(2)
「けど、いくらキアヌが押し切ったとはいえ、よく許可が降りたよね」
「もともとこの役を引き受けたがる人物がいなくてね。“ホープ”を求めるくせに、自分は危険を冒したくない。地位ばかりあって、脳みそは底辺な連中が集まったそんな場所なんだよ。ここは」
「けっこう辛辣だね、ラフってば」
確かラフももともと此処の人間だった気がするんだけど、ラフにはラフで何か思うところがあるみたいだ。
「だから、ココでの扱いを気にすることはないよ。彼らは傀儡や影獣を言葉でしか知らない。無知で臆病なんだ」
精霊の加護を持たない“色なし”と呼ばれる存在である私を拒絶している城の人たち。
ラフはそのことに気づいてたんだ。
「ありがと。うん。大丈夫。キアヌがいてくれるし。それにラフもいてくれるんだもん」
何だかんだで恵まれていると思う。
一歩違えば、私だって時夜みたいにこの世界が嫌いになってたかもしれない。
そうしたら、私だって孤独に付け込まれて傀儡になる可能性だってあったんだ。
『嫌になったらすぐ戻って来い。俺は何があってもお前の味方でいてやるから』
サガラが言ってくれた言葉を思い出す。
サガラが近くにいる。
そう思うだけで勇気が出てくる。
「こんなことでへこたれてたら、サガラに馬鹿にされちゃうしね」
緩みかけた口元を誤魔化すようにそう言葉を続け、淹れてもらった紅茶に口をつける。
ラフの淹れてくれた紅茶は美味しくて、疲れた体に染みわたる。
「……」
そんな私をラフはジッと観察するように見つめている。
「ラフ?」
「君は本当に不可解な子だ。なぜ、そこまでがんばる必要があるんだい?」
ほんの少し声のトーンが変わる。
そこには苛立ちすら見える。
「へ?」
突然の変化に戸惑い、思わず変な声が出てしまった。
「本音を言えば、私は君が逃げ出すと思ったんだ。だからここに来た」
「はい!?」
「だってそうだろう? たかだか数日前に知り合った相手を助けるために、不確かなそのうえ、命がけの行為を受け入れるなんて正気とは思えない。精霊と見え、その過酷さを知れば、逃げ出すだろうと考えるのは普通だと思わないかい?」
「……」
ビックリした。
ラフが此処に来た理由が、心配しているからでも、力を見たいからでもなくて、まさか逃げ出そうとしてないか、探りに来たなんて。
ラフの目には疑惑の色がある。
私の真意を探り出そうとするように、不躾に向けられたその視線は気持ちいいものじゃない。
「……一瞬。もう嫌だって思ったよ。逃げたいって思ったりもしたし。けど、ここで逃げたら後悔するもの。ラフの言うことは分かるわよ。けど……」
私は立ち上がり、ラフを真っ直ぐに見据える。
「見損なわないでよね! 私だって、覚悟決めてここにいるんだから。最後までやる通すわよっ」
そう啖呵を切る。
ラフとはまだ知り合って日も浅いけど、疑われてたというのはすごくムカつく。
信じていてほしい相手だからこそ尚更だ。
「……」
言い放ったものの、ラフの反応は薄くて困る。
一人熱くなって恥ずかしくなってきた。
「つまり、私は逃げたりしないってこと」
居たたまれなくなり席に座り直し、冷めかけた紅茶を飲み干し息を吐く。
「なるほど。まったく根拠はないが、どうも君を見ていると何とかなりそうな気がするから不思議だね。翻弄されていたサガラが目に浮かぶようだよ」
褒められているのか貶されているのかよく分からない言葉を口にし、愉快そうにクックっと笑いを押し殺している。
「どうしてそこでサガラが出てくるの?」
「さあ? どうしてだろうね。分からないなら好都合だ」
「?」
「そうだね。君を信じるよ。疑ってすまない」
「別にもういいよ。紅茶おいしかったし、理由はどうあれ来てくれて嬉しかったから」
私の答えに、ラフはあらためて笑みを浮かべる。
「これからも君に会いに来るよ。異世界人としてではなく、ユーミという君自身に興味が出て来たしね」
「うん待っているよ。……サガラたちも来られればいいのに」
「ジュリアやザットは一時的な面会ならばそのうち許可が下りると思うよ。サガラは無理だろうけど」
「そっか……」
私に対してさえあの態度だもの。
影獣王と同化しているサガラを城に入れるなんて許してもらえるはずもない。
分かってはいたけれど、やっぱりサガラに会いたいと思ってしまう。
「そんな顔をしないでくれたまえ。妬けてしまう」
「?」
「ま、そろそろあちらも我慢の限界だろうけど。さて、どうでるか」
ラフは何やら独り心地に言葉を呟きながら、私へ二杯目の紅茶を注ぐのだった。