勉強とお弁当(1)
“ホープ”
それはすなわち、魔術を凌駕する力。
魔力と似ていて非なるもの。
すべての力の根源。
本来、人には扱いきれないその力が、何の間違いか、私には備わっている……らしい。
けれど、それを扱うためには、魔力も習得しなければいけないのだという。
魔力と一言で言っても、その種類はそれこそ星の数ほどあると言う。
すべて、なんて一生かかっても時間が足りない。
そこで、手っ取り早く大きく分類される四つの魔力を習得することになった。
炎・風・水・大地。
それが、この世界でいうところの四大魔力なのだそうだ。
「……というわけですわ。聞いていますの!?」
「はいっ。聞いてる。バッチリ聞いてるよっ」
「あなたの“バッチリ”は聞いてないと同意義でしょう。午後にテストいたしますわ」
「えぇ~!」
「何か文句でも?」
「な、ないです」
ここに来て早数日。
朝から晩まで、キアヌから講義を受けている。
魔力についてはもちろん世界史に地理。
なぜか歴史まで。
この世界の文字が読めないから、ひたすらに耳で聞いて覚えなくちゃいけない。
(まるで学校の授業だ。ううん。マンツーマンだからそれ以上に過酷だ)
居眠りどころか一瞬たりともよそ見も出来ない。
これはあれだ。
有名大学を目指す超進学塾のノリだわ。
「先生。そろそろ休憩の時間じゃないですか~」
「誰が先生ですの? こんな物覚えの悪い弟子なんて、私まっぴらごめんですわよ? それから、休憩なんてしている時間はありませんわ」
「取りつく島もない……」
教師と生徒的なノリで言ったら、師匠と弟子って解釈されたらしい。
しかも、思い切り冷たく拒絶された。
いい加減慣れたけど、キアヌはなんで私にこんな冷たいんだろう?
ここにいる間はパートナーなわけだし、もうちょっと仲よくなりたいんだけどなぁ。
頬を膨らませる私を見て、キアヌは深いため息を吐く。
「本当にどうしてこんな子が……!?」
その時だった。
キアヌの体がグラリと不自然に揺れて、そのままその場に膝を付く。
「キアヌ!?」
慌てて駆け寄ろうとした私を手で制止する。
「何でもありませんから……お気になさらないで」
「そんなわけにはいかないでしょ!?」
よく見れば顔色も悪いし、何だかすごく具合が悪そうだ。
こんなに近くにいたのに、何で気が付かなかったんだろう?
「肩を貸すわ。少し横になって」
「大したことありませんのに……」
迷惑そうな顔をしながら、相当具合が悪いのか、素直に差し伸べた手を取る。
私にもたれながら隣接した部屋に移動し、そこに備え付けられたソファの上に体を横たえる。
「ごめん。休憩が必要なのはキアヌの方だったんだね」
「少し眩暈がしただけですわ。それに、先ほども言いましたが、休憩をしている時間などありませんのよ。ここで先ほどの続きを……」
そう言って、身を起こそうとするキアヌを慌てて押しとどめる。
「ダメだって! そんな青い顔して何言ってんの?」
「……大したことありませんから放っておいてくださいまし」
「だけど、倒れるなんてただごとじゃ……」
きゅるる。
「……」
「……」
あれ? 今、ものすごく豪快にお腹が鳴った音が聞こえた。
私じゃないとすればそれは……。
「キアヌ、今お腹……」
「私、何も聞こえておりませんわよ! というか、あなたの空耳ですわっ」
最後まで言い切る前に、キアヌが真っ赤な顔で全力否定する。
「えっと……あ! そうだ。私、食べるもの持ってるよ。キアヌにあげる」
後でサガラたちに届けてもらおうと思って、今朝お弁当を作ったんだ。
この世界の文字が読めないから手紙も書けない。
だから、せめて元気だってことを分かってもらうために、厨房を拝借してセッセと手作りした力作。
「あなた、人の話聞いていますの? 私、お腹なんて……」
悪態を吐くキアヌに構わずお弁当を差し出す。
「キアヌの口には合わないかもしれないけど、少しだけでも食べてみて?」
卵焼きにから揚げ。
野菜の煮物。
ごはんには三色そぼろ(全部、この世界にあるそれっぽいもので代用だけど)
庶民かつ地味なメニュー。
だけど、ラフ厳選食材だし、私の愛情は無駄に込めてある。
「……少しだけなら、仕方ないですわ」
「うん! どうぞ、召し上がれ」
拒絶されるかもと思ったけれど、キアヌはすんなりとお弁当を受け取る。
「……」
恐る恐る口をつけて、ゆっくりと食べる仕草は、いかにも生粋のお嬢様っていう感じだ。
それから、キアヌは黙々とお弁当を食べ、私は静かにその姿を見守った。
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