(4)
「で、どういうことなのか、早く教えてよ」
精一杯の虚勢で、私は一オクターブ低い声でそう不遜に言い放つ。
「おいおい。何でそんなに偉そうなんだよ。ま、いいけど」
軽く肩を竦めてみせてから、サガラは改めて口を開く。
「大体察しはついてるだろうが、ここはユーミのいた世界とは別の世界なんだ」
サガラの言葉にうんうんと頷く。
ここは、私の世界とは違いすぎる。
だから、そのことにはあまり驚かない。
「でだな。ユーミは、次元の穴を通ってこの世界に来たんだ」
「はい! 質問です」
私は、サガラの言葉にビシッと手を挙げる。
「なんだ?」
「私、自分の部屋から出たら、目の前に穴があったわけ。それが、次元の穴ってこと?」
当たり前の話ながら、今まで一度たりともそんなものがあったことはない。
それが、今日唐突に出現したのだ。
「正解だ。そうだな。それが次元の穴だ」
出来のいい生徒を褒めるような口調で、サガラはそう答える。
「更に質問!」
頷きサガラは手をちょっと上げて、私へ言葉を促す。
「それがどうしていきなり人の家の廊下に出来るのよ」
「それは運がなかった……いや、ある意味あったのか? 次元の穴つーのは、この世界の賢者が作りだしたものなんだ。何でも色んな世界と国交を交わしてみよう。つーお偉いさんの思いつきで始まったいわば、実地試験みたいなもんだな。けどよ、うまく選んだ場所に作りだせないらしくてな」
ため息交じりにサガラはそう答える。
「……で、運悪くその失敗の次元の穴が、私の部屋の前に開いちゃったとか?」
「おっ、物分りいいじゃん。そういうこと。情けないことになかなか安定出来なくてよ。いいかげんやめちまえばいいのに、言い出したのが頭の固い連中ばっかで、もはやあれは意地だな」
「それって、私は被害者じゃないの! それが何で檻に入れられたり、売られたりとかしちゃってるわけ!? 普通そういう場合は、丁重に扱うでしょっ」
「最初は丁重だったんだよな。けどよ、ここ何年かでけっこうな数の異世界人が落っこちて来ててな。対応出来なくなっちまったらしい」
「……」
あきれて声も出ないとはこのことだ。
ここの人たちは、馬鹿ばかりなんだろうか?
迷惑この上ない奴らだわ。
サガラも私の気持ちを感じ取ったのか、苦笑している。
「で、考えだされたのが、城下の民に押し付けちまおうってことだ」
「押し付ける?」
なんだろう。
頭痛くなってきた。
この先を聞いたら、何だか後悔することになりそうな気がする。
でも聞かないわけにはいかないので、私はサガラの話に耳を傾ける。
「ようは、落ちている異世界人は見つけた奴のものってことだ。非人道的でなければ、何をしても構わない。見つけた奴が、自動的に異世界人の所有権を得るってことだ」
「私って売られてたんじゃないの? それって非人道的って言わない?」
「うーん。売買はギリセーフらしい。まぁ、出来たばっかりの法律で色々アバウトだからな」
ううん。そもそも“所有権”って言っている時点で、もはや人道的云々以前の問題だ。
ここの人たちと、私の世界の常識はかなりずれているのかもしれない。
クラクラとする頭を押さえて、何とか自分を納得させようと努力する。
「因みに、ユーミは5クルーで買い取った」
「5クルー!?」
この腕輪は、金銭感覚も分かるらしい。
その値段がどれだけ安いか、私にもしっかりと分かる。
運悪く異世界に飛ばされて、通りがかりのおじさんに捕まって檻に入れられて売り物にされて、その上、超お買い得商品としてサガラに買われたと……。
「て! 冗談じゃない!! 馬鹿馬鹿しすぎて話になんないっ。私は売られたことも買われたことも納得してない。出ていくわ!」
このままここにいても、何をさせられるか分かったものじゃない。
ここでずーっと暮らすとかありえないし。
ともかく役人でもなんでもいいから捕まえて、元の世界に還せと直談判だ。
私は外へ続く扉のドアノブに手をかける。
「ふーん。俺は別に構わないけどよ。さっき俺と戦ってたじーさん。えらくあんたを気に入ってたんだよな」
サガラのその言葉に手が止まる。
「それが何よ?」
「だからさ、あのじーさんと俺で、勝ったほうがお前を買い取るって話だったわけ。で、俺が勝ったわけだけどさ、あのじーさんは、あんたで色々人体実験するつもりだったらしいぜ」
その言葉に血の気が引いていく。
「かなり未練ありげだったし、もし見つかったら即効攫われて、あーんな実験とかこーんな実験されちまうだろうから、気をつけろよ」
無駄に爽やかっぽい笑みを浮かべて、サガラはそう言い放つ。
「非人道的行為は禁止なんじゃないの?」
「なにせ、出来たばっかの法律で色々アバウトだからな」
またも同じ台詞を繰り返す。
ようは、そんな法律あってないようなものってことなのか……。
それが脅しだと分かっていても、ここから出ることを躊躇ってしまう。
「……そういうあんたは、私をどうするつもりなの?」
私は恐る恐る訊ねる。
「俺? あぁ。そうだな……」
て、何で今から考えるみたいな感じなのよ。
「そうだな。炊事洗濯係みたいな。身の回りのことをやってもらいたいんだが」
暫くの思案ののち、サガラはそう答える。
つまりはお手伝いさんてことだよね?
でも、こいつのこと信用しても大丈夫なのかな?
「俺、役所に知り合いいるし、働きによっちゃー元の世界へ戻れるように頼んでやるぞ」
悶々と葛藤している私に、サガラはとどめの一言を放つ。
「……よろしくお願いします」
私はペコリと頭を下げた。
こうなったら腹を括るしかない!
もし身の危険を感じたら逃げればいいんだ。
よし。そうしよう。
「決まったな。よろしく。ユーミ」
サガラはニッと笑って手を差し出す。
私はその手を取る。
「不束者ですがお願いします」
こうして、それはもう突然に、私の異世界生活が始まったのだった。