(3)
「と、溶けてない?」
崩れる橋ごと、マグマへと真っ逆さまに落ちた……はずだった。
橋は確かに跡形もなくなっていたけれど、私は宙に浮いていた。
正確にはいつの間にか丸い薄い膜に包まれていて、それが宙に留まっている。
さながら、大きなシャボン玉の中にいるかのような状態だ。
「情けない顔をしないでくださいな」
腕組みをし、半泣き状態の私の顔を見て、キアヌは呆れたように一度息を吐く。
「これってキアヌが作ってくれたの?」
「ええ。保護魔法の一つですわ。」
「ありがとう、キアヌ~」
「これが私の仕事ですもの。お礼を言われることでもないですわ」
ツンッと素っ気ない答えだけどこれは照れ隠し。
キアヌがツンデレキャラだってことは、もうよく分かっている。
何だかむしろ可愛くさえ思えてしまって、思わず口元が緩む。
「な、何ですの? その締まりのない顔は。はぁ。あなたという人は本当に緊張感のない」
「あはは。ごめん」
笑って誤魔化す私の姿にますます眉間の皺が濃くなる。
「人間。あたいに何の用なのさ」
と、唐突に空間全体に響き渡る不機嫌そうな声。
「なに!?」
地鳴りを響かせマグマが吹き上がり、それはやがて人型へと変貌する。
髪から足の先まで全身が赤い炎。
浮き上がり私たちのもとへとやってきたのは、炎から生まれた美しい女の人。
「あなたがアシェラ?」
私が知っている精霊はザットくらいだけど、今目の前にいる精霊はザットと全然違う。
人とはまったく異なる存在。
圧倒的な存在感と神秘的な美しさ。
声を発するのさえ憚れるような神々しさがある。
精霊によってこうも違うのかと、圧倒されてしまう。
「馴れ馴れしい! ちんけで弱い人間があたいに話かけんなバーカ」
「なっ」
見惚れきっていた私はその言葉に唖然とする。
(バカって言われた)
しかも何の用かと聞いてきたのは、アシェラの方なのに。
理不尽すぎる。
咄嗟に返す言葉もない。
「落ちて溶けちまえばよかったのに。あー、うざいったらないね」
「うざいって……」
精霊たちの頂点に君臨する四大精霊の一人。
人がおいそれと近づくこともできない高貴な存在。
そう聞いていたけれど、まさかこんな態度が悪い存在なんてこと聞いてない。
対応に困ってキアヌを振り返ると、心得ているというように口を開く。
「お初にお目にかかります。炎の大精霊アシェラ様。この子はユーミ。私はその補佐のキアヌと申します。突然の無礼をお許しくださいませ」
アシェラの態度に動じることなく、キアヌは神妙な面持ちで言い放ち頭を垂れる。
と、その前に絶対的な威圧を込めた視線向けれ、慌てて私も頭を下げる。
「あたいは人間なんて嫌いなんだよ。サッサと居ねっ」
キアヌの言葉に意を返さず、怒気を孕んだ拒絶の声。
どうにもすんなりと話を聞いてくれそうもない。
「ご無礼は承知しております。けれど、彼女の中にある“ホープ”の力を解放するためには、あなた様のお力が必要でございます。どうか……」
「ホープ……だって?」
「!?」
頭を下げていた私は、グッと感じる熱に恐る恐る視線を上げて、目と鼻の先にアシェラの姿を見とめて声にならない悲鳴を上げる。
「えっと、あの……」
「ぷっ。あははははっ! このちんけな人間からは魔力の一つも感じない。この空っぽのどこに“ホープ”があるっていうんだい」
胸を逸らせて盛大な笑い声をあげるアシェラは、私を心底馬鹿にしているのが分かる。
まあ、確かに仕方がないことかもしれない。
キアヌに散々鍛えられたから、こういう反応には耐久性がある。
私は一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせ言葉を放つ。
「あなたの言う様に、私は空っぽで何にもない。だから、此処に来たの。炎の大精霊であるあなたに認めてもらうために」
「認める? あたいが、あんたを?」
「お願い……」
「驕るな、人間ごときが」
懇願の言葉を最後まで聞き入れず、アシェラはこの灼熱の空間で底冷えするかのような声を発する。
「!」
睨まれ体が縛り付けられたように動けない。
「もう一度言う。サッサと居ね」
憎しみすら込めた拒絶。
それは否定を許さない圧倒的な支配者のもの。
「……っ」
キアヌは口を開きかけ、けれど言葉をのせることが出来ずに唇を噛みしめる。
いつも自信に満ち溢れたキアヌが細く震えている。
私だってビリビリと感じる威圧感に蹴落されそうになる。だけど……。
「ユーミ?」
震えるキアヌの前に出て、アシェラを真正面から見据える。
礼儀も何も知ったことじゃない。
ここまで来て、炎を習得しないで帰る。
なんて選択肢はないんだから。
「どうしても帰れないっ。私には助けたい人がいて、そのために“ホープ”が必要なの。だから、チャンスをちょうだい。何でもするし、もし出来なければ大人しく帰るから」
「あなたは何を……」
後ろから、キアヌの呆れ返った声が耳に届く。
(うん。言いたいことは分かる!)
言いきってから、自分の大それた言葉に熱さからじゃない汗が噴き出す。
無茶な賭けだ。
けど、こうまで舐められていたら、はったりでも強がりでもともかく、同じ土俵にひきづり込まなくちゃ相手にしてもらえない。