(9)
寝耳に水とはまさにこういうことだ。
あまりの衝撃的な言葉に、私は二の句が上げられず茫然とする。
「傀儡を戻す方法はこんなにも近くにあったんだよ」
「で、でも! 私はこの世界の住人じゃないんだよ? 不思議な力が使えるわけじゃないし、元の世界でだって、どこにでもいる普通の女子高生で、何が出来るってわけでもなかったし」
魔法だって剣だって使えない。少し料理には自信はあるけれど、あとはこれっ! ていう秀でたものだってない。
うっ。何か自分で言ってて、悲しくなってきたけど。
「そうだぜ! こいつは鈍いしとろいし、体力だってねーし。傀儡どころか、虫一匹倒せねーんだぞっ」
「わ、悪かったわね。鈍くてとろくて、体力なくて! ていうか、この世界の虫は大きすぎるのよ。あんなの倒せるわけないじゃん」
ついこの間現れた、見たこともない大グモを思い出して身震いする。
「アホか。あんなのただでかいだけだろ。掴んで投げれば終わるだろ」
「動きが早くてそんなの無理! 大体、気持ち悪すぎて触れないわよっ」
「はぁ。意味わかんねー」
「意味分からないのはこっちだわ!」
「お二人とも……」
ザットのおずおずと放たれた言葉に我に返る。
何だか主旨がずれていた。ラフを見れば、こらえきれないというように噴き出している。
「君たちは本当に仲がいいね」
「どうしてこの状態を見て、仲がよく見えるのよ!」
「目開けて寝てんじゃねーのか」
ラフの不本意な言葉に、私とサガラは同時に異論を唱えるけれど、なぜか更に笑われてしまった。
「ともかくだ、[ホープ]に体力面や精神面はあまり関係がないんだ。そうだね、いうなれば天性の特殊能力なんだよ」
「何でこの世界の人間じゃねーこいつが、[ホープ]なんて使えんだよ」
「そうです。[ホープ]を持つ者はずっと現れていませんでした。それがどうして、今更……」
「そもそも、“[ホープ]を持つ者はこの世界にしかいない”という仮説事態が間違えていると思わないかい?」
不信を露わにする二人を前に、ラフは至って落ち着いた調子でいい放ち、床に散らばったままのカードに視線を走らせる。
「あ……」
フワリと浮き上がったカードは、私の手の中へと落ちる。先ほどの言葉を聞いて、一瞬身構えたけれど、カードに触れてもやっぱりなんの違和感もない。
「不安定な次元を介して、異世界と接触してたのは、[ホープ]を持つ奴を見つけ出すためだっつーのか?」
私の手元に収まったカードに睨むように視線を走らせてから、ラフへと向き直る。
「それだけとは言わない。だけど、そうじゃないとも言えない」
曖昧な、だけど限りなく肯定に近い言葉。
「待ってください。ですが、精霊のカードに触れられたというだけでは、ユーミがホープを持つという証明にはならないんじゃないでしょうか?」
「それだけじゃないよ。ユーミは、傀儡である少年と接触し、傀儡の術を自力で解いた」
ザットの疑問に、ラフはすんなりとそう答える。
傀儡の少年。それって多分時夜のことだ。
ラフが言っているのは、ザットを助けた時のことみたいだ。
ん? あれ? でもそれって変だ。
「どうして、ラフがそのこと知っているの?」
まるで見ていたみたいな言い方だった。
「私の情報網を使えば簡単なことだよ」
「つまり、前からコソコソ嗅ぎまわってやがったってことか」
「コホン。ともかく、人間が傀儡のしかも上級の傀儡の術を解くなんて本来不可能なんだよ」
サガラの言葉にわざとらしい咳払いで誤魔化したところを見ると、どうやら図星だったみたいだ。
「だが、君はそれをやってのけた。そして、この上級精霊たちにも、受け入れられている。君には確かに[ホープ]がある。私はそう断言する」
「えーと……」
断言されてしまったけれど、私にはまったく身に覚えも自覚もない。
サガラもザットもひどく難しい顔をしてしまっているし。
そもそも、私にそんなすごい力があるなんて信じられない。
私は普通すぎるくらい普通の女子高生なんだから。
「私は君の力を引き出すことに協力するよ」
「ごめん。少しだけ考えさせて」
差し出された手を前に、私は精霊のカードを握り締めたまま、そう言うのが精いっぱいだった。
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