(13)
「くぅ~……い、痛いわねっ」
が、これが思った以上に痛い。
涙目でジンジン痛む拳をさする。
「おいっ! それは殴られた俺のセリフだろうがっ」
殴られたサガラから渾身のツッコミが入る。
「だから、殴る方も痛いんだってば。こんなことなら、その辺に転がってる石で殴ればよかったわよ」
「それは、痛いだけじゃすまねーだろ。俺がっ。てめーは人を何だと思ってやがる」
「何もどうもサガラはサガラでしょ」
「は?」
「傀儡だとか影獣王とか仕事のことだとか、衝撃過ぎてびっくりしたけどさ。でも、だから何? そういうのひっくるめて、今ココにいるあんたなわけじゃん。それなら、私が怖がる要素なんて何にもないわよ。ムカついたら怒るし、嫌だったらちゃんと言うし……」
「……」
「つらそうなら側にいる。悩んでいるなら、一緒に考える。頼りないかもしれないけど、私はそうしたいんだよ」
サガラは傀儡を殺すことが仕事。もしそれが真実だとしても、少なくともサガラはそのことで苦しんでいる。
そのくらい私にだって察しが付く。
側にいるのに、近づくと突き放される感じがしていた。
でもそれはきっと、自分のことを知られて離れていくのが嫌だったからなんだ。
それはつまり、離れてほしくないという想いがあるってことだと思うのだ。
我ながらポジティブではあるけれど、私はそう思う。というか、そう思うことにした。
「意味わかんねー。お前、馬鹿じゃないか? こういう場合、普通関わりたくねーだろ。サッサと逃げるだろ」
心底呆れた顔でサガラはぶつくさと文句を言う。
「馬鹿はあんたでしょ! なんで私が逃げるのよ。大体、サガラには私がいなくちゃダメでしょ?」
「はぁ!? な、何言って……」
「ザットから聞いたわよ? 私が来る前はまともに家でご飯食べてなかったんでしょ? それに、家の掃除だってしてなかったし。日常生活能力低すぎ。私がいなくちゃ、まただらしない生活になっちゃうでしょ?」
つい説教口調になってしまった私に対し、サガラはひどく間の抜けた顔をして聞いていたけれど、次の瞬間たかが外れたように笑い出す。
「ちょ、ちょっと、何でそこで笑うのよ!?」
「俺、今すげー重大な話したんだぜ? それがなんで、飯とか掃除の心配なんだよ。はははっ。お前、やっぱり馬鹿だわ」
笑い出すと止まらないらしい。
本気でお腹を抱えて笑っている。
サガラって笑い上戸なのか?
「お前ってホント変な奴」
ひとしきり笑い終えたサガラはぼそりと呟く。
「何とでも言ってよ。でも、やっぱり私は時夜のこと諦められない。だから、お願い。もう少し時間をちょうだい。元に戻す方法を考えたい」
「無理だな。あいつが俺の前に現れれば、俺はあいつを殺す」
「そんな……」
「だけどよ、あいつも深手を負ってる。しばらくは大人しくしてんだろ。俺も忙しいんだ。あいつばっか追ってる場合じゃねーしな」
そっぽを向いて放った言葉は、サガラが譲れるギリギリのところなのかもしれない。
「ありがとう。サガラ」
「礼を言われる筋合いはねーよ。それより、これだけは約束しろ。絶対一人でトキヤに会おうなんて考えるな。あいつは、お前に気味が悪ぃほど執着してやがる。何をしでかすかわからねーからな」
「……うん。約束する。今度トキヤに会う時は、助ける方法を見つけた時だから」
私は新たな決意を胸に、自分に言い聞かせるようにそう答えた。