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栄枯転変の世界(ローカルリスク)

勇者、始めさせられました

作者: 河井蒼空


「……96038、96039、96040、96041、96042、……」


王城の中庭で、大剣を振っている青年がいた。

黒髪黒眼の青年は汗を流しながら一定のリズムで大剣を振っており、その姿は洗練されていて美しい。脇目も振らずにただ只管ひたすら大剣を振る姿は騎士と言っても過言でないほどだったが、彼は騎士ではなかった。

仮に騎士であるならば階級を表す鎧、もしくは訓練着を着ているはずだし、そもそもこんな昼間には部隊での訓練があり個人でこのように剣を振ることはあり得ない。また、騎士ならば大剣ではなく普通の剣を振るう。大剣を振るっていいのは一部の魔物討伐専門バーサーカー部隊のみだ。


だから青年は騎士ではなかったし、大剣も普通の剣ではなかった。青年が振るっている大剣は知る人ぞ知る聖剣で、国宝級のものだ。

そうと知ってか知らずか、青年はただ只管に大剣を振り続ける。

緊張した空気は重苦しいものではなく逆に清々しいもので、このままずっと見続けていたいと思えるほどのものだった。その証拠に通りがかった侍女や騎士が見惚れ、そして自分の仕事を思い出して後ろ髪を引かれる思いで去っていく。

そのまま青年の気がすむまで続けられるであろうと思われた行為は、1人の女性によって止められた。


「イズモ様!お茶の用意ができましたので、休憩にいたしましょう?」


さあ、早く来てください!

嬉しそうに手を振る姿はまさに恋する乙女のもので、大抵の男ならばそれを見て微笑ましく思うか嬉しく思うかのどちらかだろう。

しかしイズモと呼ばれた青年は違うらしく、鍛練を途中で邪魔されたことを不快に思って大剣を振る手を止めて険しい顔をした。苛立ちを抑えようとし、しかし抑えきれなかったのか女性に聞こえない程度に加減しつつ一度だけ地団駄を踏んだ。

それで落ち着いたらしく大きく深呼吸をしてから女性の方へと足を向ける。それを見て嬉しそうに頬を緩める女性に軽く微笑みかけて茶会の準備をしてあるテーブルへと足を向けた。


とはいってもテーブルは中庭にあり、先程の場所からそれほど離れていない。いくら王城の中庭が広いとは言っても目で確認できる程度の距離だ。

テーブルの周りには3人の侍女と2人の騎士がいた。騎士は鎧から判断して階級は上から2番目になる師団長と3番目になる団長だろう。師団長・団長には部隊分けがあり、彼らはⅠの文字を刻んでいるので第一部隊師団長と団長になる。ちなみに第一部隊は王族もしくは姫巫女の一族を守る守護騎士と呼ばれる騎士が属する部隊になっており、この場合は姫巫女の一族である女性を守るためにこの場にいた。


「さ、イズミ様。お座りください」

「ああ」


侍女に椅子を引かれて座る2人はたわいもない会話を楽しむ。正確に言えば楽しんでいるのは女性のみであり、青年は相槌を打つだけだった。侍女の淹れた紅茶を飲みながら優雅に午後のティータイムを過ごしていく。



ここで人物の紹介をしよう。青年の名前は伊賀崎出雲イガザキイズモ所謂いわゆる異世界人で、“勇者召喚の魔方陣ブレイブリコールゲート”と呼ばれる召還術で呼ばれた【勇者】だった。元の世界でそれなりに楽しく過ごしていた彼は、無理やりこの世界に呼ばれたことに心の底からいきどおりを感じていた。そして表面上は取り繕っていてもこの世界の人間を呪う程度には、目の前の女性を憎んでいるいる。


女性の名はシャロン・バッティシル。姫巫女の一族で、今代の姫巫女だ。彼女こそが出雲を呼んだ張本人であり、“勇者召喚の魔方陣ブレイブリコールゲート”を開くことのできる唯一の人物である。姫巫女の一族とは召還師の一族で、女性にのみ召還術が継承される特殊な一族だ。勇者を呼ぶことのできる唯一の一族であり、一度も滅んだことがないことから神に愛された一族と呼ばれている。


異なる世界の住人であるはずの2人が共にお茶を飲んでいるのはいろいろと事情があるのだが、また後日記そうと思う。

まずは出雲が【勇者】になった経緯を説明しよう。













十数日前の午後――この世界で嚇暦かくれき3294年6月29日の午後3時26分――出雲は突然この世界に召還された。

そして誘拐したも同然の彼らは、混乱している出雲に一方的な要求を叩きつけた。


“【勇者】として【魔王】を倒せ”


もう少し下手に出ていたが、帰りたかったら【魔王】を倒すしかないと言った時点でそれは出雲にとって脅しである。

理不尽極まりない行動に出雲は怒りを感じ、それでも冷静に判断した結果とりあえずは大人しく従うことにした。出雲にとってこの世界は未知でしかなかったので生きる術が分からなかったからだ。

出雲にとってこの世界が滅びようがどうでもいいと思うほどにこの世界を嫌っている。そして【魔王】を倒さずに帰る方法があるならば絶対に倒さずに帰ってやると決めていた。




それから出雲はこの世界について学んだ。


この世界は栄枯転変の世界ローカルリスクと呼ばれる世界で、世界の歴史は古いが幾度となく【魔王】に滅ぼされているために文明がそれほど発達していなかった。

大陸は2つあり、【魔王】がべる魔の大陸グリターニャと人間が住む聖の大陸ルクシアスがある。魔の大陸グリターニャの中はそれほど知られておらず、踏み込めるのは【勇者】のみだということしかわからない。対して聖の大陸ルクシアスには5つの大国と10の属国、そしてその他の小国が存在する。ちなみに出雲を召還したのは5つの大国の1つ、叡智の大国イスラーミネ

だ。


しかし出雲がここはゲームか小説かと叫びたくなった理由はそれだけではない。この世界には“魔法”や“魔術”と呼ばれる存在があったからだ。

生命力とも呼べる“魔力”を“術式”に流すことで“魔法”と同じだけの威力を生みだすことができると言う。

ちなみに“魔法”は“魔族”や“魔獣”が使うもので、高位の“魔物”も使えると言う。とりあえずここまで聞いて出雲の頭はパンクした。





その後一つ一つ丁寧に教えてもらい、書物も合わせて得た出雲の結論を記せばこうなる。


まず、栄枯転変の世界ローカルリスクと呼ばれるこの世界に生きる者全てには“魔力”がある。“魔力”は生命力ともいえるもので、“魔力”があるから生物は活動でき、“魔力”がなくなると死に至る。


その“魔力”を多大に持つのが【魔王】を含む“魔族”で、彼らは“魔法”を使う。詳細は分かっていないが、人間よりは強い。

人間は“魔族”よりも“魔力”が少なく、“魔法”が使えないというのが今までの研究から分かっている。


そのため“魔法”に対抗するために生み出されたのが“魔術”で、“術式”と呼ばれるものを使う。“術式”とはプログラムのようなものだ。“火をおこす”という“術式プログラム”を作り、そこに“魔力エネルギー”を流すことで“魔術こうどう”を行う。“術式”は複雑に文字を組み合わせて作るものなのでおおむね間違ってはいない。


そして“魔力”には“属性”がある。そのため“魔法”や“魔術”も“属性”が存在する。

まず、“属性”は7つ。基本となる火・風・地・雷・水の5つの属性と、特殊な光・闇の2つの属性だ。愛称的には火が風に強く、風は地に強い。地は神なり強く、雷は水に強い。そして火は水に強い。自然界の常識と同じで出雲は一安心した。


特殊な光・闇の2つの属性は表裏一体とも呼べるもので、どちらが強いというものがないらしい。単純に術者の力量次第だそうだ。ちなみに基本の5つの属性との相性は普通。

基本的に1つの属性しか持てないらしく、2つも持っているのはまれだとか。




そうして一応理解し、出雲は次なる壁にぶち当たった。


神、そして精霊と呼ばれるものの存在だ。


出雲の世界に無かったそれはこの世界では実際に存在しており、実際に交流することもできると言う。

それこそゲームか小説だろと頭を抱えた。


神は神。世界の創造主である。全ての属性を司っているが、光と闇を除く5つの属性は精霊に任せている。交流することはできないが、気まぐれで精霊が神のお告げを教えてくれるらしい。ちなみに教えてくれる内容は大抵災厄だそうだ。


精霊は火の精霊サラマンダー風の精霊シルフ地の精霊ノーム雷の精霊ナマルゴン水の精霊ウィンディーネの5種類の精霊がいるらしく、光の属性をもつ神官のみが交流できるんだとか。それでも精霊は気まぐれなので姿を見せないことが多いらしい。例外として加護持ちエルエリと呼ばれる精霊に愛された人が自分の属性の精霊と交流でき、尚且つ願いを叶えてくれるらしい。


例えば光の属性をもつただの神官が精霊に頼みを言う。もちろん精霊は願いを聞き入れてはくれない。だが加護持ちエルエリのひとが頼めば、その属性の精霊は動いてくれるんだそうだ。そのため加護持ちエルエリは大変重宝されるらしい。なんて依怙贔屓えこひいき。でも精霊だから許される。




それを聞いてもう無茶苦茶だろこの世界、と思って天を仰いだ出雲の目に映ったのは晴れ渡る青い空。

出雲の目の前にある空は、空だけは、元の世界と何一つ変わらなかった。

零れそうになる涙を堪えて、出雲は1人決意する。




――――絶対に帰る




そうして出雲は帰るために【勇者】になった。







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