9章 炎の精霊(1)
赤い世界。
それが私の感想。
何の捻りもないけれど、本当にそうなのだ。
見渡す限り、上も下も横も、今私は歩いている石造りの細い橋以外は全部が赤い。
そしておそろしく熱い。
なぜ赤いかといえば、下がドロドロのマグマが噴き出した赤い海だからだ。
なぜか煙も赤くて、そこら一体が赤い霧が立ち込めた状態。暑くないはずがない。
「すごいね。お城の中にこんな場所があるなんて」
「正確にはここは別空間。天空城に入口があるというだけで、城の中にあるわけではないですわよ。私の講義をもう忘れましたの?」
「もちろん、ちゃんと覚えてるよ」
キアヌとの地獄の猛勉強。
忘れようたって忘れられない。
基礎知識はバッチリと叩き込まれている。
この空間は、炎の精霊”アシェラ“の領域。城の地下道を通って来たものの、城の中にあるわけじゃない。
そもそも次元が違うのだ。
そう理解していても、どうも実感がわかない。
「それならけっこうですわ。ここからは命がかかっていますから。気を引き締めてくださいまし」
「ココ、落ちたら確実に死ぬよね」
ボコボコと沸点を超えた音をするマグマを覗き込み、思わず眩暈を覚える。
「そうですわね。精霊は空間にその性質が反映されるもの。炎の精霊アシェラは気性が荒く、一度怒らせると手が付けられないと言う話しです。くれぐれも機嫌を損ねないようにしてくださいまし」
「頑張るつもりだけど……」
四大魔力の一つである炎。
それを習得するために、今この場所にやってきた。
炎を習得するためには、その力の番人である精霊に認められなければならない。
昔“ホープ”を持っていた人も、アシェラに会って炎の魔力を取得したらしい。
(ザット意外の精霊に会うなんて初めてだし、めちゃくちゃ緊張する)
しかも連れてこられたのが、こんな規格外の場所だし、思い切り気後れもするわよ。
「“つもり”では困りますの。私がサポートするからには、確実に何が何でもやってもらいますわ。そんな弱気でどうしますの?」
「だよね。よし! 絶対炎をものにするわよ。任せといて」
ここに来たのは私の意志。
サガラの反対を押し切ってここまで来たんだから。
尻込みしている場合じゃない。
怖気づきそうな気持ちを奮い立たせ、曲がりくねった長い橋を歩き続ける。
「あれ?」
けれど、やがて道は途切れる。
本当に唐突に道がなくなっている。
「着きましたわね」
いつになく緊張した面持ちのキアヌから言葉が発せられ、それと同時に唐突に響く大きな地鳴り。
「な、なに!?」
ゴゴゴッと響く音はまるで獣の咆哮のようにその場に響き渡り、足元がグラグラと揺れて私もキアヌも立っていることが出来ず、その場に膝を付く。
と、まさかのありえない事態。
橋がガラガラと崩れ出したのだ。
(落ちたら溶ける!)
恐怖で悲鳴さえ喉に張り付いて出ない。
慌てて立ち上がろうとしたものの、急速に崩れていく橋はあっという間に、私の足場も奪った。
「!!」
体を包む浮遊感。
パニックになる中、今までのことが走馬灯のように駆け巡る。
『嫌になったらすぐ戻って来い。俺は何があってもお前の味方でいてやるから』
不意にサガラに最後にあった時にかけられた言葉が頭をよぎる。
(サガラ!!)
無意識にその名を心の中で強く叫んでいた。