(6)
「うーん。予想より早かったね。さすがサガラ、野生の勘が冴えわたっているね」
私の横に立ったキラキライケメンが懐中時計を見ながら、のんびりと呟き、茶色のサラサラストレートの髪を掻き揚げる。
なんというか、優雅を絵にかいたような人だ。
殺気立つサガラの視線を受けながら、まったく動じてない。
それどころか、楽しんでるみたいだ。
「なーにが、早かったっだ! こんなふざけたマネすんのは、てめーぐらいだろうがっ。ラフ!」
今にも殴りかかるんじゃないかって勢いで、サガラはラフへと怒気を孕んだ目を向ける。
「サ、サガラ。落ち着こうよ」
「はぁ!? これが落ち着いてられっかっ。つか、ユーミもユーミだ。何でこんな奴と悠長にゲームしてんだよっ」
テーブルの上には、数枚のカードとコインがある。
「だってこのゲームに勝てば、帰してくれるっていうんだもん」
というのはもちろん本当のことではあるけれど、途中から楽しくなって熱中してたのも事実で。
思わず、答えた声が小さくなってしまう。
「妬かない、妬かない。彼女も無事だったし、問題ないだろ」
隣りで見ていたラフは、ものすごく楽しそうに口を挟んできて、サガラの怒りに更に油を注いでしまった。
「てめーが言うなよなっ」
「あのぅ、ラフがなぜユーミを? 説明してもらえないでしょうか?」
サガラよりよっぽど冷静なザットがおずおずと前に出て、ラフへと問いかける。
「あれ? 君はザットだよね。久しぶり。目を覚ましていたんだね」
「はい。ご無沙汰していました」
どうやら、ザットとラフも知り合いらしい。
こんな状況の中で、二人は律儀に挨拶をかわしている。
「いいから、話しやがれっ!」
すでに怒りの臨界点を突破しているだろうサガラが、二人の間に割って入る。
「私もちゃんと聞きたいよ。サガラたちが来たら話してくれるって言ったよね?」
ラフがサガラの仕事上の知り合いだということは聞いたけど、どうして此処に連れてこられたのかは教えてもらっていない。
『いらっしゃい。ユーミ。あぁ、そんな警戒しなくても大丈夫だよ。とりあえず、そのうちサガラが迎えに来るから。それまで一勝負してみない? あ、君が私から五勝できれば、すぐにでも解放してあげるよ』
私に拒否権はないわけだし、相手を探るために、勝負に乗ってみた。
あと一勝で勝利! ってところで、サガラたちが来たということなのだ。
「だからさ、この頃サガラは仕事が終わるとすぐに帰ってしまうだろう? 聞けば、異世界の少女を買い取って同棲中だというじゃないか。それはぜひ、私も会わなければ! と思い立ってね」
「だったら、あんな人さらいまがいなことをしなくても、言ってくれれば会いに来たのに」
「ダメダメ。サガラは絶対会わせてくれないよ」
ラフは意味ありげにサガラを見、含みのある笑みを浮かべている。
「え? なんで?」
「サガラって見かけによらず、独占欲が……」
「うるせー! 馬鹿なこと言ってんじゃねーぞっ」
何か言いかけたラフをサガラが慌てた様子で止める。
「?」
訳が分からず首を傾げつつ静観していると、サガラはすごくバツが悪そうな顔で私をチラリと見る。
「へー。君がそこまで動揺するとは。意外に本気だったりするわけだ」
「あほらしい。もう会ったんだから気が済んだだろう。帰るぞ。ユーミ」
「えー! あともう少しで完勝……なんでもないです」
ラフと対戦していたゲームが途中になってしまった。
不満ではあるけれど、恐ろしく不機嫌なサガラに睨まれて、渋々席を立つ。
「サガラはすごくユーミのことを心配していたんですよ? 笛の音を聞いて飛び起きて、ここまで走り通しだったんです」
ザットがそんなことをこっそりと耳打ちをしてくる。
笛の音は私には聞こえなかったけれど、サガラたちにはちゃんと届いていたらしい。
「そうだったんだ」
部屋に飛び込んで来た時の必死な形相のサガラを思い出す。
私が此処に連れてこられて落ち着いていられたのは、サガラが絶対に来てくれるって分かっていたからで。
いつの間にか、当たり前みたいに、私にとってサガラは帰る場所になっていた。
もし、サガラも同じ気持ちだったら嬉しい。
そんなことを思ってしまう。
出会いは最悪だっていうのに、先のことなんてどう変わるかわからないものだ。
「サガラ。迎えに来てくれてありがと」
「なっ。いいから、行くぞ!」
踵を返したサガラの耳が赤いのは気のせいじゃないはずだ。
思わず口元が緩んでしまう。
「せっかくだから、ゲームを終わらせて行くといい」
追いかけようとした私の手を取り、ラフは軽く引き戻し小さく笑う。
「傀儡を元に戻す方法。知りたくない?」
紡がれた言葉はあまりにも意外なものだった。
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