(4)
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「どうしよ。もうどっちに行ったらいいか分かんない」
闇雲に歩き続けてみたものの、風景は一向に変化がなく、さっきから同じ道を回っている感覚になる。
汗だくで喉がカラカラ。
足だって痛い。
さっきまで清々しいなんて思っていた晴れ渡る天気が、今はひどく恨めしい。
「こんなとこで見つけるなんて無理だよ……」
そんな弱音も誰に聞こえるわけもなく、空に吸い込まれてしまう。
キアヌが隣りにいれば、『何を甘ったれていますの!』なんて、叱咤の一つもしてくれるだろうになぁ。
メソメソしている場合じゃないけど、何だかすごくナーバスになってしまう。
ため息交じりに進んでいくと、やがて森を抜けて、たどり着いたのはだだっ広い草原。
相変わらずの壮大な風景に、思わずガックリと項垂れる。
「あれ?」
と、その時、数メートル先に動く物体を発見する。
それが危険なものなのかどうか、場合によってはまた全速力で逃げなくちゃいけない。
思い切り身構える。
「狼……かな?」
その物体は、四本足に銀色の毛並をした狼のような動物。
(なんかすごく綺麗)
太陽の光を受けて銀色に輝き、こちらに気が付き向けた瞳は金色。
なんとも神秘的な姿だ。
思わず警戒心も忘れて見惚れてしまう。
銀色の狼はこちらには近づかず、そのまま駆け出していく。
「行っちゃう!」
反射的にその後を追いかける。
なぜだか分からないけど、追いかけなくちゃいけない気がしたのだ。
不思議なことに、その狼は私が付いてくることを確認するかのように、何度も振り返り、一定の距離まで近づくとまた走り出す。
(付いて来いって言っているみたい)
草原を駆け抜け、やがて狼はピタリと動きを止める。
まるでそこがゴールだとでも言う様に。
「や、やっと……ハアハア。追いついたけど、何もな……!!」
狼へと後何歩というところで、足元が崩れる。
まさかの落とし穴。
ここに来て、こんな罠にはまるとは思いもしなかった。
「いやー!!」
しかも直角に落ちるのではなく、そのまま穴の中を滑り落ちていく。
ジェットコースターなみの速さに、もう何が何だか分からない状態だ。
「何なのよ。もう!」
穴を滑り落ち、またも違う場所にたどり着いた。
ひりひりと痛むお尻をさすりながら立ち上がる。
「うわぁ。なにここ、綺麗」
見渡す限りの色とりどりの花畑。
大木がいくつもつらなり先端にだけ葉を付けている。
木々の間から漏れる木漏れ日が何とも神秘的だ。
心なしか、空気も美味しい気がするし。
どこからか水の音がする。
その音を聞いていたら、今喉がカラカラなことを思い出す。
(綺麗な川とかなら、飲んでも大丈夫かも)
音のする方へと歩みを進める。
「!?」
見つけ出したそこには、すでに先客の姿があった。
思わず声を上げそうになって、慌てて口元を抑える。
(ククルとキアヌ!?)
そこにはククルがいた。
そしてその隣にいるのはキアヌ。
もっともキアヌは目を閉じていて意識がないみたいだ。
小さな川の向こう側の花畑。
大木に寄りかかるかたちでキアヌは座っている。
そしてその隣りでは、ククルがセッセッと何かをしている。
(花を編んでる?)
ククルの手元には編みこまれた花冠。
暫くするとそれは完成したらしい。
なかなか豪華な花冠だ。
それを意識のないキアヌの頭の上に乗せると、満足げに何度も頷く。
もともと美少女だから、何だかまるで妖精のように可愛い。
(えぇ!? なに? 何なのあれは)
キアヌにも散々、小生意気なことを言っていたくせに、今のククルはキアヌが側にいることですごく嬉しそうだ。
その目は優しく何だかうっとりとしているような。
(はっ。見惚れている場合じゃない!)
あまりの予想外の展開に茫然としていたけれど、私は我に返りククルの前に姿を現す。
「見つけたわよ! キアヌを返してよ」
「! な、な、なんでここが分かったのさ!」
今までにない動揺っぷりだ。
「ふふん。私を舐めないでよね」
まぁ、狼を追いかけてうっかり穴に落ちただけではあるんだけど。
運も実力のうちということにしておこう。
「ここは僕の大切な場所なんだぞ! 勝手に入って来るな」
「ならキアヌを返してよ。ていうか、キアヌは連れてきたくせに、私はダメってどういことよ?」
「!? う、うるさいな。ダメなものはダメなんだ!」
「だから何でダメなのよ。そこんとこ詳しく説明してよね」
癇癪を起した子供のようにそう言い放つククルに言い返す。
「ん……。何ですの。うるさい……ですわ」
私たちの声でキアヌが目を覚ます。
「あら? どうしてユーミが?」
ぼんやりと私を見て、隣りにいるククルに視線を移した瞬間、目を見開く。
「な、なんであなたが!?」
「あー、コホン。やだな。青髪のお姉さんが眠っちゃったから介抱いてあげたんじゃないか」
先ほどまでの動揺を隠すように、余裕たっぷりにそう言葉を放つ。
「なっ。離れてくださいまし!」
「おっと」
即座に魔術を放つキアヌの攻撃を避け、ククルは川を挟んだ私の方へと降り立つ。
「あはは。青髪のお姉さんってば、本当に余裕がないなぁ」
「……」
生き生きとキアヌへと嫌味を放つククル。
さっきまで、あんなにキアヌの側で幸せそうな顔をしていたくせに。
「な、何だよ」
私の視線に気が付き、バツが悪そうに口を尖らせる。
「ククルってさ、もしかしてっていうか、もしかしなくてもキアヌのことが好……」
「あー!! それ以上言ったら、ひどい目に合わせるからなっ」
慌てて駆け寄り、私の口を手で覆い隠す。
「むぐむぐ」
「い、言わない?」
コクコクと頷くと、ククルはやっとその手を離す。
と同時に、その腕を捕まえて引き留める。
「?」
「はい。捕まえた♪」
「あ……」
こうして、ククルとの追いかけっこはあっさりと終わりを告げたのだった。