(4)
埃だらけの本に埋もれて、ザットは途方に暮れていた。
「どうしたらいいんだろう……」
思わず呟きため息が漏れる。
傀儡を元に戻す方法なんて、いくら書物をひっくり返しても見つからないことは分かっていた。
なぜなら、サガラに影獣王が封印されていると知った時、ありとあらゆる方法を探したのだ。
それでも見つけることが出来なかった。
いや、正確には見つけられなかったわけではない。
でもその方法はあまりにもおとぎ話染みていて、信ぴょう性にかけるものだったのだ。
(もし、サガラがトキヤを滅することになったら、ユーミがどんなに悲しむか……)
そんなことを考えて、ザットはフルフルと大きく首を振る。
サガラから、ユーミにすべてを話すと告げられたのは昨日の夕刻のこと。
夜遅くに、ユーミがサガラを追いかけたことも気が付いていた。
サガラの身にあることを聞けば、きっと普通ではいられない。
最悪、ココを出ていくということもありえる。
そんな絶望的な思いで、ザットは朝を迎えたのだ。
それなのに、ユーミはいつも通りにそこにいた。
いつもと変わらず心のこもった食事を用意し、サガラと他愛ない言い争いをしていた。
そのことが、ザットやジュリア、それになによりどれほどサガラの救いになっていることか。
(サガラの側には、ユーミが絶対に必要です。僕だってユーミを悲しませたくない)
それなのに、自分は何の役にも立たない。
こうして、無駄だと思いながら、書物をひっくりかえすことしか出来ないのだ。
先ほどまでユーミも一緒だったのだが、側で期待を込めた眼差しを向けられて、居たたまれなく、やんわりと追い出してしまった。
自分の不甲斐なさに自己嫌悪を覚え、ザットは先ほどから幾度となくため息をついていた。
キイィィン。
「!」
何度目かのため息を吐いた時、耳の鼓膜が痛いほどの高い音が響いた。
「ユーミ!?」
ザットは顔色を変え、小さな羽をはためかせ即座に窓から飛び立つ。
その音は、護身用にユーミに渡した魔法の笛。
笛には魔力が込められていて、どれほど離れていようとも、特定の人物の耳に届き、吹いた相手のいる場所へと導く。
この笛の音を聞きとれるのは、ザットとサガラだ。
「あの馬鹿っ。今度は何をやらかした!」
ちょうどサガラも家から飛び出してきたところだった。
着崩れた服と手にはマントと剣。
髪もいつもより乱れている。
どうやら、笛の音に飛び起きそのまま、外へと飛び出してきたらしい。
「サガラ、結界石は反応してないです。傀儡なら、結界石が反応するはずなんですが……」
傀儡と接触すれば、その歪みはザットにも届くはずなのだが、何の異変も感じられない。
「どういうことだ?」
今、ユーミを狙う者といったら、傀儡である時夜以外にいないはず。
ザットの言葉に、サガラは眉根を寄せる。
「分かりません。けれど、何かがあったことは確かです」
二人の前には、キラキラと光る道筋が出来ている。それはユーミが通った道筋。
「結界の外に続いてやがるな。くそっ。何だってあいつはこうも面倒事を引き起こすんだ!?」
悪態をつきながらも、歩む足取りを緩めない。
むしろ早まっている。
「……」
よく言えば冷静。
悪く言えば冷めている。
それがザットが初めて会った時に感じたサガラの印象だった。
生気のない何事も諦めたような瞳が、ザットはたまらなく悲しかった。
それが、こんなにも必死なサガラを見る日が来ようとは思いもしなかった。
今のサガラは、冷静でもなく諦めてもいない。ただひたすらに、ユーミを助けたいと必死になっている。
(やっぱり、ユーミはサガラに必要な人です)
サガラを変えられるとしたら、ユーミしかいない。ザットは改めてそう思った。
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