れしいわね。問題ないけど、私も呼び捨てにさせてもらうわ」

「構わない。群れたり慣れ合ったりは好きじゃないが、ソレ以上に面倒を省きたいんだ」


 ぶっちゃけてしまえば、相手を倒せばそれだけ休める。悪いが、体術だけでお腹いっぱいにさせてやる。


 エルアに合わせて、俺も構えを取った。

 戦闘体勢のエルアと対峙してみてわかったことがある。本当ならば体術の段階で倒すつもりだったが、なかなかに手練である。それに目が泳いでいない。俺の全体を瞳で捉え、対処できるように準備していた。


 距離は五メートル程度以上離れている。リーチの分俺の方が有利だというのに、非常に手を出しづらい。相手が女っていうのは関係なく、単純に隙がないのだ。


 俺の知っているエルアは祠導力のみで、魔導術や体術が得意な人間ではない。世間でもてはやされている理由は、世界最多の祠徒を使役できるからだ。


 祠徒の最高数である十三体を覆したのは十代の少女。エルアは二十二体の祠徒を従える『祠導の魔女(ヘクセンナハト)』と呼ばれた。逆に、体術も魔導術も並でしかない。これは風評被害などではなく事実なのだと、自身で語っていた。たまたま見たテレビでの取材だったかな、あれは。


 しかし、俺は負けない。


 彼女とは逆に、俺は魔導術の天才から転落し、別の道を探した。それが体術だ。それ以外にも、後々召喚した祠徒たちは優秀だ。

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