(12)
「傀儡って、だって傀儡は……」
殺さなければいけない存在。
サガラたちはそう言ったはずだ。
「ここまできたら、黙ってたって伝わっちまいそうだしな。話しておく。俺は特殊なんだ」
「どういうこと? そういえば、時夜がサガラのことを影獣王って呼んだよね?」
『それは“王”としてのご命令ですか? サガラ……いや影獣王』
時夜がサガラへ向けた言葉が唐突に甦る。
「……早い話、俺と同化してるのが、影獣王ってやつらしい」
「なにそれ? で、でも、サガラは普通だよね? 何もおかしいところないじゃない」
「だな。異世界から来たお前から見れば。けどよ、この世界では俺は普通じゃねーんだ」
「え?」
「この世界の住人はさ、精霊の加護を受けて、目や髪に色があんだよ。ジュリアみたいに太陽みたいな髪色だったり、空みたいに青い目だったり。けどよ、傀儡の末期はさ。色なし……髪も目も黒く濁る。闇夜色に染まる」
「あ……」
サガラの目も髪も黒い。
私は日本人だし、そこに違和感なんてなかった。
それどころか、逆にこの世界の驚くくらいにカラフルな色の、目や髪に最初は戸惑ったんだっけ。
“色なし”
“傀儡もどき”
いつか、市場で言われた言葉。
それはつまり、そういう意味だったんだ。
「でも、それっておかしい。傀儡の末期は理性もない魔物になるって言ってたじゃない」
「だから、特殊だって言ったろ? 影獣の王っていうのはさ、人と同化はしねーんだよ。本来は、人の女の胎内に入り込んで、自分だけの体を作らせる。だけどよ、数十年前影獣王が目を付けた女は、すでに子を宿していた。ありえねー話、仕方なく生まれる前のそいつに影獣王は同化したつーこと」
「その子がサガラってこと?」
「あぁ。そういうこったな。生まれてすぐ殺す……って選択肢もあったんだよな。実際、俺を生んだ女はそうしようとしたしな」
事もなげに言い放った言葉は、ゾッとするような話だ。
「けどよ、俺ごと影獣王を殺しても、次に生まれかわるだけなんだ。なら、俺の中に封印をして、一時だけでも閉じ込めた方が効率的……つーのが、この世界のお偉いさんの判断だった。つまり、俺はこの世界で唯一、生まれた時から、傀儡なわけだ」
「そんな……」
「ま、同化してるっつっても、他の奴と違って影獣である部分は封印されてるわけだ。まったくの別もんだ。俺の中にもう一人の俺がいる。影獣である俺がさ」
冷静な口調で言いながら、強く握りこんだその拳が微かに震えている。
「……もっと最低の話、俺は傀儡を殺すことが仕事なんだ」
「!?」
「傀儡は、本能で俺の中に影獣王がいることを感じるんだ。影獣王はさ、傀儡を唯一支配できる存在なんだよな。だから、奴らは俺を見ると集まって、自らひれ伏す。それが当たり前みてーにさ」
自嘲気味な笑みを浮かべながら、瞳の奥に強い憤りが見える。
「あいつらは、決まって最期に“どうして、あなたが……”って言うんだぜ? 滑稽だよな」
疑問だった色んなことがパズルのピースみたいにうまっていく。
どうしてサガラは、仕事のことを教えてくれなかったのか?
ジュリアとサガラがまったく似ていないのはどうしてか?
サガラが時夜を警戒したのは、時夜がサガラのこと知っているような素振りだったのは……。
「俺が怖いか? ユーミ」
「怖くないよ」
自分でも驚くくらいにすんなりと言葉が出て来た。
「下手な嘘つくなよ。俺は人じゃないまがい物でそのうえ、同族殺しだ。きっと、あいつ……トキヤも俺が殺すことになる」
「!」
「まったく、お前も最低な奴に拾われちまったもんだな」
私に近づき、サガラは皮肉を込めた嫌な笑みを浮かべる。
「……」
「ほらな、怖くて声も出ねえじゃねーか。俺から離れたいなら別に止め……」
バキッ!
私は、不用意に近づくサガラの頬を殴りつけた。