(5)
「つ、つかれたー!」
部屋に戻ると、そのままベットの上に倒れ込む。
キアヌに散々説教されて、その後は予定していた勉強会。
だけど、いつにも増して鬼のように厳しかった。
色んなことを詰め込みすぎて、頭の中はパンパンで使いすぎて湯気でも出てきそうだ。
「う~。眠い……はっ。ダメダメ!」
そのまま夢の世界にひきずりこまれそうになって、慌てて起き上がる。
このまま寝落ちなんてして、キアヌにバレでもしたら、それこそ恐ろしいことになる。
今朝、散々言われたばっかりだもんね。
『あなたはサガラ様の何ですの?』
それと一緒に、キアヌに問いかけられた言葉を思い出してしまう。
「私はサガラの同居人ってだけだよね。けど、私にとってサガラは……」
この世界で一番身近で一応信頼している相手。
成り行きで居ついていたのに、いつの間にか、サガラのいるところが私の居場所になっている。
この世界でのもう一人の家族。
(年上だしお兄ちゃんって感じ? でも、精神年齢低いし弟。あ、でも口うるさい感じはお母さんみたいな?)
なんてことを一人で考えて噴き出す。
何だかどれもいまいちしっくりこない。
全部当てはまるけど、ちょっと違うような。
何だか変な関係だ。
そんなことをぼんやりと考えていた時だった。
「ん? 何だか、外が騒がしい?」
いつも人がいるのかいないのか分からないほど、静かな場所なのに珍しい。
テラスに出て、下を覗き込むと、慌ただしく行き交う人の姿が見える。
耳を澄ますと、「早く修復を」とか「原因は」なんて声が聞こえてくる。
「何があったんだろ?」
「防御壁が壊れたんだ」
「!!」
答えが返って来るなんて思いもしなかったのに、広いテラスの隅っこの暗がりから男の声がした。
「だ、だ、だ、誰っ!?」
あまりの恐怖に声が思いきり上ずる。
(泥棒? 痴漢? 強姦魔!?)
ただ分かるのは、この人物が明らかに不法侵入者だってことだ。
私は下にいる人たちに助けを求めるために、大きく息を吸い込む。
けどその刹那、侵入者はすばやく私の背後に回り込み、叫びかけた私の口を塞ぐ。
「むぐっ。うー!」
ジタバタと暴れて抵抗してみるものの、まったくびくともしない。
「馬鹿っ。叫ぶな。俺だ。俺!!」
半泣き状態で暴れる私の耳に届いたのは、聞いたことのある声。
さっきは驚きすぎて気が付かなかったけど、すごく聞き覚えがある。
「放すから、叫ぶなよ?」
「サガラ!?」
「だーっ! だから叫ぶなっつーの!?」
その姿をちゃんと確認する前に、手をひかれ部屋の中へと連れて行かれる。
「ホンモノ?」
灯りに照らされてそこにいるのは、どっからどう見てもサガラだった。
日にしたらほんの数日会ってないだけだ。
けど、携帯電話もネットもない、まったく接触出来ないこの世界では、まるで何年かぶりの再会の気分になってしまう。
「ははっ。アホ面」
懐かしさと驚きで硬直している私に、見慣れた意地の悪い笑みを浮かべて、そんな暴言を吐く。
「な、なんでいるの!?」
あまりにも唐突な再会に、喜びよりも混乱の方が大きい。
「お前がピーピー泣いてんじゃねーかと思って、見物に来たんだよ。ラフも当てになんねーし、面倒だから忍び込んだ」
「なっ。そんな無茶苦茶だよ。このお城がどれだけ広いか知っているの?」
ここに泊まっている私だって迷うっていうのに、いきなり忍び込むなんて無謀すぎる。
「知らねーよ。ま、無事に会えたんだし問題ねーだろ」
「大あり!」
「うるさい奴だな。細かいことを気にすんなよ」
「気にするわよ。だって、この騒ぎはサガラが不法侵入した所為なんでしょ?」
城への不法侵入なんて、ただ怒られて終わり。
なんてレベルじゃないだろうし。
どんな罰を受けることになるか。
「ばーか。あいつらは、魔術で出来た防御壁を俺が壊したなんて気づいてねーよ。俺がそんなヘマするかよ」
若干胸を張ってそんなことを言われても。
防御壁を壊した、なんてバレたらますますまずいじゃいのよ。
「馬鹿はサガラじゃん」
「はぁ!? 人がせっかく来てやったのに、その態度はなんだよ」
「来てくれなんて頼んでないし」
「……」
無言になったサガラを見て我に返る。
あんなに会いたいと思っていたのに、何でいざ目の前に現れると、こんな可愛くないこと言っちゃうんだろう。
ものすごい後悔が胸を渦巻くけれど、飛び出した言葉は回収できない。
「……」
サガラにつられて私も口を閉じると、その場は妙な沈黙が落ちる。
「確かに馬鹿は俺かもな……帰る」
一つ息を吐いてサガラは自嘲すると、テラスへと踵を返す。
「ダメ!!」
反射的に出て行こうとするサガラの黒マントを思い切り引っ張る。
「なんだよ。帰ってほしいんじゃねーのかよ」
サガラの苛立ちを含んだ問いに、大きく首を振る。
「そうじゃないよ。帰ってほしくない。ずっと会いたかったんだから」
そう言葉にしたら、気持ちの歯止めが効かなくて、言葉が勝手に口をつく。
「サガラやみんなに会いたくて。だけど、自分で決めたことだから、そんなこと言えないじゃん」
「……」
「サガラが来てくれて、本当はすごく嬉しかった」
「……」
「帰るなんて言わないで」
「……」
「もう少し一緒にいてよ」
「……」
「ムカつくのは分かるけど、何か言ってほしいんだけど……?」
顔を上げてサガラを見上げると、なぜかサガラは柱に手を付き、額を抑え込んでいる。
「……そういう顔は反則だろ」
「サガラ?」
「だー!! なんでもねーよっ。逃げないから放せよ」
「あ、ごめん」
そう言われて、握り締めていたマントを慌てて放す。
「いや。謝るのは俺だ。お前の都合も考えねーで悪かった」
「……サガラが素直で気持ち悪い」
「帰るぞ」
「嘘うそ! 今、お茶を入れるから、そこに座ってて」
いつの間にか、さっきまでの気まずさがなくなって、いつもの軽口になっていた。
何だかそれだけのことなのに妙に嬉しい。