(2)
じゅわっ!
それはすんなりと吸い込まれ、跡形もなく消え失せた。
「あぁ! どうしたんですか? サガラ」
「あ、悪ぃ」
ザットの声に我に返ったサガラだったが、手に持っていたものはすでに煮立った鍋に吸い込まれ、跡形もなく消え失せている。
「まずったな。これはやり直しだな」
複雑な調合を組み合わせて作る即効性の万能薬。
魔力を持たないサガラにとっては、必要不可欠なもの。
ユーミの付き添いでやってきたものの、思いのほか時間を持て余し、こうして作業に取り掛かったものの、あと少しというところで調合ミスを犯した。
「いえ。でもどうしたのですか? 何だかぼんやりとして」
「あー、いや。なんでもねーよ。昼寝のしすぎでボケてんのかもな」
不思議そうに小首を傾げるザットに曖昧な返事をする。
(ユーミに呼ばれたような気がした。なんて言えるかよ)
一瞬、ユーミの声が聞こえたような気がしたのだ。
城の奥深くにいるはずのユーミの声など聞こえるはずもないというのに。
(幻聴とかマジやばいだろ)
ユーミの声を聞きたいと思っていることは自覚している。
だが、まさか幻聴が聞こえるまでとは。
気まぐれで手元も置いていた異世界の女。
真面目に面倒を見るつもりも関わるつもりもなかった。
だが、サガラの考えなどお構いなしに、ユーミはサガラの心に踏み込んできた。
“危険だ”
そう気づいた時には遅かった。
いつの間にか目が離せない離れがたい存在になっていた。
自分は人を想う資格などない化け物だと分かっていたはずなのに、坂を転がるようにユーミへの想いは大きくなっていく。
側にいなければ落ち着かない。
他の男に笑いかければ苛立つ。
自分でも制御不能なほどにユーミに執着している。
「なにやってんだろうな、俺」
「はい?」
息を吐き呟いたサガラの言葉に、セッセッと二度目の薬づくりの材料を用意していたザットが振り返る。
「いや。ここに俺がいても、あいつには何の役にも立たねーじゃん。今更気づくとか笑えるよな」
そう。自分が付いてきたところで出来ることは何もない。
ユーミのいる城には入れない。
そのうえ、城下にいるだけで監視が山とつけられている。
自分の特異性から見れば予測出来たこと。
つくづく馬鹿なことをしていると笑えてくる。
「僕はそうは思いません」
自嘲するサガラにきっぱりと言い放ち、淀みなく言葉を紡ぐ。
「サガラが近くにいるだけで、ユーミはきっと安心します。サガラが、ユーミが側にいるだけで安心するように」
「……」
“そんなことがあるはずない”そう言い返そうとしたものの、咄嗟に言葉が出てこなかった。
半分は間違ってはいなかったから。
口ごもるサガラの姿に小さく笑み、ザットは作業を再開する。
「何をモタモタしてやがんだか。サッサと戻ってこいよな。あの馬鹿」
ユーミが飲み込まれている荘厳な城を忌々しげに見つめ、サガラは小さく悪態を吐いた。