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(3)


 目が覚めて、夢だったんだと認識する。


「よかった。夢だったんだ……夢? あれ? どんな夢??」


 握り締めた手がぐっしょりと濡れていて、悪夢の名残を感じるのに、肝心の夢の内容は欠片も思い出せない。


(ま、嫌な夢なら忘れててもいいか)


 しばらく考えあぐねいて、そんな結論に達する。

 そもそも、グダグダと考えてる場合じゃないんだった。


(サガラたちに、私の決意を話さなくちゃ)


 この家を離れて、[ホープ]を使えるようになるために、ラフの元に行くことを。




「おはよ……う?」


 元気よく部屋に入ると、その場は混沌とした雰囲気に包まれていた。


「おはよう。ユーミ」


 爽やかな笑顔と優雅な紅茶の香り。

 席についたラフがのんびりとお茶を楽しんでいる。


「……」


 その向かいには、サガラが不機嫌を絵に描いたような顔で、椅子にもたれかかるように座り、ラフに殺気立った目を向けている。


「ユーミ~」


 パタパタと飛んできたザットが泣き出しそうな顔で、私へと助けを求め瞳を潤ませてる。


(すでに雰囲気最悪ってどういうこと!?)


 おいしい朝食を用意してさりげなく、話をしようと思っていたのに、すでに修復不可能なほどの険悪ムード。


「ラフ、なんで此処にいるの?」

「もちろん。君を迎えに。外は何かと物騒だからね」


 至極当然と言う顔でそう答える。


「ユーミは行かねーつってんだろっ。サッサと帰れ」

「それは君が言っていることだろう? 私は彼女に聞いているんだよ」


 殺気立つサガラを歯牙にもかけず、優雅に紅茶に口をつけてから、私へと視線を向ける。


「……」


 サガラとザットも私を見る。

 うっ。これは、とても返事を先延ばしに出来る状態じゃない。

 一度息を吐き出し意を決して口を開く。


「私、ラフと一緒に行く。どうしても時夜を助けたいんだ。希望があるなら、それを信じたいから」

「ユーミ!?」


 隣りで聞いていたザットが、信じられないというように、私の顔を見る。


「どうしてですか? なんで、ユーミがあの人のためにそこまでするのですか?」

「時夜の為っていうか、これは私のわがままだから」


 あとでグダグダ後悔するのは嫌だ。

 単純明快な答え。

 私は、やろうって決めたからには、とことんやりぬかないと気が済まない。


「本気で言ってんのか?」

「うん」


 ゆっくりと私に近づいてきたサガラが、ことのほか静かな声で言葉を放つ。

 もっと怒鳴られたりするのかと思ったから、案外冷静な様子に、ほんの少し拍子抜けした。


 ダンッ!!


「!」


 と、思ったけれど、それは甘かったってことを、すぐに認識させられる。

 唐突に放たれた音は、私の背にしている壁をサガラが殴りつけたものだ。

 壁にはサガラの拳がめり込んでいて、すぐ横にある私の耳には、カラカラと土壁が崩れる音が妙にはっきりと聞こえる。


「サ……」


 その状態を目視し、そのまま前に向き直ると、目の前には怒気を孕んだサガラの姿があった。

 声をかけようとし、底冷えしそうなほど冷たい瞳に射抜かれ、出かかった言葉はカラカラに乾いて音を無くす。

 人は怒るとこんなにも冷たい目が出来るんだと、まるで他人事のように思ってしまう。


「行かせない。お前は俺が買ったんだ。ラフになんてくれてやるかよ」


 ゾクッと寒気が走る。

 見えない何かで体を拘束されたかのような圧迫感。

 暗く冷たい瞳は、思い出したくない誰かを思い出して、胸が締め付けられる。


「な、なにそれ。私の意志はどうなるのよ!?」

「意志? そんなもんねーよ。主である俺の意見が絶対なんだよ」

「!?」


 今まで、サガラはいつも私の意志を尊重してくれていた。

 こんな風に一方的に命令を口にすることなんてなかった。

 こんな冷たい瞳を向けて来ることなんて……。


 茫然とする私の体が唐突に、フワリと空中に浮かび上がる。


「へ?」

「なっ」


 私はもとより、サガラも虚を突かれ驚き目を見開く。

 浮かび上がった私の体は、ラフの腕の中へとゆっくりと落ちる。


「異世界監察官の名のもとに、強権を発動させてもらうよ」


 私を軽々と両腕で抱え上げたまま、ラフはサガラへとそう言葉を放つ。


「強権?」

「そう。この国には異世界人の扱いに対しての法がいくつか定められているんだ。異世界人への過度な束縛行為は、所有権のはく奪に値する。今の行為・言動はそれに該当すると私が判断した」

「そ、それって……」

「はっ。そんなあってないようなご託をひっぱりだしてきて白々しい。てめぇは、はなっから、どうあってもそいつを連れてくつもりだったんだろーが」

「さあ、どうだろうね?」


 私を降ろしてから、はぐらかすように肩をすくませる。


「……行きたきゃ、サッサと行けよ」


 向けられた暗く荒んだその笑みが、胸の奥を抉り取るみたいに突き刺さる。


「ごめん。サガラ、私……」

「いいから出てけよっ」


 冷たい言葉とは裏腹に、その瞳は傷ついたように揺らいでいたのは、私の見間違いだろうか?


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