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小さなディーの情報戦

作者: 千夜

 僕はディー。

ディセード・アナスター、ピカピカの1年生。

今日からの、初めての学校にどきどきしていた。


 入学式の前に、教室に校長先生が話をしにきた。

「入学おめでとう」、とか季節の話とか。

僕は緊張してたけど、ちょっと退屈だった。

校長先生も今年から校長になったんだって。


 それから入学式になって、全校生徒が体育館に集まった。

そこで、校長先生がクイズを出した。さっき教室で僕達に話してくれたことだった。

「○○ー!」

全校生徒の声が揃って答えた。

その大きな声に、僕はなんだかわくわくした。

そしたら校長先生は小さな機械を見て、「今の君たちの声は100だね、すばらしい!」

って笑ったんだ。

機械は音の大きさを測るやつみたい。


 それから次の週の月曜日、また校長先生が僕らの教室に来て話をしてくれた。

僕は聞き逃さないように真剣に聞いた。

その日の集会で、校長先生がまたクイズを出した。

「○○ー!」

僕はまた元気よく答えた。

そうしたら、後ろの方の上級生たちの方でなんだか、ざわざわ声がしていた。

やられた、とかくそ、とかちょっと怖い感じがした。

校長先生が、「今日はちょっと小さかったね、どうしたのかな?75だったよ」って。

しね、インチキやろーって声が後ろからして僕はちょっと怖かった。


 それから次の週、今日も集会はあるはずだけど、校長先生は教室に話しに来なかった。

先生忙しくて来れないのかな?

と僕が思ってたら、隣のクラスの友達と廊下で会って、たまたま話を聞いた。

彼女のクラスには校長先生が来て、ちゃんと話をしたんだって。

僕はその友達から話を聞いて、後で僕のクラスにもくるのかな? と思っていた。

でも校長先生は来なくて、集会が始まった。


 そしてまたクイズがあった。

僕は友達から聞いてわかったから答えられたけど、僕のクラスの他の子はほとんど答えられていなかった。

「今日もちょっと声が小さかったですね、78です。」

って校長先生が言った。

クラスの中には泣いちゃう女の子もいた。

でも今日は上級生の悪口は聞こえなかった。

かわりに鼻をすするような音がしていた。

たぶん僕たち低学年の方からだけだったと思う。


 その次の週、今日もまた集会のある日。

一人の上級生が、僕たちの教室に来た。

手にはメモ帳とペンを持っている。新聞記者みたい、と僕はちょっとワクワクした。

上級生は僕に聞いた。

「ねぇ、今日校長先生来た?」

って。


僕は「ううん、来てない。」って答えた。

答えてから敬語にすればよかったと思ってがくって気分になったけど、上級生は気にしてないみたいで、

「わかった。ここでもないか。」ってまた走り出した。

僕は気になって後を追うことにした。


「何してるんですか?」

って聞いたら、

「校長のクイズ対策だよ。負けるのは悔しいだろ?」

先輩は走りながら僕の方を振り向いて言った。

悔しいだろ? と言われて、先週の泣いてる女の子たちとかを思い出して、僕はうん、と頷いた。

「悔しいですね。」

置いてかれないように走ろうと思ったけど、先輩はすぐに止まった。

そこは隣りのクラス。


「ねえ、今日校長先生きた?」

さっきと同じように先輩が聞いた。

「きてないよ。」

身振りを交えて小さな女の子(ディーとは同学年)が答えた。

「そっか。ここでもないか。」

先輩はメモ帳の1年4組に線を引いて消した。

1年3組まで線が引いてある。


 僕は3組、先週の答えを教えてくれた友達は4組、このクラス。

僕の顔を見てエキシーが来た。噂の友達。

「何してんの、ディセード?」

「校長先生のクイズの答え探してる。みたい?」

僕はちょっと首を傾げて先輩を見た。

「そうそう、くそ……じゃねぇ、校長のクイズ対策。負けるのは悔しいだろ?」

優しそうな先輩だと思ったのに、一瞬悪い言葉を言った気がする。


「別にいいです。負けとか勝ちとかじゃないと思います。」

エキシーの大人みたいな答えに僕はちょっとびっくりした。

それと、悔しくないって言葉は、ちょっと寂しかった。

僕はエキシーに聞いたから答えがわかってたけど、クラスの他の子は……。

そっか、エキシーのクラスの子は先週全員答えがわかったんだ。

僕は気付いた。


 先輩が走り始めたので僕はエキシーに手をふってまた追いかけた。

「先輩は何年生ですか?」

「俺は4年のファイル。姉貴が6年にいてこんなことさせられてる。使い走りだよ。」

「僕はディセードです。1年。」

「1年なのはわかってるよ。次は5組だ」

ファイルは5組のドアの前で止まり、同じように質問した。

ここには校長が来ていた。

ファイルは校長の話を簡単にメモしてありがとう、と言うと6組の教室に向かった。


「答えが分かったのにどうして6組にも行くんですか?」

「来てるかどうかも調べたいし、来てなかったら答えを教えてやらないと、な。それと、気持ち悪いから俺に敬語は使うな。」

ファイルは6組の教室で同じように聞き、ここにも校長が来ていたことがわかった。


「1年は5組と6組に来てたんだな。残りのクラスに答えを教えて2年にも行かないと。」

二人でまた4組、3組……と戻っていき、校長の話を伝えた。

ディセードはただついていってるだけだったが。

1組の教室を出るとファイルは手の平大の電卓のような物を出していくつものボタンを押した。

「何してるの?」

ディセードが聞くと、

「姉貴に連絡してるんだよ。4年になるともらえる端末だ。使えるのは学校の中だけだけどな。」


「へえーすごい、かっこいー!」

「古い型のなら卒業生にあたれば貰えるぜ。次は2年に行くけど、お前もくるか?」

2年の教室は渡り廊下をわたった先、学校案内の日に回っただけでその後、行ったことはない。上級の学年の所に行くのは緊張する。

でも、今は4年生のファイルがいる。


「行く!」

僕がこたえると、ファイルはにこにこと笑って僕の頭をなでた。

「いいなぁ、なんか弟ができたみたいだ。行くぞ、ディセード。」

ファイルが走っていくので僕も走って追いかけた。


 そして、集会の時。校長先生のクイズは大成功。

全校生徒が答えられた。

僕たちが答えられたのはファイルと6年のお姉さんたちのおかげ。らしい。

次の週、僕は廊下で待っていた。

今週もメモ帳片手にファイルが来た。

「ファイルー。また来たね。」

「おう、来るよ。」

にやりと楽しそうにファイルは笑った。


「聞いといたよ、今日は2組に来たって。3組と4組には教えたけど、1組と5、6組はまだなんだ。」

「そっか、よくやった。じゃ、俺は5、6組行くから、お前1組頼むな。」

そう言ってファイルは走って行った。

自分のクラスと、友達のいる4組はいいけど、知り合いのいないクラスに一人で行くのはドキドキする。

でもファイルは止める間もなく行っちゃって、僕は頼まれてしまった。


「よしっ。」

ファイルの真似して持ってきたメモ帳を握りしめて気合いを入れた。

「1組の人ぉー、校長先生の話し聞いてきたからちょっと聞いてー!」

緊張しながら頑張って大きな声を出した。

「あ、3組のディセードだ。」

「先週の上級生は?」

何人か質問したりしたけど、先週僕とファイルが説明に来たからかみんな静かに席についた。

でも静かだといっそう緊張しちゃって、僕は内容を覚えているのにメモ帳を何度も見ながら話した。

それから先週と同じように、ファイルと2年生の教室を回って、4年の教室も回った。


 今日は僕が1年を回った分早く終わって、ファイルのクラスで少し時間が余った。

「この子がディセード君? かわいー!」

なんでか女の先輩たちに頭をなでられまくった。

最初は気恥ずかしいだけで、悪い気はしなかったんだけど、5人目位になると面倒な気がしてきた。

ファイルに助けを求めてみたけど、

「少しは俺の気苦労をおもいしれ。」

はっはっは。と笑って助けてくれなかった。


 ファイルは僕のお兄さんみたいだ、と喜んでいたのに、兄って言うのは弟に苦労を思い知らせるものらしい。

「ディセード、今日の放課後、時間あるか?」

ファイルが聞いた。

特に予定はなかったし、ファイルと遊べるのかもと思って「あるよ」、と答えた。

「姉貴が会議にお前も連れてこいって。会議って言っても菓子食って話すだけだし、姉貴がちょっとえらそうだけど、怖くはないから心配するな。」

僕の肩に手を置いて、ファイルがはぁと息を吐く。

周りの先輩たちがかわいそうにと言ってまた頭をなでる。

僕は放課後が不安になってきた。


 この日の集会も大成功。校長先生のクイズに全校生徒で答えられた。

僕はクラスの皆や、他のクラスの子にもありがとう、とかディセードのおかげとか言われた。

照れくさいけど、嬉しかった。

胸の辺りがくすぐったい気がして、またワクワクしてきた。


 放課後がきた。

みんな帰っちゃったから一人で教室で待った。

少し待って退屈だったから4年の教室に行ってみた。

階段を上がるのはドキドキした。

ファイルと一緒には行ったけど、一人で4年生の教室に行くのは初めて。

1年の教室の真上は3年生。

ドアの窓から3年1組の教室が見える。

何人かがこっちを見ている。

悪いことはしてないんだけど、3年生はちょっと怖くて、僕は走って渡り廊下を渡った。


 4年生の教室ではまだ授業をしていて、廊下を歩く音も響く。

僕はそろそろと歩いたけど、何人かに見られて先生に怒られないかと、ひやひやした。

ファイルは4年2組。

6組から行くのでたくさんのクラスの前を通る。

2年生も授業が終わってるはずだから、渡り廊下を渡ってから来ればよかった、と今さら思い付いた。

ファイルの教室まで来て、これからどうしようと思う。

授業が終わるまで1時間近く、待たなきゃいけない。


 困っているとファイルの友達の一人が僕に気付いた。ニコと一瞬だけ笑った気がした。

それから、紙にさらさらと何かを書き込んで、小さく丸めて投げた。

紙は斜め前のファイルの机の上にピタリと落ちた。

ファイルは消ゴムのカスを払うような素振りでそれを拾った。

「先生、頭痛いんで保健室行っていいですか?」

ファイルが席を立った。

僕は先生に見つからないように壁にくっついて隠れた。


 ファイルが出てきて僕に手招きした。

「3階の印刷室が集合場所だから、こいよ。」

僕たちは北棟(特別教室がある)から3階に登った。


 印刷室は生徒会室のとなりにあった。

中に入ると長い木のイスが四角い机を囲って置いてあった。

1辺二人ずつで、8人は座れそうだ。

ファイルが奥のロッカーからお菓子とコップを持ってきてイスに座った。

僕も戸惑いながら、「まぁ座れ」と言われたのでファイルのとなりに座った。

「これ、俺の兄貴の友達が使ってた端末だ。古いけど使えるからお前にやるよ。」

ファイルがこの間使っていたのより少し分厚い端末を僕に渡した。


「いいの!?」

びっくりしたけど、すごく嬉しかった。

かっこよくて、何だか特別な生徒になったみたいだ。

「4年になったら新しいのが、もらえるけどな。使い方を教えてやるよ。」

そうしてファイルは動かしながら、その端末の簡単な使い方を教えてくれた。


 ・学校の中でしか使えないこと。

 ・メッセージの内容は本体を通じて先生に見られる可能性があること。

 ・発信先を指定しないと全員に送られてしまうこと。

 ・卒業生の名前(端末)を使うと先生に見られない(生徒記録から消えた名前は、本体から読み出せない)らしいということ。


 注意点はそれくらいだったと思う。

4年生からはこの機械をいろいろ授業で使うらしい。

僕は試しに、教えてもらった通りにファイルにメッセージを送ってみた。

ファイルが今持っている端末は、古いので、お兄さんの物らしい。

名前は『デスク』。僕の端末の名前は『ラジ』。


「なんか用事がある時は『デスク』宛に送れよ。ファイルの名前宛だと先生に見られるからな。」

「うん、わかった!」

なんだか面白い物を手に入れたので、たくさん使ってみたい気分だった。


「他にできることだと、本体にアクセスして、文学本読んだり、辞書を調べたり位だな。」

「それはやってもいいの?」

「誰でも使っていいことになってるから大丈夫。授業中にも速く辞書がひけて便利だぞ。でも1年は先生に取り上げられるかもしれないから授業中は使うなよ。」

念を押すようにファイルは僕に注意した。

「うん。わかった。」

返事はしたけど、僕は機械に夢中だった。

でも話しはちゃんと聞いてたよ。

だって、せっかく手に入れた面白い機械なのに、先生に取り上げられたら、たまらないじゃないか。


 しばらくして、ファイルは先生に嘘がばれるから、と保健室に向かった。

僕は端末をいじりながら一人で時間をつぶした。

端末から調べたら詳しい説明書が見つかった。

知らない単語もたくさんあったけど、辞書機能で調べながら僕は一生懸命読んだ。


 さらに少し経って、印刷室の扉が開いた。

5年か6年生のお姉さんが二人、入ってきた。

「こんにちは。」

僕は緊張しながら挨拶した。

どちらかがファイルの言ってたお姉さんだろうか。

「あら、こんにちは。あなたがディセードかしら? 私はニュース、ファイルの姉よ。」

背の高い方の先輩が答えた。


 言われてみれば髪と目の色がファイルと一緒だ。

「1年3組のディセードです。よろしくお願いします。」

なんで呼ばれたのかわからないけど、挨拶はしっかりしようとがんばった。

「きれいな人でびっくりしました。」

嫌われたくない女性は誉めろ! と父がいつも言っていた。


「アハハハハッ。」

突然ニュースが大きな声で笑いだして僕は驚いた。

誉めたのに笑われるなんて。失敗したのだろうか?

「本当に女を誉めるのね。情報通りだわ。」

と、ニュースは僕の頭をぐしゃぐしゃとなでた。

ちょっと乱暴だったけど、怖くはなかった。

それより、情報通りって言葉が気になった。

僕が女の人を誉めろって教えられてるのを知ってるのは……たぶん、エキシーだ。


 僕は膨れっ面をしていたらしい。

ファイルが部屋に入ってきて、「何怒ってるんだ?」って聞いた。

僕はエキシーが勝手に僕のことしゃべったのが頭にきたんだと思うけど、うまく言えなくて違うことのせいにした。


「ファイルのお姉さん、本当にきれいだと思ったのに笑われた。」

「ぶ、あははは。」

今度はファイルが腹を抱えて笑いだした。

「お前、大物だな。」


 それからあと二人来て、6年生が女子二人、5年生が男子一人、女子一人、4年がファイルで1年、僕の6人になった。

「さあ、会議を始めるわよ。」

ニュースが言った。


「まずは今までのまとめね。入学式の日から始まって全部で5週。うち2回は校長にしてやられたわけね。」

「はい。でも3回目で『78』に押さえられたのはニュースの判断が早かったからだと思います。」

6年のもう一人の女子が言った名前はナンシー。

声は小さめでおとなしいイメージを受ける。

「そうね、でも低学年の方にまでフォローが回らなくてかわいそうだったわ。」

ニュースがナンシーに返す。


 どうやらあの時、校長先生は各学年の半分にしか話をしなかったらしい。

そのままだったら数値は『50』。『78』まで上げたのはすごいかもしれない。

『23』が高学年で、残りの足りない数値『22』が低学年分てことだ。


「マイクみたいので、大きな声を出したらどうかな?」

僕は思ったことを言ってみた。

「だめだったよ。試してみたけど、あの機械が測ってるのは単なる声量じゃないみたいだ。」

5年生の男子が答えた。

眼鏡をかけた黒髪で名前はジオ。

残念と僕は思った。


「次だけど、どうくると思う?」

ニュースが聞けば、

「最初が全部のクラス、次が各学年4クラス、段々減って、3クラス、2クラス、ついに1クラスか。今度は二学年に1クラスかもね。」

自分の指を数えながら5年の女子が言った。

名前はノン。


 みんなノンサンと呼んでいたので、最初、僕は彼女の名前がノンサンなんだと思った。

なんか、のんきすぎるからノンサンなんだって。

「3年と2年がいないのが残念ね。また、あなたたち二人で調べて頂戴ね。」

ニュースが僕とファイルを指でくるくると囲った。

「げぇ。」

と面倒そうにファイルがこぼす。

僕は端末をもらってご機嫌だったし、調べるのも楽しいからいいかなと思っていて、うなずいて返事をした。

それからみんなで、今までのクイズの傾向から次のクイズがどんなか、答えは何かを話し合ってた。

僕はそんなことわかんなかったからただずっと聞きながら、すごいなと思っていた。


 その日いくつか出したクイズと答えの案から、翌週のクイズが出たのだ。

僕はますますびっくりして、ファイル達はすごいと思った。


 この校長先生のクイズとファイルたちとの出会いがディセードの情報戦への想いの始まりだった。

このようなつたない作品ですが、読んでくださりありがとうございます。


「ギレイの旅」で、ギレイが女性を褒める態度は、きっと、このディセードから引き継がれているのだと思いました。

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