(3)
「か、か、か、買い取ったってどういうことよ!?」
私は、唖然として暫く呆然としてから、何とかそう言葉を吐き出す。
「あはは。やっぱ、そういう反応か」
朗らかに笑う男を思わず睨む。
当たり前だ。
買い取ったって言われて、はい、そうですか。って、納得する馬鹿がどこにいるのよ!
「んな睨むな。落ち着け。まだ自己紹介してなかったな。俺は、サガラっつーんだ。お前は?」
「私は、高市優美……です」
「タカイチユーミ? 長いし言いづらいな」
男……サガラは、私の苗字と名前をくっつけて変な発音で繰り返す。
「高市は苗字。優美が名前。そんな風に続けて言ったら言いづらいにきまってるじゃん」
どうやらサガラは、苗字と名前という区分が分からないらしい。
この世界に苗字はないのかもしれない。と、そんなことを思う。
「なんだよ。最初からそう言えよ。じゃあ、ユーミって呼べばいいな」
「うん。それでいいよ」
ユーミじゃなくてユウミなんだけど、今はそんな細かいことはどうでもいい。
重要なのは、今私が置かれている状況だ。
「それで、どういうことか説明してよ、サガラ」
「へいへい。その前に、場所を変えた方がいいだろ」
そう言われて、辺りを見回すと、遠巻きながら興味深げに私たちを見ている野次馬らしき人がたくさんいる。
それに気が付いたら、パジャマ姿で鎖をつけているなんて自分の姿を思い出して、急に恥ずかしくなってきて、顔が熱くなって来る。
サガラは檻の鍵を開けると、「来い来い」というように手招きをする。
「……」
ともかく、ココで見世物になるよりはマシだ。
という考えに至って、私は檻の中から這い出す。
「その鎖も外すか」
出てきた私についた、手と足の鎖もサガラはすんなりと外してくれた。
「じゃあ、行くか。こっちだ」
サッサと歩き出すサガラの後ろを、私は不本意ながら付いていくことに決めた。
こいつを信用したわけじゃやないけど、今の私にはそれしか選択肢がなかったからだ。
人通りの多い繁華街らしきところを抜けて、木々が覆い茂った森の小道を進んでいく。
くねくねとした道は一本道で、周りはひたすらに草や木が密集している。
(めちゃくちゃ、獣道なんだけど! これっていいの? このまま付いてっても本当に平気なの?)
ちょっと泣きたい気分になってきた。
急に不安な気持ちが胸をしめていく。
これからどうなっちゃうんだろうという不安と、見ず知らずな男と二人きりという危機感。
実はさっきまで、ちょっとこれは夢かもしれないと思っていたんだ。
けど、時間が経てば経つほど、現実味は増していく一方で、いよいよこれが夢じゃないというのが、決定的に思えてきた。
「到着。ココ、俺ん家な」
そんな私の気持ちを他所に、サガラは小さな建物の前で立ち止まった。
「サガラの家?」
目の前には、小さなレンガ造りの建物。
三角屋根の小さなその家は、おとぎ話とかに出てきそうなレトロな趣がある。
「ほら、サッサと入れ」
入り口前で足を止めた私に、サガラが怪訝な顔をする。
ちょっとこいつ、デリカシーがなさすぎじゃない?
女の子が知らない男の家に入るなんて、どんなに勇気のいることか。
そういうの全然分かってないみたいだ。
「ユーミ?」
「わ、わかったわよ」
ここまで来たら、ごねたって仕方ない。
私は意を決して家の中に入ったのだった。