(5)
<それでこそ。俺が見つけ出した君だ。君は必ず……へ……だ>
頭に響く声が霧散して、変わりに感じる優しく温かい光。
朦朧とする意識が鮮明になって、体の感覚が戻っていく。
自分を見下ろすアシェラに不敵に笑ってみせる。
「まさか……」
自分自身を抱きしめ意識を集中させる。
光が私を覆い炎を凌駕していく。
それが何かなんて考えたってわからない。
ただ、それが炎を打ち消したのだということが、どうしてかすんなりと理解出来た。
「約束は……守ってよね」
息も絶え絶えだけど、やっと声が出るようになった。
「なっ」
「炎が消えた?」
体の中を駆け巡る熱が嘘のように掻き消えている。
「ふふん。私の勝ち……だよね」
体の中から完全に炎がないことを感じとり、私は気だるい体を何とか抑えて、アシェラへと言い放つ。
「何なのさ、あんた」
奇妙なものを見る目で私を凝視している。
「……」
「?」
けれどその視線は私ではなく、もっと違う何かを見ているようだった。
「……何だい。要は半分以上反則ってことじゃないか。これだから人間は」
「どういう……」
「大精霊ともあろうものが、言いがかりをつけるなんて見苦しいですわよ! 炎を消したのは紛れもなくユーミですわっ」
忌々しげに言い放つアシェラの言葉の意味が分からず訊ねようとしたものの、被せたキアヌの猛反論にかき消される。
「キアヌ?」
「あなたもあなたですわ! 炎を消せるのなら最初から言ってくださいましっ。あなたが焼け死ぬんじゃないかと、生きた心地がしなかったんですのよっ」
「あ、うん。ごめん……」
半泣きでまくし立てられて、反射的に謝ってしまう。
そんな場合じゃないけど、本気で心配してくれていたのが分かってすごく嬉しい。
またも口元が緩んでキアヌに緊張感がないと、更に怒られてしまった。
「……」
暫く何かを考え込むように無言だったアシェラが、改めて私へと向き直る。
「今回は、あんたに落とした炎を消すってことが試練だったわけさね。どういう方法でも消したことには変わりないからね」
不満げに半眼でこちらを見ながら言葉を転がし、私の胸の前へと手を翳す。
「!?」
アシェラの翳した手の先に、数センチの赤い光の玉が現れる。
そして、やがてそれは私の胸の中に吸い込まれた。
一瞬、先ほどの痛みと苦しみを思い出して身構えたけれど、体には何の変化も現れない。
「今のってなに?」
「あたいがあんたを認めた証さ。このアシェラ様が自ら力を分けてやったんだ。光栄に思え」
「え? えぇ!? じゃあ、これで炎の魔力が備わったってこと?」
「そういうことですわね」
「そうなんだ……」
あまりに一瞬すぎて実感が湧かない。
「これで用は済んだんだろ。さっさと出て行け」
「アシェラ!」
踵を返し、今にもいなくなってしまいそうなアシェラを思わず呼び止める。
不承不承ながら振り返ったアシェラに私は思い切り頭を下げる。
「ありがとうございました! この力、大切に使います」
「当たり前だ。人間には過ぎた力。せいぜい炎に呑まれないように気をつけるこった」
「え!? ま、まさか、また体の中が燃えるとかないよね?」
サァッと血の気が引く。
先ほどの苦痛を思い出し身震いする。
「さぁてね」
「なにそれ!? どっちなの?」
「……燃えるって言ったら、その力放棄すんのかい?」
「しない! 何度だって耐えるわよ……耐える……予定」
あれはトラウマレベルだった。
恰好よく大丈夫と言えればいいけれど、出来れば……ていうか絶対的にもう一回なんて御免こうむりたい。
「けっ。なんだい。頼りない。……ま、そんくらいがちょうどいいのかもね」
「え?」
「強すぎるやつほど手に負えないもんさ」
アシェラは息を吐き、小さく表情を歪める。
「アシェラ?」
「魔力は想いに比例する。善くも悪くもね。あんたは呑まれるんじゃないよ。ユーミ」
その言葉と同時に、アシェラの体は炎に包まれる。
その姿容は炎と同化し、そして跡形もなく消え失せたのだった。