ある貴族の悩み
わたくしの悩みを聞いてくださるかしら。
わたくしの名前はエリーゼ・ルーテハイト。バシュメル王国に住まうルーテハイト伯爵家の長女です。
長いはちみつ色の金髪がゆるくカールを描き、切れ長の目、しゅっとした鼻すじ、体型も歳に応じて出るとこは出て、引っ込むところは引っ込む、といった容姿をしている、らしいです。
そんなわたくしの悩みは、どうやら趣味が他の女子とは相いれないらしいですの。
もちろんダンスやマナー、政治学や地理などの上級貴族には大切なことも習得しておりますし、レース編みやアップリケなどの細々した女子らしい趣味も持っております。
ですが、わたくしの一番の趣味はこのような可愛らしいものではない、と先日、お友達から言われていまいましたの。なぜでしょう。お父様からは可愛らしいと言われましたのに。
わたくし、昔から剣を扱うことに興味を持っておりまして、よくお兄様がたの練習を盗み見ていましたの。
自分用に木刀を作って素振りも致しましたわ。お兄様方の型を見て、自分なりに頑張りました。
最終的にはばれましたけれど、お母様に隠すのも一苦労でしたわ。それもまた、楽しかったのですけど。
剣を扱いはじめてからというもの、姿勢が良くなったことを皮切りに、程よい筋肉と立ち続けていても疲れない体力や、少しのことではくじけずに諦めない精神力が身に付き、ここだけの話、お通じもよくなりましたの。
ね、いいことづくめでしょう?
なぜこのお話をしてそれは趣味ではありませんわ、と言われたのかというと、お友達がわたくしに、
「エリーゼ様はどのようにしてその美しさを保っていられるのでしょう」
「立ち振る舞いを見習いたいわ」
と言ったからなのです。
わたくしはお友達と一緒にできたらいいな、と思ったので答えたのですが。
お手紙を書いてもお返事を下さらないし、どうしたらいいのでしょうか。
わたくし、剣を止めることもお友達と仲良くできないのも嫌なのです。
はぁ、嫌ですわ。こういった憂鬱は体を動かして発散するべきね。
仕方有りません、来年から通うことになる学園で新しいお友達、特に同じ趣味を持つ女の子と出会いたいものです。
あら、お客様ですか。どなたでしょう。
こ、婚約者様!
マリー、お部屋にお通ししておいてください、急いで着替えてきますわ!
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俺の名はオーウェン・フォウ・ルスト・バシュメル。バシュメル王国の第一皇子だ。
そんな俺の悩みは、婚約者にベタぼれという自覚を持っているが故の悩み。
婚約者が可愛すぎてどうしよう。
エリーゼ・ルーテハイト。それが婚約者の名前だ。
エリーゼはただの令嬢ではない。剣を嗜み、馬を駆る。時には泥だらけになって笑う。そんなお転婆娘だ。
なのに夜会では凛とした立ち振る舞いで他の者を圧倒する。これほど不思議なことはない。
そんな魅力が俺を掴んで離さない。
エリーゼ自身と出会ったのは3歳のとき。親の企みも知らず、一緒の部屋で遊ぶような仲だった。
思えば一目ぼれだったのだろう。俺はその時からエリーゼが大好きだった。
父に頼んで婚約をしてもらったとき、俺はエリーゼの父に殺されるかと思った。それぐらい睨みつけられた。あの時は本気で怖かった。
それからもずっとエリーゼの元に通った。
俺と彼女の兄とが剣術の稽古をしているときに、私もしたいと言ってきた時にはどうなることやらと思ったが、あんなに頑張った姿を見て認めないわけにもいかなかったのだろう。最終的には俺たちの師と同じ師に習っていた。
頑張る俺の婚約者マジ可愛い。
剣術始めてからは背筋が伸びてより綺麗になったエリーゼほんと可愛い。
最近夜会で友達になったという輩にその綺麗な秘訣を教えてほしいと言われて正直に答えたそうだが、それすらも許容できるような者じゃなければ言葉に詰まるか否定するだろうことは解っていただろうに。
いや、解ってなかったのかもしれん。
そこもまた魅力だ。
手紙は検閲して、余計なものは届かせないようにしている。
それにしてもなんなんだこいつらは。エリーゼをバカにしているのか。
手紙が届かないことや「お友達」のことでもしかしたら落ち込んでいるか、憂鬱になっているかと思い彼女を訪ねる。
その通りだったようで、俺が来たことを知った彼女はわざわざ運動する服に着替えてきた。
おずおずと「稽古、お願いできますか…?」と聞いてくる彼女に俺は頷いた。
ああ、俺の婚約者が可愛すぎてつらい。
ああ、学園が憂鬱だ。変な虫がつかなきゃいいが。
その時はその時に対処しよう。
今は彼女の相手をするのが一番だ。
もう一度言おう。俺の婚約者が可愛すぎてつらい。
エリーゼもオーウェンのことが大好きです。剣の稽古に付き合ってくれるし。
このままいけば王妃になるということを自覚はしてはいるものの、一緒に剣に付き合ってくれる女友達が欲しくてつい言っちゃった。そんな感じ。