(6)
「……」
ジリジリと間合いを詰められて、ついにはあと一歩という距離。
振り下ろされる凶器に身を固くし、もう一度声に出して名を口にする。
「サガラ!!」
「……なんだよ」
「え?」
私を引き裂くはずだった凶器が、空を舞っている。
目の前には見慣れた黒いマントをはためかせたサガラの姿。
「なんで?」
「……二回も人の名前呼んどいて、こっちこそなんだよ」
振り返らず、次々と襲い来る傀儡を蹴散らしながら、サガラは言葉を返す。
表情は見えないけれど、怒っているわけではないみたいだ。
「だってサガラに会いたいって思っちゃったんだもん」
「!?」
振り返ったサガラが、信じられないものを見るような目で、私を凝視している。
「ごめんなさいっ。私、サガラにもう会えないとか全然考えてなかった。[ホープ]が使えるようになれば、またあの家に戻ればいいとか、勝手に都合のいいこと思ってて」
「……」
「私、自分が思ってるより好きみたい。サガラの……」
「!?」
「あ、サガラ危ないっ」
蹴散らした傀儡の残党が無防備なサガラへと襲いかかってくる。
「邪魔すんじゃねーよっ」
ビリビリとする声に、ピタリと傀儡の動きが止まる。
「あ……あぁ……」
それどころか、ひれ伏すように地面へ頭を垂れる。
「ちっ。サッサと散れよ」
苦々しい顔で舌打ちし、低くそう言い放つ。
「影獣王の……命令……」
「……」
凶暴だった傀儡たちを一瞬で追い払ってしまった。
これが、サガラの中にいるという影獣王の力なんだ。
あまりの光景に、しばらくポカンッと呆けて見惚れてしまった。
「で、今の本当なのか?」
「え? あ、うん。[ホープ]が使えるようになったら戻るつもりで……」
向き直りいきなり振られた言葉に、一瞬何のことかわからず、考えを巡らせてからそう答える。
「ちげーよ。その後の言葉」
ぼそぼそっとした声で言い放ち、なぜか妙に強い視線を向けられる。
「?」
「だから、その、俺の……」
「あ! うん。大好きだよ。サガラの……家が」
「は?」
「だから、サガラやザットがいて、ジュリアが遊びに来てくれるあの家が、私の居場所っていうか。帰る場所なんだって、改めて思ったっていうか……って、何で項垂れてるの? もしかして、どっか怪我したの!?」
「……あぁ。予想以上の打撃が胸にな」
「胸!? どこ? どこら辺が痛いの??」
「……あほらし。もう治った」
あたふたする私をジーッと見たあと、大きなため息を吐きそう言い放つ。
「え? でも……」
「つか、お前の方がボロボロだろーが。その肩、傀儡か?」
「うん。掠っただけだけど」
「……」
「!?」
私の答えに、サガラは肩に唇を押し当てる。
「なっ」
「傀儡の牙には毒がある場合があんだよ。念のためだ」
「そ、そっか」
理由に納得しながらも、その感触を意識しすぎて、体温が急上昇していく。
変な意味合いはないって分かっていても、触れられているという事実に、どうしようもなくドキドキしてしまう。
「あーあぁ。やっぱりサガラがいいとこ取りなわけだね」
「シーッ。だめですよぉ」
コソコソした話声が耳に届いて、ボーッとしていた私は我に返る。
「なにしてんだよ」
サガラは呆れたような不満そうな声を近くの茂みへと放つ。
「あ、見つかってしまったね」
呆気らかんとした声を放ちラフが姿を現し、その隣にはザットの姿もある。
「い、いつからそこに?」
「最初から? 戻ったら君は消えていて、代わりにサガラたちがいてね。一緒に君を追いかけていたんだけど……」
「サガラが一番早くユーミに追いついたのです。僕たちは二人の……じゃなくて、サガラが傀儡を追い払うのを邪魔しないように離れていたんですよ」
ということは、うっかりサガラの名前を口走ったのも聞かれていたってことなのかな?
うわ。何だかすごく恥ずかしい。
「あれ? でもどうして、サガラとザットがいたの?」
「アホか。あんだけ騒ぎがあれば、何事かと思うだろうが」
「サガラはユーミを心配してすぐに家を飛び出したんですよ」
私の疑問に、サガラが呆れたように答え、ザットが嬉しそうに補足する。
「ごめん。一度ならず二度までも……」
ラフの使いの人に攫われた時も、サガラはすぐに駆けつけてくれた。
最近の私は、サガラたちに心配をかけてばかりだ。
「……というわけで行こうか。このお礼は後でするから、ユーミは気にしなくていい」
落ち込みモードの私に、ラフはニコリとほほ笑みかけサガラたちから引き離す。
「……待てよ」
そのまま歩き出すラフを引き留める。
「ユーミを返せ……というのには応じられないよ」
静かな口調で、だけどきっぱりとそう言い放つ。
サガラとラフ、二人の視線がぶつかり合い、どちらも目を逸らさない。
「……」
サガラと離れたくない。
でも時夜を助けるためにラフと行かなくちゃいけない。
強い想いと譲れない想い。どちらもなんて無理だ。
「ユーミの決意は変わらねーんだろ」
念押しされて、私は一度重巡してから頷く。
「なら決まりだ。仕方ねーから俺も一緒に行く」
「え? えぇ!?」
サガラの口から出たのは、思ってもみなかった結論だった。
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