(2)
かなりの時間をかけて、私とキアヌは満身創痍で崖を登りきった。
崖の上には森が広がっている。
どこからどこまでも、自然いっぱいの区域らしい。
(自然って恐ろしい)
人間なんて自然の前ではちっぽけな存在だ。
なんて、思わず無意識に哲学を語り出しそうなくらいに疲れ切っている。
「登りきってやりましたわよ! これで満足しまして?」
もう言葉を放つ気力もない私をしり目に、キアヌはククルをビシッと指さし言い放つ。
いつにもまして気合十分。
壁にかじりつきながら、『もう無理かも』なんて、泣き言を言う私に、『あの生意気な子供に思い知らせるまでは、諦めることは許しませんわ!』
って、完璧最初の目的を見失っていたけれど。
「ふわぁーあ。遅くて待ちくたびれちゃったよ」
緊張感なく大きな欠伸をしたククルに、キアヌの口元がひきつる。
「お、落ち着いて。キアヌ」
「ダメだよ。黒髪のお姉さん。落ち着いている場合じゃないよ。ここからが本番。お姉さんたちを試させてもらうよ」
キアヌを宥める私に、ククルはニッコリと可愛いらしくほほ笑む。
「いやいや! 思い切りがんばったじゃんっ」
ここまで着いてくるのだって相当大変だったのに、これ以上何があるっていうんだろう。
「嫌だなぁ。今までのはほんのお遊びだよ」
バシッ!
「おっと」
「キアヌ!?」
我慢の限界を超えたキアヌが、魔力の塊を投げつけるけど、それは難なく避けられて、ククルはそのまま空に飛びあがる。
「お子様のお遊びに付き合うために、此処に来たのではなくてよ? いい加減にしてくださいまし。風の精霊ウィンはどこにいらっしゃいますの?」
「青髪のお姉さんは相変わらず短気だな。余裕がないのは見苦しいぞ」
「……」
茶化すように言いウィンクするククルを前に、キアヌは完全に目が据わっている。
「ちょっと待って! それで、何をどうすればいいわけ? 本番て何のことなの?」
そう。
私たちの目的は風の精霊ウィンに会うこと。
この子のペースに乗せられている場合じゃない。
「うん。すごく簡単なことだよ。お姉さんたちが、死ななければいいんだ。生きのびて僕を見つけ出して。ね? 簡単でしょ?」
「……」
ものすごく不吉な伏線を張られた。
つまり、これから命が危険に晒されるようなことがあるって言ってるわけだ。
「頑張って、お二人さん♪ 幸運を祈る」
それだけ言い放つと、ククルは空の上できれいさっぱり姿を消す。
「生きのびてって……」
「ユーミ! 走りますわよ」
「冗談でしょ!?」
キアヌの言葉と同時に何かが襲いかかってきた。
間一髪で避けることが出来たものの、それは私たちを追いかけてくる。
「な、なにあれ!? どうして植物が走っているわけー!」
そう、後ろから追いかけてくるのは私たちの三倍はあろうかという巨大な植物。
ただし、地面に根を張っていなくて走っている。
それもけっこう早いし!
「しゃべる暇があるなら、もっと早く走りなさい!」
私の絶叫に、キアヌは苛立った声を放つ。
そのうえ、なぜかその数は段々と増えている。
この状態は洒落にならない。
「キアヌ、何とかならないの?」
「ならないから走ってるんですわよ!」
あぁ、なるほど。って! 納得している場合じゃないっ。
「魔法とか……」
「数が多すぎますわ。これだけの数を撃退するには、魔法式が複雑すぎてすぐには発動できませんのよ!」
「そんなぁ」
走り続けるのだって限界がある。
散々体力を使ってきたから、すでに苦しいし。
追いつかれるのも時間の問題だ。
「きゃっ」
そう思った時、先に走っていたキアヌが地面に足をとられ転んでしまう。
「キアヌ!」
目の前には緑の大軍が迫っている。
追いつかれれば、私たちなんか簡単に踏みつぶされちゃうだろう。
けど……。
私は立ち止まりキアヌに駆け寄る。
「大丈夫!?」
「なっ。私はいいですから先に行ってくださいし」
「そんなの無理」
「死にたいんですの!?」
「死にたくなんてないよ。だからっ」
目の前に迫ってくる緑の大軍に向かい、両手を突き出す。
私が授かった唯一の炎の魔力。
相手が植物なら、それはきっと役に立つ。
問題は、それをまったく使いこなせていないってことだけど。
もうこうなったら、一か八かの賭けだ。
(お願い! 大きな炎出て。あいつらを倒せるくらいの!)
ひたすらに強く強く念じる。
ポンッ!
「……」
「……」
けれど、出たのはやっぱりロウソクの炎くらいの頼りないものだった。
思わず私もキアヌも無言のまま固まる。
(ここは普通、奇跡が起こるところじゃないの!?)
心の中で盛大にツッコミを入れるものの、すでにすぐ目の前に迫る緑の大軍になすすべもない。
(ごめん。サガラ、みんな……。時夜を助けるなんて大見えきって、踏まれてペチャンコで終わりなんて情けない終わり方で)
最期の時を覚悟し、私は目を閉じだ。