伸ばした手は
サァ、と柔らかく頬を撫でる風。
平和だなぁ、なんてくだらない事を考えては閉じかける目を擦る。
いつもはきっちりしてあるブレザーのボタンを外し、脱いでから下敷きにして、大の字に横たわった。
傍らには屋上の鍵。
目の前には青空。
深く息を吸い込んで、全て吐き出す。
青が身体に取り込まれていくようで、清々しい気分になる。
青空に伸ばした自分の手に意味なんてない。
届かないものだと知っても尚伸ばすこの手を、何度醜いと思ったことだろうか。
首元を締め付けるネクタイに指を通し緩め、第一ボタンを外せば小さな溜息。
それ一つでこの青空が汚れてしまうのではないかと思うくらいに、小さな溜息にはその大きさに似合わない重みがあったのだ。
疲れ、倦怠感、気だるさ、不快感、諦め、絶望、妥協、虚無感。
負の感情を詰め込んだ一つの吐息。
それだけで私の心を蝕み汚す事なんて雑作もない。
あんなに綺麗で透き通った青の空。
それに焦がれ手を伸ばしても一向に届かない。
太陽の光が眩しかった。
強く強く目を瞑れば瞼の裏に光が透けて見えたのだ。
赤く染まる視界はきっと生きている証。
青空に伸ばした手を強く握る。
強く強く、爪が刺さっても力を込め続ける。
「このサボり魔」
頭上から降ってきた言葉と、落ちてきた影は来客を意味するもの。
聞き慣れたその声は私の気分を下落させる。
急降下もいいところだ。
目を開けた先には良く出来た幼馴染み。
私にとって青空であり、手の届かない人間。
私を見下ろす彼の目を見て微笑めば腕から力が抜けて、手を伸ばすことが出来なくなった。