(4)
「……」
殺されるんじゃないかってくらいに、アシェラは強い視線で私を睨んでいる。
けど、ここで視線を逸らしたら負け……な気がする!
「……」
「……」
かなりの間、にらみ合いが続き、けれど先に根負けしたのはアシェラ。
忌々しそうに舌打ちをする。
「人間なんて嘘つき大嫌い。“ホープ”を持ってるかもしれない奴なんて尚更嫌いだよ」
耳に届くか届かないくらいの呟き。
(なんだろ? 少し悲しそうに聞こえる)
そんなことを思って首を傾げたのもつかの間、再度アシェラは私を睨みつけるように見、ニヤリと含みのある笑みを浮かべる。
「いいよ。あたいは優しいから。そこまで言うのならチャンスをやる」
「本当に!?」
「あぁ、そうさ。あたいの試練に耐えられたら、あんたを認めて炎をやるよ」
「やる! 何でもやるわよ」
「その言葉、確かに聞き届けたからね」
「!?」
アシェラが言葉を放つと同時に、体に感じる強い圧迫感。
ついで体の中を熱が駆け巡る。
「う……あ……」
驚きと恐怖に声を出そうとしたけれど、それは無様なうめき声に変わる。
血管と言う血管を巡る血が、沸騰するように熱いのが分かる。
頭のてっぺんから足のつま先まで、私のすべてを焼き尽くす。
「何が起こって……」
視界の端に茫然と私を見るキアヌがいる。
けれど、助けを求めることも出来ない。
ただ焼けただれる痛みに翻弄されるばかりだ。
「こいつの内側に炎を落としてやったのさ。あたいの炎は一瞬で焼け消えるほど優しくないよ。自分の愚かさを呪いながら、こと切れるがいいさ」
「なっ。この子はまだ何の魔力も備えておりませんのよ!? 無効化する術がないのに。こんなこと試練とはいいませんわ! ただの見せしめではありませんか!」
「あれ? あんたが言ったんだよ? こいつには“ホープ”があるってさ。なら、この程度の炎消して見せられるだろ。もっとも、一度中に落とした炎はあたいにももう消せない。もちろん、あんた程度の魔力でもさ。こいつが自分で何とかするしかないんだよ」
「そんなっ」
朦朧とする意識の中で聞こえてくる絶望的な会話。
熱さは痛みに、痛みは絶望へと変わる。
(私、死ぬの?)
叫び声も涙も出ない。
体中が爛れていく感覚に私は初めて絶対的な恐怖を感じる。
怖い。
死にたくない。
こんなの嫌っ。
誰か、私を助けて!
黒く塗りつぶされて意識が混濁する。
あぁ。この苦しみから逃げられるのなら、もう消えてしまっても構わないかもしれない。
そんな考えに行き着くのに時間はかからなかった。
<君はその程度の覚悟で此処に来たのか>
私の考えを咎めるように頭の中に響く声。
誰のものか考えようとしたものの、苦痛に思考がまとまらない。
<俺の見込み違いだったか。弱くて話にならない>
辛辣に冷たく放たれた言葉。
(弱いわよ。だって、私はこの世界の住人みたいに不思議な力なんてない。何にも出来ないよ)
どんなに強がってみたってそれが真実。
意気込んでここまで来たけれど、結局何も出来ない。
ただの役立たずだ。
<俺が言っているのは“心”の話。君は臆病で卑怯者だ。みんなに偉そうなことを言って巻き込んで期待させて、それで逃げ出すんだろ? とんだ偽善者だ>
こんな時だっていうのに、あざ笑うかのようなその声ははっきりと耳に届く。
(違う! 私は本気で救いたいって思ったもの。でも、分からないよ。私にどうしろっていうの?)
今までに味わったことのないほどの苦痛の中、時夜の姿が脳裏を掠め心が小さく軋む。
<そうやって人に答えをもらおうと思うのが間違えだ。君は君をちゃんと信じていないね>
(信じる?)
<どうせ出来るわけないって思い込んでる。心のどこかで、誰かが助けてくれるのを期待している。みんなは……サガラは、君を信じて送りだしたっていうのに>
「サ……ガラ……」
自分も傀儡(かいらい)だと告白した時の、サガラの暗く沈んだ瞳を思い出す。
何もかも諦めて受け入れている目をしていた。
助けたい。
側にいたい。
そう思った。
二度とあんな顔をさせたくないって思ったんだ。
“ホープ”があれば、もしかしたら、サガラも救えるかもしれない。
そんなことを思ったのも事実で。
(けど、私はそんなすごい人間じゃない。全然強くないもの)
<最初から強い人なんていない。強くなろうともがいて強くなるんだろ?>
(もがいて……強くなる?)
強く、なれるだろうか?
大切な誰かを救える強さを持てるのだろうか?
今まで逃げることに罪悪感なんてなかった。
私の世界は……ううん。私を取り巻く世界は平和だったから。
私が逃げても世界は周り続ける。
自分を信じて何かを変えようなんて、そんなこと強く思ったこともない。
けど、今は逃げたくないと強く強く思う。
(私は、)
あぁ。この感じ。
時夜の術を破った時と同じ感じ。
負けるもんかって、強くなりたいって心の底から思ったんだ。