(4)
自己嫌悪で死にそうだ。
私はきっとサガラを傷つけた。
サガラの中に影獣王がいるのだと聞いた時、私は側にいると答えた。
それなのに、こんな形で別れることになるなんて。
(ラフと一緒に行っても、修業が終わればまた帰れる……なんて、甘いこと考えてた)
だけど、それは全部私の都合だ。虫が良すぎる話。
「つらかったら泣いてもいいよ。私の胸でよければいくらでも貸してあげるから」
冗談なのか本気なのか分からない口調で、隣りを歩くラフが自身の胸に手を置く。
「遠慮しとく。今泣いたら、自分が嫌すぎて立ち直れなくなっちゃうわ」
我がままを押し通したくせに、ここでラフに泣きつくとか、どんだけ悲劇のヒロインだって話だ。
「それは残念。付け入る隙だと思ったんだけどねぇ」
「?」
「……そういう顔はあんまりしない方がいいよ。可愛くて、どうにかしたくなってしまうから」
なぜか苦笑交じりにそんなことを言われてしまった。
“そういう顔”ってどんな顔なのか、自分じゃ見えないしよく分からない。
それに“可愛くて”って、なぜ今そんな単語が出てくるんだろう?
ラフって本当によくつかめない人だ。
「ふぅ。サガラが手を出し損ねた理由が、何だか分かったな」
「え? なに……」
「! 危ないっ」
言葉を発しかけたその時、唐突にラフが私を強く引き寄せ抱きしめる。
と、その直後、光の玉が目の前を通り過ぎていく。
ドオォンッ!!
地鳴りに近い音を立て、私のすぐそばの木が吹き飛んだ。
「なっ、なに!?」
ラフが引き寄せてくれなかったら、私が吹き飛んでいたかもしれない。
「ふむ。見つかってしまったかな」
ラフの視線の先を追いかけその意味を悟る。
「あの人たち……」
空中に、マントを羽織った、幾人かの人の姿。
「上級層の傀儡が一人と、下級層が三人か」
傀儡という単語によく目を凝らせば、ベールをまとった女性の姿がある。
そしてベールをまとった女の人以外は、目を血走らせ牙をむき出しにし、荒い呼吸をしている。
その姿は、人……というよりは、まるで餓えた野犬のようだ。
これが、前にサガラが言っていた“魔物”っていうものだろうか?
「君にご執心の少年の差し金かな? モテる女はつらいね」
「そ、そういうこと言ってる場合!? 逃げなくちゃっ」
相手は四人。
こちらは二人。
そのうえ、私はただの足手まといにしかならない。
「逃げる? どうして?」
「どうしてって……」
空中にいるベールの女性がスッと手を上げる。
と、それが合図であるかのように、他の三人が猛スピードでこちらへと向かって落ちてくる。
(早すぎて逃げられない!?)
バアァン!
茫然と立ちつくしたまま、もうダメだと目をつぶったけれど、衝撃も痛みもなく、ただ何かがぶつかるような大きな音が響き、恐る恐る目を開ける。
「え?」
「やれやれ。私を誰だと思っているんだい?」
目の前に、何か薄い膜のようなものがあり、飛んできた傀儡たちはそれに阻まれ、動きを止めている。
「防護壁を張ったから大丈夫だ。まったく、私の相手がたかだか三匹とはなめられたものだね」
そう言いながら、器用に指をパチリと鳴らす。
「うぎゃあぁ!!」
と、防御壁に触れていた傀儡たちは断末魔のような声を上げ、弾き飛ばされる。
「すごい」
息ひとつ乱さず汚れひとつつけずに、傀儡たちを退けてしまった。
“天才魔術師”
すごく胡散臭いと思っていたけれど、その言葉は間違っていないのかもしれない。
「さて、リーダーがまだ残っていたね。上級層の傀儡なら、会話もかわせるか……。ユーミはここで待っていたまえ」
まるで小さな子供に言い聞かせるように優しくそう言葉を残し、ラフは上空へと昇っていく。
と、ベールの女性は身を翻し、逃げるように遠ざかる。
「逃がさないよ」
それを追いかけるラフの姿も、私の視界から消えてしまう。
「……」
私はその姿を茫然と見送ることしか出来なかった。