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10章 風の精霊(1)


「うーん。何だかすごく平和だー」

「あなたはどうして、そう緊張感がないんですの? ここをどこだと思っておりますの?」


 緑広がる長閑な風景に、思わず思い切り伸びをした私を、キアヌが胡乱な眼差しを向けて来る。


「風の精霊”ウィン”の領域でしょ? でも、アシェラの時と違いすぎて拍子抜けするっていうかさ」


 緑豊かな大地に、空もちゃんとあって、抜けるような青空に綿を引きちぎったような雲がぷかぷかと浮かんでいる。

 どこからともかく鳥の鳴き声が聞こえてくるし、咲いている花には、蝶ちょが止まっていたりする。

 本当に平和だ。


「ところで、肝心にウィンはどこにいるんだろうね?」


 ピクニック気分で全然辛くないけど、もうけっこうな距離を歩いている気がする。


「気を抜かないでくださいまし。油断していると危険ですのよ?」


 なぜかキアヌは、アシェラの時よりもピリピリしている。

 しきりに周囲を見渡して、警戒しているし。


「んー……あれ?」


 もう一度伸びをして木の上を見上げると、なぜかそこに人がいた。

 しかも小さな男の子だ。

 見た感じ、小学校低学年くらいだろうか?


「ねえ、キアヌ。あそこに男の子がいる」

「なんですって!? 本当ですの?」

「え!? あ、うん」


 キアヌのあまりの形相にタジタジになりながら、先ほどの場所を指さす。


「あれ?」


 けど、そこに男の子の姿はすでにない。ほんの一瞬目を離しただけなのに。


「黒髪のお姉さん。ここだよ」

「うわっ」


 幻覚だったのだろうかと、視線を戻すと、目の前にその男の子がニコニコと笑顔で立っていた。


「出ましたわね」

「ふふ。はい。出ちゃったよ。青髪のお姉さん久しぶり」


 なぜかひきつった笑いのキアヌと、さも楽しげな満面の笑顔で答える男の子。


「あの、二人は知り合い?」


 何だか怖いけど、恐る恐る聞いてみる。


「うん。ちょっとだけ知り合い。遊んでもらって楽しかったよ」

「遊び……」


 キアヌの笑顔が更に引き攣る。


「私はユーミだよ。あなたは?」


 何だかわからないけど、私だけ初対面みたいだし、とりあえず自己紹介をしてみる。


「僕はククル。この領域をウィンに頼まれて管理しているんだよ」

「へぇ。小さいのに偉いね」

「チッチッ。黒髪のお姉さん。人を見かけで判断するのは、人間の悪い癖だよ? 小さくて可愛くても、お姉さんたちよりはかしこいんだよ」


 勝手に”可愛い”を追加して、ククルは思い切り胸を張る。


(名前名乗ったのに”黒髪のお姉さん”のまんまだし)


 つまりこの子は人間じゃないってことだろうか? 

 そもそも、キアヌのこの態度からすると、相当な曲者っぽいし。


「えーと。それで、私たちはウィンに会いたいんだけど」

「”風”の魔力を手に入れにきたんだよね。いいよ。ウィンのところに案内してあげるよ。ついて来て」

「え!? いいの?」

「もちろんさ。だってそれも僕のお仕事なんだから」


 あまりにもあっさりと承諾されて驚いてしまう。


「大丈夫だよね?」

「大丈夫じゃなくても行くしかありませんわ。精霊の領域では、精霊のルールに従うのが筋ですから」


 こっそりキアヌに聞いてみたものの、なんだか不穏な答えが返ってきた。


「早く早く。こっちだよ」


 子供っぽい仕草ではしゃぎながら、ククルは私たちを手招きする。


(とりあえず、警戒しつつ付いていくしかないわよね)


 覚悟を決めて、ククルの後を追いかける。


………………

…………

………


「ま、まだ、進むの?」


 あれから何時間経っただろう?

 ひたすらに森の中を歩いている。

 最初はよかったけれど、途中から段々と道は険しくなり、谷あり山ありでハイキングからサバイバルへと変化している。

 今も目の前には高い直立の壁が立ちはだかっている。


「うおーい。お姉さんたち、遅いぞー」


 それをひょいひょいと猿のように上りきったククルが、無邪気な笑顔で見下ろしている。


「キアヌ、魔法でとか……」

「あ、魔法禁止だよ。このくらいの崖、自力で登らなくちゃダメだよ」


 間髪を入れずにククルの声が降ってくる。


(無邪気なふりして鬼だ!)


 すでに何時間も歩いていて、体力は底をつきかけている。

 正直、こんなところを登るなんて命がけだ。


「……」


 キアヌは無言のままに壁へと立ち向かっている。


(キアヌも頑張ってるんだもん。私が泣き言言えないよね)


 決心し、私も後に続く。

 と、ブツブツとキアヌの呟きが耳に届く。

 どれもククルへの呪いの言葉だ。


(相当怒ってる。最後まで何事もなければいいんだけど)


 精霊のことよりも、キアヌの怒り具合に思わず恐怖を覚えるのだった。


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