(3)
「?」
最期を覚悟してみたものの、一向に変化が訪れず、恐る恐る目を開けてみる。
「うわっ」
数歩先に緑の大軍がいる。
見上げるほどの大きさの植物はワサワサと葉を揺らしながら、私たちを取り囲んでいる。
けれど、その場に根が生えてしまったように停止していて、一定の距離を保ったまま近づいてこない。
「あれれ?」
「もしかして、こんな小さな炎が怖いんですの?」
キアヌの言葉に、試しに炎を出したまま、一歩近づいてみる。
そうすると、私が近づいた分だけ、植物たちは後退した。
「ち、近づいたら燃やすわよ! サッサとどっかに行ってよっ」
精いっぱいの虚勢をはり、炎を突き出したまま、そう言い放つ。
と、明らかに緑の大軍はワサワサと葉を揺らし動揺している。
そのワサワサは前列から始まりやがて全体へと行きわたり、そのままクモの子が散るように姿を消してしまった。
「なんとか……なっちゃった?」
完全にいなくなったことが確認出来たと同時に、冷や汗が体から噴き出して、思わずその場にへたり込む。
「ありえませんわ……」
同じくキアヌも茫然としている。
「あ! キアヌ、大丈夫? どこか怪我とかしてない!?」
キアヌが転んだことを思い出して、慌てて駆け寄る。
「わ、私のことなどどうでもいいのです! あなたは、なんてことをしているんですの!? ああいうう場合は、お一人でも突き進むべきでしょう?」
どうやら、私が助けに戻ったことを怒っているらしい。
「落ち着いてよ。結果的に無事だったんだし、よかったじゃん」
「良くありませんわ! 炎の時と言い、あなたはどうしてそう、無茶苦茶なんですの?」
「だって、キアヌにはたくさん助けられているし、見捨てて自分だけ行くなんてありえないでしょ?」
深く考えるよりも、体が勝手に動いちゃったんだもの。
条件反射なんだから仕方ない。
「……迷惑ですわ。あなた如きに助けられるだなんて」
ボソッと呟かれた辛辣な言葉。
相変わらず容赦がない。
「分かってるよ。私が勝手にやったことだもん。別に気にしないで」
「気になどしていませんわよ! この失態は今後取り戻しますわ」
私を一睨みしてからキアヌは立ち上がると、何事もなかったように歩き出す。
どうやら怪我とかはしていないみたいで安心した。
「何をしていますの? 置いていきますわよっ」
「あ、ちょっと待ってよ」
サッサと進むキアヌの後を慌てて追いかける。
「はぁ。とりあえずここからどうするか……だよね?」
暫く進むと、背の高い草が生い茂る森に行き着く。
もう道なんてものはなくて、おかげで先がどうなっているのかまったく見えない。
下手をしたら、また追いかける植物だって現れる可能性がある。
そう考えると、迂闊に前に進むことも出来ない。
「いっそ、すべて焼き払ってしまいましょうか」
殺伐とした声のトーンでキアヌが呟く。
「なんて過激なことを……」
散々精霊には敬意を表してとか、精霊の領域は聖域なんだ……とか、講義していた人物の言葉とは思えない。
「あのさ、キアヌってククルといつ知り合ったの?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。
今更だけど、やっぱり気になる。
「……」
その問いに、キアヌの肩が不自然に揺れる。
「えーと、キアヌ?」
「確認のために、一度この領域を訪れた時ですわ」
「そうだったんだ。じゃあ、ここに入るのは二度目ってこと?」
私の問いにキアヌは大きく首を振る。
「いいえ。実際には入っておりません。いえ、入ることが出来ませんでしたの」
「入れなかった?」
キアヌの表情が段々と怒気を帯びてきている。
「あー、ククルが何かしたのね?」
その表情で何となく察する。
「こともあろうにあの子供は、鈴を壊したのですわ」
「鈴?」
「えぇ。精霊の領域へは、人の空間とは異なる場所。その数は無数にあり、なおかつ、おいそれと見つけ出せないものなのですわ。だから、鈴が付けてあるんですのよ」
どういったものか分からないけれど、つまりは何の精霊の領域かの目印になるものってことみたいだ。
「つまり、ククルはいたずらで、その目印の鈴を壊して、領域の場所を分からなくしたってこと?」
「いたずらなんて、可愛い言葉で片付けられるものではありませんわ! 四大精霊との繋がりを絶つなど、国家を揺るがすほどの大事ですのよ!? しかも私の目の前で。罪を問われれば、極刑ものですわ」
飛び出したのは物騒な単語。
「けど、なんでククルはそんなことを? 確かウィンに頼まれて領域の管理をしてるって、言ってたけど……」
管理者なら尚更、それがどんなに大事か分かりそうなものなのに。
「知りませんわ! 有無を言わさず、空間を切り離されたんですもの」
「でも、よく見つけられたよね。うん。さすがキアヌ」
「……いいえ。見つけ出したのは私ではありませんわ。そのあと、色々な方法を試みましたが、あの子供に小ばかにされるのみで、何の手立ても打てませんでしたの」
返ってきたのは意外な言葉。
「領域を見つけ出し、あの子供と話を付けてくださったのは……!!」
と、その場を突風が吹き抜ける。あまりにも強い風に思わず目を閉じる。
「キアヌ?」
そして目を開けた瞬間には、キアヌの姿は消えていた。
「え、えぇ!?」
辺りを見回すけれど、キアヌの姿はどこにもない。
「キアヌ! いるなら返事してっ」
「はーい!」
「!?」
私の呼びかけに答えたのは、緊張感のない子供の声。
「ククル?」
「正解! うんうん。あの人食い植物を追っ払っちゃうなんて、僕、黒髪のお姉さんのことちょっと見直しちゃったよ」
人食い植物という単語に血の気が引く。
つまり、あそこで炎を出していなかったら、踏みつぶされるどころか、食べられていたってことだ。
この子は、可愛い顔して、本当にやることがえげつない。
「そ、そんなことどうでもいいよ。それより、キアヌをどうしたの?」
このタイミングで現れたんだから、ククルが絡んでいるのは間違いない。
「さぁ? どうしたんだろうねー」
「ククル!」
人食い植物をけしかけるような子だ。
色々と嫌な想像が脳裏を掠める。
「ふふ。安心して。青髪のお姉さんはちょっと拉致っただけだから」
「その言葉のどこに安心する要素があるのよ!」
“拉致”なんて、言葉が物騒すぎる。
「だってさ、青髪のお姉さん、この領域を焼き払う……なんて物騒なこと言うんだもん。僕、怖くて~」
「キアヌに危害を加えるつもりはなんだよね?」
“お前が言うな”っていうツッコミを寸でのところで飲み込み、冷静に確認をとる。
「うん。とりあえずはね。さすがに直接はちょっとさ」
「?」
「あ、ううん。こっちの話。ともかく、風の魔力がほしいのは、黒髪のお姉さんなんでしょ? なら、一人でも何とかしなくちゃね」
クスリと笑いながら、その目がひどく剣呑に見えるのは、私の気の所為だろうか?
「つまり、私がククルを捕まえられればそれで合格? キアヌも返してくれるんだよね?」
「そのとーり。ま、無理だろうけど。がんばれー」
嫌味な感じでそれだけ言うと、サッサと姿を消してしまった。
「また逃げられた……」
だだっ広い森の中、一人っきりだ。急に不安になってくる。
人の気配がないっていうのが、こんなにも落ち着かなものとは思わなかった。
キアヌが一緒でどれほど心強かったか思い知らされる。
「ともかく、早くキアヌを見つけ出さなきゃ」
ククルは『とりあえず』キアヌに危害を加えないって言ってた。
いつ心変わりするとも限らない。
(ていうか、キアヌがキレてククルに攻撃とかしちゃいそうだし)
どんどんと不安が募っていく。
ともかく進むしかない。
そう覚悟を決めて、道なき道を進んでいく。