(6)
(確かにいたのに)
見間違えというには鮮明すぎる。
人生で初めて見てしまったかもしれない。
異世界に来ている時点でレアだけど、幽霊まで見ちゃうなんて、初めてが目白押しだ。
「何か、目がキラキラしてるぞ。気色悪ぃ」
「気色悪いは余計でしょうが」
サガラのデリカシーのない言葉で、せっかく幽霊 (しかもイケメン)に出会った感動が半減してしまった。
「さて、無事謁見は終了だよ」
「え!? いつのまに」
私が幽霊のお兄さんに気をとられている間に、感じの悪いおじさんたちが姿を消していた。
(結局、一言も言葉を交わさなかったわ。意味分かんない)
まぁ、あんまり友好的ではないということは、ヒシヒシと感じたけれど。
「へぇ? あのお偉方が俺の存在を許したのか?」
「そこは最後まで揉めていたけどね」
「でも、最終的にはご理解いただけたのよね?」
「まあね。ここでサガラだけ突っぱねれば、何をしでかすか分からない。今後の傀儡討伐にも影響が出るだろうってことを話して、納得してもらったよ」
「あはは。それって、ほとんど脅しですよね」
「あとはキアヌの言葉添えもあったようで、それも大きかったようだ」
「どういうこと?」
どうしていきなり、キアヌの名が出て来るんだろう?
「あぁ。さっきの方々は王家に連なる国の代表者なんだけどね。キアヌは彼らを取りまとめる長の孫娘なんだよ。だから、彼女の言葉には少なからず力があるんだ。彼女自身も、次代の代表者候補でもあるしね」
「すごい方なのですね」
「そうだね。彼女がサガラのファンで助かったよ」
「そっか」
認めてもらえたのはよかったけれど、何だか複雑な気分だ。
「ただし、サガラたちはここでユーミとはお別れだ」
唐突に笑顔でそう告げられる。
「はぁ!? どういうことだよっ」
「城の滞在許可はでたけどね。制限付きなんだよ。ユーミがこれから行く場所は、城の中枢に近い場所になる。申し訳ないが、暫くは我慢してくれたまえ」
「私一人で行くってこと?」
「大丈夫。私が一緒に行くから」
思わず出た言葉に、ラフは笑顔で答える。
「う~。ずるいですぅ」
「ずるいわ」
「そうか。ま、仕方ねーよな」
不満げな二人をしり目に、サガラはあっさりとそう言い放つ。
「……うん。仕方ないよね」
一人で来る覚悟をしていたくせに、いざそうなると怖気づいてしまう。
離れるのが名残おしくて、もう一度サガラを見る。
「バーカ。そんな情けない顔すんなよ。見捨てないで待っててやるから、サッサと行ってこいよ」
いつもの小ばかにしたような言い方だ。
でも今はその言葉が嬉しい。
「うん! サガラ、ありが……」
「サガラ様ぁ」
お礼を言いかけた私を押しのけて、どっから現れたのか、キアヌがサガラへと飛びつかんばかりの勢いで接近する。
「ここでお別れだなんて、名残おしいですわ。私も粘ったのですけれど、力が足りずご不便をおかけして申し訳ございませんっ」
「あ、いや。ここに居られるだけでも助かる……」
「まぁ! なんてお優しい言葉。私、サガラ様に会いに行きますわね」
「え? いや、それは……てか、あんまくっつくな」
「申し訳ございません。はやる思いが態度に出てしまって」
すごい勢いだ。
これが俗にいう肉食女子というものなのか。
こんなにタジタジなサガラは初めて見た。
「……」
それにしても、何か面白くない。
すごくムカムカする。
「じゃあ、行ってくるね」
キアヌに迫られているサガラを無視して、ザットやジュリアに言葉を向ける。
「あとで私も様子を見に行くから」
「ありがとう。ラフ」
「頑張ってください、ユーミ」
「応援しているわ」
「うん。任せてよ!」
不安がっている場合なんかじゃない。
私は時夜を救わなくちゃダメなんだから。
そう新たに決意を固めて、踵を返した時だった。
「ユーミ!」
「へ?」
叫ぶように名を呼ばれ、振り向くと、サガラがキアヌを避けて、すごい勢いで私の元へと近づいてくる。
「な、なに?」
キアヌばりに接近されて、思わずドギマギしてしまう。
「あ、いや、その……」
「?」
勢い込んで来たくせに、何でそこで口ごもるんだろう?
なぜか嬉しそうなザットとジュリア。
興味深げに見ているラフ。
そして、先ほどの可愛い雰囲気から一変、射殺されそうなほど殺気を私に向けてくるキアヌ。
その場は妙な雰囲気に包まれる。
「サガラ?」
「嫌になったらすぐ戻って来い。俺は何があってもお前の味方でいてやるから」
「……」
思って見なかった言葉に咄嗟に返事が出来ない。
困った。
何だかすごくうれしい。嬉しすぎて顔がにやけてしまう。
「な、なに笑ってやがる。人が真剣に言ってやってんのに」
私の笑いを違う意味に捉えたらしいサガラは、不満げに眉根を寄せる。
「ありがとう。すごく心強いよ。やる気が出て来た」
「……あ、いや。やる気は出さなくてもいいんだけどな」
「え?」
そっぽを向いたサガラがボソリと呟く。
言葉の意味を問いかけようと身を乗り出した時、思い切り腕を引かれる。
「そろそろ行きますわよ! 時は金なり。時間がおしいですから」
「うわっ。そんな引っ張らないでよ。あと少し話を……」
「では、サガラ様。皆さまごきげんようですわ」
花のような笑顔をサガラたちにふりまいたキアヌに、引きずられるように、私はみんなと別れを告げたのだった。