3章 出会い(1)
今日の一日は掃除デー。
ある晴れた日、私はそう決めた。
実はこの家で一つだけ、未知の領域があるのだ。
サガラの中で物置と位置付けられた部屋。
よく分からないガラクタがたくさんあって、無造作に本が積まれていたりするその部屋は、一面埃が厚く積もっている。
「いくらなんでも、掃除しなさすぎだし」
テーブルにツツッと指を軽く動かしただけで、埃が大量に舞い上がる。
「さーてっと! サクサク綺麗にしちゃおう」
とりあえず、片っぱしらからゴミらしきものを捨てにかかる。
と言っても、ほとんどがゴミに見えてしまうんだけど。
ポイッポイッと軽快に袋へと放り込んでいく。
テーブルに置かれていた、金網の箱を捨てようとした時、箱の中から何かが飛び出した。
「あれ?」
視線を向けようとした時、それが私目がけて飛んでくる。
「なっ。いやぁ!!」
未知のそれを確かめる前に、私は反射的にそれを手を振りはたき落とす。
「い、痛いです……」
小さな男の子の声。
「え?」
一瞬空耳なのかと思った。
だってこの部屋には私しかいないし、隠れるところだってありそうにない。
「いきなりはたき落とすなんてひどいです」
キョロキョロする私の耳に、そんな言葉が聞こえてくる。
「へ? はたき落とすって……」
「下です。あなたの足元」
私は声に従って素直に足元を見る。
「な、なにこれ!?」
最初は暗くてよく見えなかったけれど、目を凝らしていると、そこにはおかしな生き物が座り込んでいた。
「“これ”って……ひどいです」
それはひどく気分を害したらしい。
けれど、そんなことは今問題じゃない。
私の頭の中はパニック状態だ。
(虫……虫なの? え? でも、しゃべる虫っているんだっけ?)
そんなことを考えて頭を抱えていると、虫?はいきなり飛び立ち私の目の前で止まる。
「嘘……ひと?」
そこにいるのは、まさしく人間だった。
見た感じは、小学校低学年くらいの男の子。
クルリとした可愛い目とサラサラとした髪。
どこぞのお坊ちゃんみたいな、育ちのよさそうな雰囲気がある。
ただ大きさが手のひらサイズで、背中に蝶みたいな羽をつけているけれど。
「はじめまして。僕はザットといいます」
いきなり自己紹介をすると、丁寧にふかぶかと頭を下げる。
「は、はじめまして、ユーミです」
唐突な出来ごとについていけなくて、呆気にとられたまま挨拶を返す。
ザットはえへへっと、何だか和む笑みを浮かべている。
埃だらけゴミだらけの部屋で、小さな可愛い男の子と丁寧なあいさつ……てっ!
なにこれ!? どういうシチュエーションよ!
どこからツッコミを入れたらいいの?
それとも、あえてのスルー!?
「なんだ。起こしちまったのか」
混乱している私の後ろから不意に声がして、振り向くとそこにはサガラが立っていた。
「あれ? サガラ、仕事じゃなかったの?」
混乱ついでに、普通にそんなことを聞いてしまった。
「終わったから、帰ってきたんだろーが」
「そ、そう」
サガラが出かけて、一時間と経っていない気がするんだけど。
ホント、こいつって何の仕事しているわけ?
何てことを思いながら、不審な眼差しをサガラに向けると、何やら口元がモゴモゴと動いている。
「えーと、何を食べているのかしら?」
何となく嫌な予感がする。
「テーブルの上に、クッキー? だっけか。が、あったから食っておいた」
「なっ。あれは、ココの掃除終わったらおやつに食べようと思ってたのよ!? まさか、全部食べちゃったの?」
「これが最後だな」
そう言いながら、シレッとした顔で持っていたクッキーを口の中に放り込むサガラ。
「あー! 楽しみにしてたのにっ」
「はんっ。俺に黙っておいしいもの独り占めしようなんざ、甘いぜ」
私の悲痛な叫びを意にも介さず、サガラは憎たらしい顔で言い放つ。
「それは、昨日焼いたやつの余りだもん! サガラは昨日いっぱい食べたじゃん」
そうなのだ。
昨日、小麦粉っぽい食材を見つけたから、試しにクッキーを焼いてみたところ、サガラはそれをいたく気に入って、大皿一杯のクッキーを完食したのだ。
形の悪い分は、今日のおやつにしようと思って、別に保存しておいた。
サガラが出かけたから、油断してテーブルに置いておいたのがいけなかったらしい。
「昨日は昨日。今日は今日だ」
「なにその屁理屈! 大体、私が作ったんだよ? 食べるなら普通許可取るでしょ!?」
「お前の作ったものは俺のものだろ。なんで許可がいるんだよ」
「いるわよ! なに、その俺様発言!!」
「小せーことでギャンギャンうるせーな」
「小さくないし! 食べ物の恨みは恐いんだからっ」
開き直って涼しい顔をしているサガラを私はおもいっきり睨みつける。
「あのー、お話中すみません」
おずおずという感じで、ザットは私とサガラの間に割って入って来た。
「うわっ」
おもいっきり、ザットのことを忘れていた。
「そ、そうだわ。この子は一体誰?」
思わず熱くなって恥ずかしいところを見られてしまった。
「精霊」
サガラは面倒臭そうに一言をだけ放つ。